君のことが好きだから(莉緒視点)
雷人が結衣と水上アスレチックを楽しんでテントのところへ戻ってきた時、悠人と和也くんはなんと殴り合っていた。
私は完全にパニックで──それに雷人に制御権がある時だったし、雷人が対応してくれようとしていたから私はただ見守っていただけなんだけど。
雷人は、脳内で私と風華に話しかけた。
【おい、莉緒、風華。こりゃちょっと良くねえな。莉緒と悠人で話をするか、風華と和也で話をしたほうがいいんじゃねえか? 事情を聞き出してくれよ。せっかく悠人と莉緒の初の遠出デートなのに、台無しだぞ】
『う〜ん……そうだね。どうやら最初に殴りかかったのは悠人のほうみたいだしね。悠人、そんなことをする男の子には見えなかったんだけどな。きっと何かあると思うんだけど、どうしてそんなことをしたのか聞いたほうがいい気はするなぁ。莉緒、できる?』
「うん。聞いてみる」
私は、悠人と二人っきりで話をすることにした。
私も風華と同じように思う。悠人がそんなことをするなんて、絶対に何かある!
悠人を海の家の裏まで連れて行って、和也くんと結衣に話を聞かれないようにしてから悠人に尋ねた。
だけど、悠人は私にも話してくれなかった。
その理由を、彼は「莉緒のことが好きだから」だと言った。
意味はわからないけど……悠人は、今まで見たことがないくらいに悲しそうで、追い詰められたような顔で、無理をして笑ってくれていた。
わかっていたんだ。こんな厄介な事情を抱えた私を選べば、普通の幸せは手に入らない。
私の体は、他の男の子とエッチしてるんだから。いくらその最中に私の意識はないと説明したところで、悠人にとっては苦痛以外の何者でもないだろう。
私のために彼を不幸にしてしまうなら、私は彼と付き合い続けることなんてできない。自分の幸せを優先して、彼のことを犠牲になんてできない。
……せっかく幸せになれると思ったんだけどなぁ……。
しょうがないよね。私が幸せでも、悠人が幸せじゃないなら、そんなの嘘だから。
これで証明された。私は、やっぱり好きな人なんて作っちゃダメなんだ。
もう二度と好きな人なんて作らない。
こんなふうに愛する人を悲しませることになるなら、もう絶対に……。
でも、結論を出す前に明らかにしておく必要がある。
仮に結果が決まっていたとしても、その過程に意義がある。このまま悠人とさよならするなんて、絶対に嫌だから。
だから私は、風華が和也との時間を終えて帰ってきたとき、脳内会話で調整に入る。
「ねえ。風華、お願いがあるんだけど」
『なに?』
「和也くんと、二人で話をさせて欲しいんだ」
『なんで? 聞きたいことがあるなら、風華が──』
「私が尋ねたいの。場合によっては、悠人とは別れることになるから。だから、私自身の言葉で話したい」
『……!! どうして!? 別れなくていいじゃない! まだ何も──』
「まるで、前の私みたいなんだ」
『……?』
「悠人の顔。陰があって、思い詰めて。今の悠人は、前の私だよ。私のことを光の当たるところに出した悠人は、自分自身が影に入っちゃった。そんなので恋人同士だって胸を張って言える? 彼のことを不幸にしておいて、私だけ幸せだからって、そんな関係、続けていける?」
『それは──……』
【風華。それは、みんな同じなのかもしれないな】
『……どういうこと』
【結衣もまた、ずっと影に入って生きてきた。あいつの連れに聞いた話じゃ、俺と付き合ってからの結衣は今までとは比べ物にならないくらいに明るい顔になったらしい。それはお前も聞いてたろ?
