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好きになって、よかった




 両手で野球ボールを投げつけるような動作でゼノは念動力を発生させる。

 本来そんなことをしなくても念動力は使えるが、それが力を出すためのイメージとピッタリなんだろう。イメージと合致する動作は、集中力を増し威力を高める。


「ほら。ガード強くしないとシールド貫通しちゃうよ?」


 ガオン、ガオン、と重い音を出して私たちのシールドを押し切ろうとする見えない凶器。攻撃側も防御側も念動力だから、傍目(はため)には何も起こっていないようにしか見えない。

 風華と雷人が二人がかりでガードしてるから貫通はされないだろうが、反撃に転じるほどの隙もまた見つけられないのだろうか、ゼノにされるがままになっていた。

 こいつは相当に強い。


 ゼノの瞳が、くん、と動く。

 その方向にある渡り廊下に、歩く生徒が一人見える。


「オラァっ!」


 雷人が飛ばしたシールドが生徒を覆い、ガン、と衝突するような音が響く。

 生徒は驚いたようなリアクションをしているが倒れたりはしていない。


 直後、体が不意に拘束された。

 生徒のほうへ意識が集中した隙を突かれたのだろう、ゼノが私のことを抱きしめていた。

 風華の風刃が乱れ舞うが、全てゼノに打ち消されている。


 類稀なる実力を持った念動力者二名を、ほとんど暴風となって荒れ狂う風神の刃と雷神の雷撃が取り囲んでいた。

 ゼノが力を弱らせれば風と雷の群れは全てゼノへ向かって突っ込んでくれるだろうが、力が拮抗している今においては、まるでタイマン勝負を行う統領二人を囲んだ無数の不良たちのように待機している。

 風華と雷人は紅の瞳に見つめられ、抱きしめられながら必死に抵抗していた。

 

「んっ……」


 可愛い喘ぎ声をあげたのが風華だったのか、雷人だったのか。

 ゼノは私の胸を片手で揉んでいた。

 からの、両手で私の頭を完全ホールド。

 目を閉じずに(・・・・・・)キスを迫るゼノの唇がもう目の前に────

 

「ダラァっ」


 雷人の渾身の膝蹴り。

 みぞおちのあたりにまともに入って「げえっ」と(うめ)いたゼノは後ずさる。

 念動力同士が拮抗しているため、生身の打撃はフリーで入ったようだった。


「気持ち悪りぃんだよ男にやられるなんてなぁっ」


 間髪入れずに、雷人の電気指令に動かされた私の体はまるで格闘家のように徒手空拳技を駆使して殴打や蹴りの連打をゼノの体へ叩き込んだ。

 風刃と雷撃を防ぐために念動力を使い切ってるゼノは、雷人が繰り出す素手の攻撃を防げない。


 拮抗していた勢力の天秤が傾く。

 二名の念動力者を取り巻いていた風刃と雷撃が、劣勢を喫したゼノへと全部まとめて襲いかかる。

 風神雷神の全力がゼノの体を傷つけ始めたその時、

 

「がああああっっ」


 渾身の念動力が爆ぜるように展開され、風と雷をかき消すどころか風雷の防御シールドまでを押し切って私の体を吹っ飛ばした。

 風華と雷人は手でガードするような姿勢を作ってそれを凌ぐ。私の体はズズズ、と後ろへ滑って止まる。

 嵐のような連撃をようやく止めて顔を上げたゼノは、幾分驚いたような顔をしていた。


 驚愕したような顔……しかしそれはすぐに、一見すると戦いとは関係がないように思える感傷的な表情へと塗り変わっていった。


「……さすがだね。やるなあ莉乃は。僕たち二人が揃ったら、もっとすごいことができるのに。あんな研究所なんて踏み台さ。いずれは僕らが、この世を動かせるかもしれないんだよ?」

 

 作り物の笑顔ではなく、虚勢を張ったイキり顔でもない。

 これこそ、きっとゼノの素顔なんだろう。

 だからこそ、ふと思う。

 ゼノは、何がしたいんだろうか。

 瑠偉が眠っている間に、一人でこんなことをして……。

 

