偏愛
執拗にわたしの命を狙って来た女が、断頭台に括り付けられている。
美しかった白銀の髪は見る影もなく、むごたらしく短く切られてしまった。
それなのにどうしてあんなにも穏やかに微笑んでいるのだろうか。
その瞳は王子だけを映していた。
狂うほど、こんなにも彼のことを愛していたのか。そう思うとやるせない気持ちになってくる。
「いよいよだ……」
呟いた王子からは緊張感が伝わってきた。
彼女を追い詰めた張本人のくせに。
喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込んだ。
わたしには過去の記憶がある。
ここではないどこか遠くの国で、王女として生まれ、自由もなく人知れず死んでいった。
生まれた祖国は大国の支配下となり、わたしは戦利品として人形のように幾度も違う男に嫁がされた。
初めは敵国の王族だった。飽きたら臣下に下げ渡されて、小さな争いが起きるたびに略奪されて新たな男に奉仕を強要される。
そんな地獄のような日々の支えは、幼い頃から護衛を務める騎士の存在だった。
物心ついた時にはもう、彼に対して恋心を抱いていた。
でも王女と臣下の立場ではこの想いが届くはずもなく。属国になることが決まったときに、その彼とは遠く引き離されてしまった。
どんなときも彼の温もりを妄想した。
今わたしを抱いているのは彼なのだと。必死にそう自分に思い込ませて。
そんな中、彼が家庭を築き妻子とともに幸せに暮らしていることをわたしは知った。
彼の無事に安堵するとともに、わたしだけが不幸なのがたまらなく惨めだった。
最終的に厩の下男に下げ渡されたわたしは、失意のまま飼い葉に埋もれて孤独に逝った。
この世界で聖女の力が目覚めたとき、わたしはその記憶までも思い出していた。
そして王子と並び立つ美しいあの女が、わたしの最愛の騎士の生まれ変わりであることも分かってしまった。
あの魂の輝きを見間違うはずはない。思わぬ再会にわたしはこの胸を躍らせた。
どうにか仲良くなれないものかと思案した。
だけど今のわたしには近づくことも許されなくて、歯がゆい思いだけが募っていった。
自由を手にした今だからこそ、どうしてもあの女を手に入れたい。そんな強迫観念に囚われるのにそう時間はかからなかった。
扱いやすい王子に取り入って、何とか彼女に近づこうとした。
でも距離を縮めるほどに現実が見えてくる。
彼女は当たり前のように王子と結ばれようとしている。
前世でも誰かと幸せを築いていたくせに。
こんなの不公平過ぎる。
せっかく生まれ変わって愛する彼と再会できたのに、同性だし、身分の壁もあって。
今度も結ばれない運命だなんて、こんなんじゃ出会わなきゃよかったって思うじゃない?
わたしの目の届く場所で、彼がわたし以外の誰かと愛し合うなんて許せない。
だからわたしはあの女から王子を奪い取った。
どうせ手に入らないのなら誰のものにもならないよう、王子を焚きつけあの女を取り巻く何もかもを壊して回った。
それなのに!
それなのに!
どうして貴女は王子だけをまっすぐ見るの?
どうしてわたしを見てくれないの?
そんな貴女はもういらない。
わたしのものにならない貴女なんて、生きている価値なんてない。
その願いが、もうすぐ叶えられる。
貴女を愛してるのはわたしだけ。そのことを証明してみせるから。
そびえ立つ断頭台の横で、男が高々と斧を構えている。
「死刑執行の時間だ。紐を断て!」
王子の合図とともに、その斧は勢いよく振り降ろされた。