いろんな影が、二人のことを覆ってくる。今だって結衣に影がないわけじゃないと思う。でも、最終的に光が当たるからこそ──プラマイでプラスになるからこそ、その関係を続けていけるんだ。
今、莉緒が悠人と関係を続けていくためには、悠人には光が必要なんだろう。そのために、莉緒は最後のチャンスを欲しいと言ってるんだ】
『……わかったよ。見守ってる。うまくいくといいね』
「うん。ありがと」
こうして私は、和也と話をすることにした。
脳内会話を終えて、自分自身の中では三人の意識統一ができた。
あとは、悠人だ。
「ねえ。悠人、ちょっといい?」
「莉緒、ようやく俺たちの時間だよな! 俺もう待ちくたびれちゃったよ。今からの時間、何をしたい?」
「……その前にね。私、和也くんと話をしたいの。二人で」
悠人は、刃物で胸を刺されたかのような顔をする。胸を鷲掴みにして、苦しそうに。
間違いない。私は確信した。悠人を苦しめている原因は、和也だ。
「……どうして」
「君のことが好きだから。誰よりも、大好きだからだよ」
「……!!」
私のためにこう言った悠人なら、わかってくれるはず。信じてくれるはず。
私がこう言った意味を。
「……わかった」
悠人は、微笑んで、こう言ってくれた。
私は、砂浜の陸地側にあるコンクリートの段差のところへ和也を連れていく。
みんなのいるテントからはかなり離れていて、こちらの会話を聞かれることはない。
風華じゃなく、「莉緒」である私が自分を呼び出したことに、和也くんは少し驚いていた。
「どうしたの? 莉緒ちゃんが俺のこと呼び出すなんて」
「……ちょっと聞きたいことがあって」
「なに? なんでも答えるよー」
陽気に振る舞う和也くん。
無駄話をする気がない私は、単刀直入に要件を切り出す。
「殴られる前にさ。悠人に、何か言った?」
「どうして?」
「和也くんのことを悠人が殴ったことは私からも謝るよ。でも、悠人はいきなりそんなことをする人じゃない。何があったか、教えて」
「莉緒ちゃんが謝ることじゃないよ。まあ……彼は君たちと付き合いをするのは初めてだから、ちょっと面食らったんじゃない」
「……それはそうだろうね。でも、それだけじゃ理由にならない」
「そう? 十分な理由だと思うけどね」
「……どういうこと?」
和也くんは、大きくため息をつく。
どうやら追い詰められているつもりはないらしい。
彼は、さっきまでと声色を変えた。
「……自分の大好きな人のカラダが、どこの誰ともわからない男に犯される。これが黙っていられるか?」
「…………」
「結衣は女だから、俺は許せたんだ。それが、男だって? 君に彼氏ができたって話を聞いた時、俺は発狂しそうになったよ。風華の体を、好きなように犯していい男が現れたんだ。黙ってるほうが異常なんだよ。能天気に付き合いたての喜びを爆発させようものならあからさまに脅してやろうかと思ったけど、彼は最初から苦しんでた」
「…………!!」
「だからね……ほんの少し、匂わせてやったんだ。風華と俺とのセックスに、莉緒ちゃんが自分の意思で参加してるんじゃないかって、思い込むようにね。だけど、やり過ぎたかな。風華とは違う反応の時があるってことを、ヤってる最中の様子を交えてまあまあちゃんと説明したら、彼は激昂しちゃってさ」
全ての謎が解け、むしろこいつのことを殺してやろうかという殺意が芽生える。
最初から苦しんでいたのを知っていて──自分と同じ苦しみを抱えているのだということを気づいていて、とどめを刺したっていうの?
風華の声が聞こえる。
か細く、消え去りそうなほどの声で、代わって欲しいと私に告げた。
入れ替わったことは、和也にもわかったようだ。
いつものような朗らかで妖艶な笑みを浮かべているわけはないだろうが、そうであっても常に愛してきた女の子のことは、やはりすぐにわかるらしい。
「風華」
「……和也。嘘だよね?」
和也はコンクリートの段差に腰を下ろし、うつむく。
肩を落として、風華のほうは見ずに話す。
「他の人格が恋人を作っても、俺は気にしない──……。きっと君はそう思っていたんだろ?
結衣が現れても、俺が動揺することはなかったから。馬鹿だよな。そんなの、男じゃないからに決まってんのにさ。俺は、俺以外の男が君の体を穢すことには耐えられない。なんでだか、わかるかよ?」
和也は、泣いていたのだろうか。
涙は出ていないが、そんなふうに思った。
「君のことが好きだから。誰よりも、大好きだからだよ」
風華の視界が歪んでいく。
その歪みを作った液体は、頬を伝ってスッと地面に落ちたようだった。




