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授業中の阿修羅さん(莉緒視点)




 お昼休みが終わって最初の授業。私は内容なんて全く頭に入っていなかった。それは、私の中にいる雷人(らいと)風華(ふうか)の二人と開催した「脳内緊急会議」のせいだ。

 授業が始まった途端、最初に口を開いたのは雷人。


【さて。では、これより〝青島(あおしま)悠人(ゆうと)手籠(てご)めにするための会議〟を開く】


「ちょっと待って!? 何その会議名称。心外だよ、私そんなふうに思ってませんけど!」


『う〜ん、でもそんなに外れてないんじゃない? だって莉緒(りお)、悠人のこと大好きでしょ?』


「…………大好きだけど」


『どのくらい好き?』


「……死ぬほど好き。なんならもう無理やりでもいいから結ばれたい」


『ほら。手篭め(・・・)で合ってんじゃん。初めて話した日にこんなんなっちゃって、もう病的』


「違っ……! だって、一〇年前にあのことがあってから、ずっと自分を出さないようにして、他人から絡まれないように気をつけて一人でやってきて。あんなふうに優しくされたことなかったんだもん……」


 私は一〇年前、国が管理する特殊能力者の研究所に入れられていた。

 私自身は能力を使えないけど、雷人は電気を、風華は風を自在に操る「念動力者(エスパー)」だ。この二人が一つの体に宿った私は、研究所で「風神雷神の御子」なんて呼ばれていた。

 悠人を不良から助けたのも、悠人と二人でお弁当を食べるために強引に空を晴れさせたのもこの二人の力。


 六歳の頃──。

 その研究所から脱出するとき、私は大好きだった同い年の男の子──瑠偉(るい)を誘って自分で考えた脱出計画を実行に移した。そのときの私は何故か妙な自信を持っていて、絶対に大丈夫だからと言って彼を強引に連れ出したんだ。



──ルイ、このままここにいちゃダメだ。


──え? どうして?


──ここからいなくなった友達、きっと、みんな死んじゃったんだよ。一回だけ、連れて行かれた扉の向こうから叫び声と銃の音が聞こえたことがあるんだ。ルイ、逃げよう。大丈夫、私に全部まかせておいて! 少しだけなら道がわかるんだ。いろいろつれて行かれたときに、ちゃんと覚えたから!


──でも……見つかったら、きっとすごく怒られちゃうよ。


──ルイにだけは死んでほしくない。私、ルイのことが大好きなの。ここから無事に逃げ延びたら、ルイとケッコンしたいって思ってる。だから私のことを信じて!


──あ……うん! ぼくも大好き! おとなになったらケッコンしようね!



 鮮明に見えていたはずの教科書が歪んで、その上に雫がポタポタと落ちていく。

 周りのクラスメイトたちに気づかれないように、私はそっと手の甲で目を拭った。


 あの日、逃亡の途中で私たちは研究所の奴らに捕まってしまった。風神雷神が本領に目覚めたおかげで私は生き延びることができたけど、瑠偉は……。

 全部、私が甘い考えで脱出を提案したせいだ。


 失われた命を思い出すとき、未だ涙が出るのが救いだった。

 もし何も感じなくなって、涙すら出なくなって、単なる記憶の一つになったなら、私にはもう生きている資格すらないように思えるから。


 自分を出したりしたら、またあんな事になってしまうかもしれない。

 だから私は、他人に近づいたりしちゃいけないんだ。

 誰とも人間関係を作らないと心に決めて、ずっと一人で生きてきた。


『そうだね……ごめん。(つら)かったもんね』


 それなのに、悠人が現れてしまった。

 私にとって悠人は眩しい太陽だ。人を遠ざけ続け、影のあるところだけを選んで歩むことを決意した私にとって、彼は最も避けなければならなかった毒。

 それなのに、すっかり油断していた私は無防備な状態でその毒を体の奥深くまで注入されてしまった。

 手遅れなのは自覚してる。彼のことを考えるだけで、胸がはち切れそうなほど苦しくなってしまうから……


『仕方ないんだよ? 病的なほど好きになっても。ようやく夢中になれる男の子を見つけたんだからさ』


「……うん」


 風華は私の気持ちをわかってくれている。

 ありがと、風華。


【だからよ、最初からあいつに交尾の話を通しておいてよかったろ? どうせそうするつもりなんだからよ。俺はお前の気持ちをちゃんとわかってんぞ、莉緒】


「わかってないよ! もうあんたには絶っっ対に大事なこと何も話さないから」


【なんでだよ!? 感謝されることはあっても信用を失うなんてよ、納得いかねえぞ】


「悠人のこと好きだって正直に打ち明けただけなのに本人にいきなり〝交尾したい〟だなんて()げちゃう奴のこと信用できるかっ」


 ったく、雷人と話をしてるといつもこんな感じになちゃうな。頭をカッカさせられちゃうせいで、落ち込んでるのが馬鹿らしくなる。

 雷人が作ってくれるそんなノリに付き合うのも、もう何年目だろう。癪に触るから素直にお礼を言ったりはしないけど、せっかくこうやって雰囲気を変えようとしてくれてるんだ。しんみりはここらで終わりにしよう。


