作戦その1(悠人視点) / 作戦その1の舞台裏(莉緒視点)
午後の休み時間になる。
ご飯を胃に入れて一発目の授業は体育とかでない限り強烈な眠気が襲ってきて、別に莉緒の件がなくても俺は意識がなかっただろう。
午後イチの授業が終わっても自席で頬杖を突きながらうつらうつらする俺へ、隣の席にいる莉緒が話しかけてきた。
「ね、悠人。傘は持ってきた?」
「あ──……いや、忘れたんだけど。でも、雨が降るっていう予報に反して、お昼休みに晴れてからは雨もずっと上がってるし。もう大丈夫じゃない?」
俺のセリフが終わってから数秒後。
ザアア、と派手な音を立てて窓の外で雨粒が降り注ぐ。
「ふふ。あれはたまたまだったんじゃない? 今日の天気予報は〝終日の雨〟だよ」
ニコニコと朗らかな笑顔を浮かべている。
すごく嬉しそうだ。雨が降るのがそんなに嬉しいのだろうか。というか、今喋ってるのは風華ちゃん?
間違いないだろうな。莉緒なら俺に笑顔なんて向けてくれないだろうし。
それにしても、どうして莉緒本人が言ってこないのだろう?
寝ているのか? そもそも、他の人格が表に出ている時に莉緒はどうなっているんだろう。彼女のことは、詳しくはまだ何もわからない。
「風華ね、傘持ってるから貸してあげる。一緒に帰ろうよ」
「あ、はい」
風華って言っちゃってんじゃん。今日は莉緒は閉店ガラガラなのかな?
◾️ ◾️ ◾️
全ての授業が終わり、最後のホームルーム中。
女の子と一緒に帰るだなんて初めての経験だ。そういや莉緒の家ってどこなんだろう──とワクワクしながら音量を落として声をかける。
「莉緒の家の方向って、どっち?」
「……風神町方面」
「あ、一緒なんだね。俺もそうなんだよ」
やけに暗い声。ホームルーム中だから声を抑えたとかではない気がする。
恐る恐る莉緒の表情をうかがうと、そこには見慣れた、陰のある表情。
間違いなく雷人くんでも風華ちゃんでもない。
うつむき気味で陰のある表情が莉緒のシンボルマーク。今の彼女の表情はまさにそんな感じなので、俺はこれが莉緒だと確信していた。
だからといって、俺はそういうのが嫌だとは一切思ってない。言葉少なめでちょっとツンツンしてるけど、だからこそたまに顔を赤らめたりするところがまた堪らない。
俺と莉緒との関係は「友達」なんだろうし、彼女もそう思っていると思うけど、もしかして、俺のこと好きだったりして。
……まあ、それはないか。交尾とか言っていたのは雷人くんのほうだった訳だし、「あいつが勝手に言ったことで私が言ったわけじゃない」と莉緒も必死に弁解していた。
ちょっと残念だけど、とりあえず友達ってのも悪くはない。
ホームルームが終わって、クラスメイトたちは席を立つ者やしばらく教室に残って喋る者に分かれていた。
莉緒はまだ教科書を鞄にしまったりしながら席についている。
「帰ろっか」
俺が立ち上がって声を掛けた瞬間、莉緒もまた立ち上がったのだが……なんと突然、彼女は俺に抱きついた。
「…………っっ!!」
まだ教室に残っていた何人かの生徒たちはギョッとしていた。
そりゃそうだろう。周りから見たらいきなりラブシーンが始まったように見えただろうから……しかし抱き締める力は徐々に強くなる。
でっかい胸がぎゅうっと苦しそうに押し付けられて、初めて体験するそのファンタスティックな感触に、わぁ……と喜んでいたのも束の間、むしろ俺の呼吸が圧迫され始める。
背骨がギシギシと悲鳴をあげたので俺はここで莉緒の背中をペシペシとタップした。
「いてててて! ギブギブ、莉緒、待って待っ……て」
意味不明にポカンとした顔をしながら俺の体を離す。いや、その顔こっちがしたいっす。
莉緒がこんな怪力持ちだったとは。危うく背骨を持っていかれるところだったが、この小さな体のどこにこれほどの力が眠ってるのか。