「でも、悠人くんがいる限り、君はこっちに来てくれないんだったよね。ふふ。……さあ、ここら辺で終わりにしようか」


 ゼノが窓へサッと手を伸ばす。

 その手の先──向かいの校舎の屋上にいる生徒が、念動力の直撃を受けて倒れたように見えた。

 屋上に消える寸前に見えた人影。私は、全身が粟立つような感覚に囚われた。


「悠人!!」


 があん、と強烈な衝撃が私の体を押していく。

 ゼノが放つ念動力が、何発も連続で私の体をシールドの上から押している。

 まるで何かが爆発したかのような衝撃が続き、私の体は廊下の壁に叩きつけられた。


『くうっ……あいつも、やっぱかなりやるよね』


【シールドを破られてはいないが……なかりの衝撃だった。まだすぐに動かさないほうがいい。じゃねえと体が壊れちまう】


「でも! このままじゃ悠人が!」


【わかってる。数秒で回復する、それからすぐに追う!】


 待つ時間は永遠に思えるほど長かった。

 ゼノはもう、屋上の階段へ差し掛かったかもしれない。

 先に到達されれば、その瞬間に悠人は殺されるかもしれない。

 消えていなくなる。また、大切なものが────


「私の体なら壊れてもいい! 今すぐに動かして、雷人!!」


 ピリッ、と神経に電気信号が通っていく。

 私の想いに、雷人が応えてくれた。


【ったくよ。俺たちの体でもあるんだぜ?】


『しょうがないよ。私たちは三人で一人。誰の心が壊れても、きっと生きてはいけないんだから』


 力強く廊下を蹴る私の体はオリンピック選手をはるかに超える速度を生み出し、まるで風のように私を屋上へと運んでいく。

 走っている間、祈るように悠人の無事を願い続けた。


 屋上への扉を開けた時、そこには二人の人間がいた。

 首に片腕を巻きつけられた悠人と、もう一方の手のひらを悠人の頭に当てたゼノだ。

 私が失いたくないと願う少年と、かつて失いたくないと願った少年。

 悠人は悔しさを滲ませたような顔をし、ゼノは優しい笑顔だった。 


「莉乃。チェックメイト、だね」


「……お願い」


「何を?」


「………これ以上は、もう」


 屋上の床に視線を落とした私の顔を見つめるゼノは、やれやれ、と言いたそう。

 普通なら、これだけの戦いを繰り広げておいて今更こんなお願いをしても聞いてくれるはずはない。


「なら、最後のチャンスをあげる」


 だけどゼノはこう答えた。

 答えるまでの時間が極端に短い。今決めたにしては即答すぎる。

 何となくだけど、ゼノは初めからこうしたかったのかな……と思った。


 悠人の頭に当てていた手を、屋上のフェンスに向ける。

 ぱあん、と弾けるような音がして、フェンスには人が通れるくらいの大きさの穴が空いた。


「莉乃が戻ってきてくれるなら、悠人くんの命は助けてあげる。戻ってこないなら、悠人くんはここから落とす。君が決めるんだ、莉乃。大事なものを護るための選択をね」


 私の胸を締め付ける案。

 それを優しい声で伝えてくるところが本気度を示しているように思えた。

 

 なるほどね。

 仮に風華と雷人を力づくで屈服させても、私たちは死を選んでしまうかもしれない。

 でも、悠人を人質に──悠人の命を選択肢に加えられてしまえば、私が選ぶ答えは決まっている。


 結論を心に決めた私は、最後の思い出としてゼノに拘束される悠人をこの目に焼き付けようと思った。


「戻る」という選択肢は、私は瑠偉──いやゼノと結ばれ、再び研究所に収容されるということを意味する。

 地下深くに造られたあの牢獄へ戻り、死ぬまで国家のために風華と雷人の能力を使うことになるんだ。

 

 悠人とは、もう二度と会うことはないだろう。

 私の愛する人。私を影から連れ出し、光の当たる場所へと導いてくれた人。

 楽しいことも悲しいことも共有し、二人で手を取り合って乗り越えていきたいと思った、何より大切で大好きな人……。


 仮にイバラの鞭で心臓を縛られるような痛みと悲しみを味わうことになろうとも、悠人を死なせるよりはいい。彼は生きて、私とは違う別の女性を愛して幸せに生きることができるから。