『ふふ。でもね莉緒。あの雷人のセリフは、悠人の心のふっかぁいところにグッサリ刺さってると思うよ?』


「風華も優しいよね。なんだかんだ言って雷人のことかばうんだ」


『こんな馬鹿のことかばう訳ないじゃん。真実を述べてんだよ』


【その辛辣(しんらつ)な言われ方は納得いかないが話の内容は合ってんぞ。どうせ男なんてヤルことしか考えてねーからな。乳の一つもポロリと見せて好きだって言やぁ一撃だっての。俺がさっさと落としてきてやろうか?】


「どうせいきなり〝ヤらせてやる〟とか言うんでしょ? どう考えてもめちゃくちゃになっちゃうよ。絶対にダメ」


『ワンチャンいけると思うけどね』


「風華まで……! でも、あなたが言うならそうなのかな……」


【俺ってそんなに信用ねえの?】


『とりあえず、手篭めにする方法だけど』


「その言い方どうにかなりませんか?」


『事実に反してないなら問題なし』


「犯罪なんすけど……」


【とりあえず大事なのはあいつが莉緒のことをどう思ってるかだな】


「そうなの! 二人ともどう思う?」


『雷人のせいでビビっちゃってるからいまいち確証はないけどね……。風華がエロティックモード発動した具合では、落とせそうな空気ありマス』


「そういうことじゃなくてね。悠人の気持ちが──」


『あ、ってか風華が落としてきてあげようか? たぶんいけるよあれ。童貞だろうから』


「雷人とは違うと思った私が馬鹿だったわ。私の彼氏になる人だよ、マジでNTRすんのやめて」


『いやカラダ一緒でしょ。別人格NTR? でもさ、いずれにしても問題は莉緒がまともに悠人と話できないってことじゃない? 悠人の気持ちも大事だけどそこから改善していかないと、気持ちを通じ合えないよ』


「そうなんだよね……自分を出していったら、また昔みたいなことになっちゃいそうで怖いよ……。

 それに、もしかしたらあの研究所の奴らが探しにくるかもしれないんだ。名前を変えて別人にしてもらったから、今は見つかってないと思うけど……見つけられたら、あいつらは間違いなく私のことを消しにくる。その時、悠人を巻き込んじゃうよね……。私、やっぱり」


『諦められるの?』


「……だって。もう二度と、あんなこと嫌」


【莉緒。お前のことも、悠人のことも、何があっても俺たちが護ってやる。俺と風華、〝風神雷神〟が揃ってりゃ無敵だ】


『そうだよ。風華たちに敵うやつなんていないね。あんな奴らに怯えて生きるなんて、莉緒にそんなこと絶対にさせない。襲ってきたら、研究所を脱出した時みたいにギッタギタの細切れに刻んでやるから』


【そうだぜ、俺たちに任せとけ。俺の雷撃で溶けるまで焼いてやるからよ。一個師団クラスが来ても壊滅させてやる】


「私……悠人のこと、好きになったままで、いいのかな」


【『ったり前だ!』】


「うん……わかった。ありがと、二人とも」


『それで、手篭めにする方法だけど』


「だからその言い方なんとかなんない?」


『だってあんたマジでそうしたいと思ってるでしょ? この表現は莉緒の願望をそのまま表しているわけで、だからこれ以上適切な言葉はないと思われる。風華たちにまで格好つける必要はないよ。正直になりな』


「…………手篭めにしたいです。マジでぐっちゃぐちゃに愛し合いたいです」


【よろしい。正直になるのはいいことだ。まっすぐな気持ちは相手にも伝わるってもんだ。だから最初から言ってんだよ、〝交尾しましょう〟って言えって】


「あんたがその言い方してくれる度に私、正気を取り戻せるわ。ドン引きされちゃうよ!」


『あながち間違いではない』


「風華さん!?」


『まあ聞けって。莉緒が悠人と心で繋がりたいのはよくわかる。でもね、カラダの魅力を使うのも、心を伝える一つの手段なんだよ? 大好きだって気持ちを、カラダで伝えるんだ。莉緒なりのやり方でいいんだよ。思うようにやってみ?』


【ほれみろ。俺は間違ってねえだろうが】


「いや全然違ったけど。……私なりに、か……」





 脳内会話に(ふけ)る私に、現実世界の誰かが話しかけた。

 どうやら先生だ。

 やば。全く授業聞いてなかった。


「天堂。次のところ、読んでみろ」


「…………」


 すると、隣の席にいた悠人がスッと教科書を指さして教えてくれた。

 私は無表情を装い、何事もなかったかのように教科書を読む。

 悠人のおかげで危機を脱することができた。私が悠人へ目をやると、悠人は優しく微笑んでくれた。


 彼のこんな顔を見せられるだけで、意思に反して顔が沸騰したように熱くなってしまう。パブロフの犬と化した私の心は、完全に彼の奴隷だ。


 あ────…………。もう、どうしようもなくマジで好き。


 カラダを使って手篭めか。確かに一理あるかも。



 よぉし……!






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