「えっと。……あれ?」
「うぐっ……はぁ、はぁ、……あれ、じゃないよ。な、何してんの」
「…………下校の、儀式」
どこの因習だよ。
いつものようにうつむいて、しかしいつもと違って脂汗をそこらじゅうに浮かばせた莉緒は、何やら一人でブツブツ言い始めた。
◾️ ◾️ ◾️
〜莉緒の脳内会話〜
「おい! 緊急会議だぁ、このやろうども」
『はぁ? 何言ってんの、ってか何してんの?』
「とりあえずハグから入って親近感を高めようとしただけだよ! 抱きしめる力の強さは好意の大きさを表してるんでしょ。私の思う通りにやったのに全然うまく行ってそうにないけど!」
『バっカじゃないの!? どこで仕入れたんだよその豆知識、あんなサバ折りみたいなハグされて誰が喜ぶんだ』
【なかなかリキが入っててよかったぞ。相手が敵なら、だが】
「愛の表現なんすけど」
【だとしたら幼稚園からやり直すべきだ】
「その時期、研究所にいたからね私……」
『いきなりマジ話やめて。あのね、カラダで表現するってそんなことじゃなくてね。好きな気持ちが伝わるように愛を込めてそっと触れ合うとか、そういう話』
「先に言えよ」
『格闘術で対応すると思ってねーからこっちは』
【しかし一つ大事なことはわかったぞ】
「『何?』」
【サバ折りに移行するまでの間、悠人の奴はまるで天国にいるかのようなダラシのない顔をしていた。俺の見立てでは、あいつはおっぱい星人だ】
「地球外生命体ですか……」
『なるほど。追い風が吹いてきたね』
「ちゃんと説明してくれる? 全然意味わかんないよ」
『莉緒の最大にして最強の武器である巨乳を使う時がきたってことだよ。ってか反則技だよねあれ。胸の小さい女の子じゃまるで対抗できないよ。ヘビー級とフライ級で戦って勝てるわけなくない? レギュレーションの改正を求めます』
【その例えは誤りに満ちている。おっぱいとは実に様々な尺度で評価されて然るべき芸術品なのだ。小さいものには小さいなりの魅力が詰まっていて、あくまでそれは価値観の相違に過ぎない】
「誰視点で喋ってんの……」
『要は、莉緒の持ってる武器が悠人の急所に刺さることが判明したってことだよ。今日はとりあえず一緒に下校して、うまいことケムに巻いて家まで連れ込むんだ。うまくいきゃベッドインでもいいし、最低でもデートの話に持って行け。その時に提案するのは、莉緒の武器を最大限に活用可能な夏のプールや海だ!』
「ベッ……無理無理無理!! いくらぐっちゃぐちゃに愛し合いたいって言っても、過去のことがトラウマになってる私は極度の奥手なんだから! あんたらと喋ってるこの場の私は本当の私じゃないから!」
『かわいこぶんな』
【以下同文】
「それに私、胸がおっきいの、どっちかというとコンプレックスなんだけど。他の子より早めに成長しちゃって、男子はすっごい目で舐めるようにジロジロ見てくるし、男子の注目を集めたら集めたで女子からは嫉妬の塊みたいな視線で刺されるし。まるで私の価値がおっぱいしかないみたいな」
【それはそれで胸の大きい奴にしかわからん悩みかもしれんがな、しかし風華の言う通りなんだ莉緒。手段を選んでいる場合ではない。持っている武器はなんでも使って、あらゆる方法で攻め落とさなければ必ず後悔することになる。それが恋愛だ】
「雷人先生……いやいや〝ヤらせてやる〟で悠人のこと落とそうとしてた奴が何を偉そうに」
『手段選んでないからだよ。それも一興だと思うけど』
「……わかったよ。とりあえず、ここからの下校はどうすればいいの?」
【相合傘で腕を絡ませろ】
『そんで機をうかがってキスだ』
マジで言ってんの?
私は現実世界の肉体を使って呆れたように大きなため息をついてやったのだが、そのせいで悠人にびっくりしたような顔をされてしまった。