 

 私は、自分の意思を雷人と風華へ伝えた。

 風華は、それを声にしてゼノへと伝える。


「……わかったよ。あたしたちは、お前のところへ──」


「待てよ、莉緒」


 悠人が、風華の言葉を──いや、私の言葉を遮った。

 

「俺にも喋らせろよクソ野郎。なあ、お前はよ、お前と莉緒は結婚の約束をしてたって言ったよな? それはよ、お前が一方的に押し付けた約束かよ?」


 この場を支配したはずのゼノは、紅蓮の瞳を人質へ向けて眉をひそめる。

 奴の意識は私からそれたが、それでも念動力のシールドはきっちり張っているだろう。

 不意打ちのチャンスはない。

 いずれにしても、悠人を奪還することはほとんど不可能だ。


「……違うよ。僕らは互いに求め合ったんだ」


「なら、今もそうしろよ。今の莉緒の気持ちを考えてやれ」


「……莉乃はね、混乱しているだけなんだ。忘れているだけなんだよ。すぐに思い出す。この選択を決断した頃には、はっきりとね」


「はっ。いつまでも女の子にそんな決断させてっから、お前はダメなんだよボケ」


「はぁ? 自分の立場分かってんの? お前は──」


 悠人は、ゼノの体をガシッと掴んだ。


「心配すんな。これで終わる。莉緒、お前は、自分の思う通りに生きろ!」


 悪ガキのようにニヤッと笑う悠人の顔が網膜に焼きつく。

 悠人はゼノを道連れにして、校舎の屋上から外へ──運動場がある地面へと飛び降りた。


「バッ、バカかテメェっ、」


 ゼノの呻きとともに屋上から消える二人の姿。

 

 ゼノは自分自身の体を操れる──すなわち浮くことすら可能なはずだ。

 このままでは悠人だけが切り離されて墜落し、ゼノは無傷で生き残る。


 雷人も、風華も、二人とも何も喋らなかった。


 それは、集中していたから。

 この一瞬の間に、ゼノの攻撃を回避し悠人を奪還するための行動を思案するために、そして迷うことなくそれを実行に移すために。


 したがって、緑色の瞳をしている私の体もまた、雷人の操る電気指令を体中にピリッと走らせ躊躇うことなく屋上から飛び降りる。

 いやむしろ屋上の縁、校舎の側壁にあるオーバーハングを蹴って地上方向へと加速する。


 案の定、悠人を振り払ったゼノは、仰向け体勢のまま私のほうを紅蓮の瞳で凝視し集中(・・)していた。つまり、私たちが屋上から飛ぶ前に、既にこの状況を想定して先制攻撃の態勢作りに取り掛かっていた。


 運命を決める時間は一秒もなく、勝利をモノにするのは反射反応しか許されないレベルの攻防の中で最善の選択を選び取った者のみだ。


 風神の旋風が、頭から地面へ墜落する悠人へ向かって渦を巻いて飛んでいく。

 同時に、ゼノから放たれた極大の念動力を、限りなく細く細く尖らせた雷槍が真正面からぶち抜いた。


 自らの念動力を四散させられたゼノはそのまま進撃してくる雷撃に肩を射抜かれ、空中で浮かびながら苦痛にうめいて傷口を押さえる。

 風神が放った風の波動は優しく悠人を包み込み、地上寸前で横から悠人を掻っ攫った。

 

 私の体もまた、風華が作り出した風によって地面との墜落を免れる。

 ふわっと着地するとそのまま風に乗って悠人のそばへ駆け飛び、悠人を片手で抱きかかえながら上空にいるゼノを警戒した。


 ゼノは、空中に浮かんだまま、私たちを睨みつけていた。

 まるでこの世の全てを憎むような、今までに一度も見せていない表情だ。

 彼はどんどん上昇していき、屋上よりも高い位置になった時、ピタッと静止した。


「……この位置から、雨みたいに念動力の束を降らせてやる。運動場がボッコボコになっちゃうくらいに、徹底的にだ。隕石の直撃と変わらないくらい強力な攻撃を見舞ってやるよ。名付けるなら〝メテオストライク〟かな」


 やばい、と私は焦燥感に駆られていたけど、どうやら雷人と風華は違ったようだった。

 さっきと同じように「やるよ」と声を掛けた風華に、雷人は「いいぜ」と静かに答える。


 気が付けば、ゼノのはるか上空──さっきまで晴れていたはずの空は、どんよりとした雷雲に覆われていた。

 雷人は、ゼノを見つめたまま笑う。


「くっくっ」


「……はぁ? 頭おかしいの? もう負けなんだよお前らは。何笑ってんの」


「なんだその技の名前。これだから厨二病野郎が力を持つとめんどくせぇ。気づかねえかよ? オラ、〝雷特別警報〟だぜ。怖けりゃ尻尾巻いて建物の中へ避難しろよ」


「はぁ? 何言って…………なんだ?」


 ゴロゴロと、雷の唸る音が聞こえ始めてゼノもようやく空を見上げる。

 雷雲に覆われた空をキョロキョロと見渡し、雲の合間を縫うように光るドラゴンのような雷を目の当たりにすると、目を見開いてこちらへ視線を戻した。


「……まさか」


「実戦で使うのはお前が第一号だよ、ゼノ。風神と雷神の最強合技、お前に合わせて名付けてやらぁ。〝雷龍(レイ・ロン)〟だ」


 どおん、と耳をつんざく落雷の音がする。

 その落雷は空中に浮かんだゼノを直撃した。念動力でガードするゼノの周りには雷を拒絶する見えないバリアが見えていたが、雷は一撃ではなかった。


 二撃目、三撃目と絶え間ない雷が連発でゼノに向かって落ちてくる。


 まるで蜘蛛の巣のように空一面に雷が這い、その全てがゼノに向かって落ちてくる。大規模花火大会のフィナーレのように空を照らす強烈な光が、爆発にも似た轟音を伴って何度も何度も襲いかかった。

 ゼノはとうとう防御しきれず運動場へと落下する。

 

 このまま攻撃し続ければ、ゼノは──瑠偉は絶命するだろう。

 でも、風華と雷人は攻撃を止めることはしない。もしゼノが息を吹き返せば、また悠人の命を狙うに違いないからだ。


 眩いばかりの光に包まれた瑠偉を見つめる視界が揺らいでいく。

 自らが過去に犯した罪と、これからまさに犯す罪に、堪らず涙が溢れた。


 悠人のことは助けた。これで彼は幸せな人生を歩める。見届けられないのが残念だけど……

 私もすぐに、後を追うよ。

 だからごめん。瑠偉。ごめんね──……


 私の視界に、一人の人影が割り込んでいく。

 その人影は、一直線に瑠偉のほうへと駆けて行った。

 それが誰かは、私のボヤけた視界でもわかる。


 悠人。どうして? 何を──


 雷人は雷を落とすのをやめた。このままだと悠人に当たってしまうからだ。

 悠人は、倒れている瑠偉へ屈み込んで様子を確認していた。


「莉緒! まだ生きてる! 救急車を呼ぼう!」


 私の中で、雷人と風華が私に激しく反対する。

 最も大事なものを護るためには、手を止めてはいけない、と。

 そうだ。そう決めたはず、覚悟をしたはず。諦めなければならないのは瑠偉の命だと。


 まっすぐな瞳で私を見つめる悠人に、私は迷いの視線で返すしかなかった。

 すると彼はこんなことを言う。


「大切だった人を殺したら、絶対に一生後悔する。生き残れたって、俺たちも幸せになんてなれないよ。救急車を呼ぼう! こいつがまた襲いかかってきたら、どうするかはその時に考えよう。今は助けるんだ、莉緒!」


 それが正解だったのかはわからない。

 でも、私たちは救急車を呼んだ。


 救命処置を施されながら救急隊に運ばれていく瑠偉を見て、私は心が温かくなって、勝手に伝い落ちる涙が止められなかった。その時、思ったんだ。


 ああ、やっぱり悠人のことを好きになってよかったなぁ、って。

 




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