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大切なものを手に入れるためには(莉緒視点)



 一難去ってまた一難。

 一発目からすげぇやつを持ってきた悠人は、二着目にはこれ以上の物は無いと思えるほどの狂った水着を持ってきたのだった。


 しかし、まだパス2。

 

 悠人の思うがままに辱められている私。

 もはや悠人は、なにを持ってきても文句も言わずに着てくれると思っているはず。

 つまりド変態。どんな恥ずかしい格好も、命じれば尻尾を振ってするマゾ女だと思っていることだろう。


「ねえ! これホントに成功してんだよねっ!?」


 私は堪らず脳内にいる二人を怒鳴りつけてやった。


【もちろんだ。これに味を占めるようなら、あいつはドSの才能に開花してきたということだな】


「冷静に何とんでもないこと言ってんの!? 話変わってんじゃない、そんなの望んでないんですけど私!」


『心配しなくても大丈夫だよ。安心して』


「何が!?」


『莉緒は今まで、敢えてキツいことを言う事で他人を寄せ付けないようにして生きてきた。反面、それによって心にできた空白は、莉緒のことだけを見てくれる、莉緒のことだけに興味を抱いてイジり倒してくれる男の子を求めるようになったんだ。だから、莉緒はドMなんだよ』


「えっと。すげぇ分析ありがとう。そんなの誰が証明したってのよ」


『そもそもSな奴はね、こんなふうに強要されたからって、辱めを受ける行為を黙って受け入れたりしないから。なんだかんだ言って莉緒は、彼氏の欲望のまま、したい放題されちゃうのが嬉しくて堪らないM子ちゃんなんだよ』


「……良いのか悪いのか」


【要はタイプの問題だってことだ。もし悠人がSなら、まるで磁石が引き合うかのように惹かれ合う恋人同士になれるってことだ。理想的だろ?】


「……ほんと? 私、幸せになれるかな?」


【もちろんだとも。俺たちの言うことさえ聞いていれば】


 くっくっく、と押し殺したように笑う風華の声が聞こえたような気はしたが。

 自分で口にした「幸せになれる」というワードでなんだか勇気が湧いてきた私は、とりあえずまだもう少し二人の指示に従うことにした。


 試着室の外から悠人の声が聞こえてくる。

 行くしかないんだ。覚悟を決めろ! よく考えればいくら悠人だって三度も続けてイカれたやつを持ってきたりはしないはず。

 歯を噛み締めて、私がカーテンを開けると──。


 悠人が次に持ってきたのは、またもやビキニだった。


 さっきまでの勇気は一瞬にして吹っ飛んだ。

 よく見ると、さすがにさっきのマイクロビキニよりはマシ。一応は海で遊ぶのにもなんとか耐えうるようなやつだったが、胸を覆う面積はやはり少なめの完全エロビキニだ。というか、いい加減海で遊べるやつ持ってこい馬鹿野郎。

 そして相変わらずのTバック。それだけは譲らんのね……。

 風華の言ってた通り、こいつはお尻にも相当のこだわりがありそうだ。


「…………」


「なっ、なに!? どうしたの?」


「……なんでTバックなの」


「……実は、俺」


 深刻な顔をする悠人。

 なんだろう。何か深い理由でもあるのだろうか。

 ってか「どうしたの」じゃねえよって言いたいんですけど。


「学校で、ベンチを拭く莉緒の後ろ姿を見てから気付いたんだ。莉緒は確かに胸が大きいけど、それだけじゃないって。お尻と太ももこそが、真髄なんだって。だから、その魅力をめいいっぱい引き出せるかどうかにこだわって選んでみたんだ」


 このド変態が! と怒鳴りつけてやりたかったが真顔で言う悠人にもう呆れて言葉も出ない。

 私はしばらくこの変態君を半目で睨んでやってから、三度(みたび)水着をひったくって乱暴にカーテンを閉める。


 着てみると、案外違和感はなかった。


 きっとさっきのやつがあまりにもぶっ飛びすぎていて、この水着がマシに見えてしまっているのだ。

 これはこれで普通のやつと比べればまだまだ断然過激。だいたいTバックなんてマジで海に着てくる奴、日本人にいるのか!?

 

 鏡に映った自分の姿を眺める。


 自分で言うのもなんだが、体のラインは男の子の視線が釘付けになるのも頷ける。

 胸は大きいほうだし、腰はまあまあキュッとなってるし、お尻と太ももは肉付き良さげだ。この辺りは趣味によるところだと雷人は言っていたが。


『ふふ。ほんとに魅力的でしょ、莉緒は』


「……でも、やっぱり私、恥ずかしいよ……」


『これで悠人を誘惑すれば、一撃だと思うけどね』


 体で釣って好きな人を手に入れるなんて嫌だ。

 だけど、体は心を伝える手段で、体と心は一つ。

 風華や雷人のアドバイスによると、そうらしい。


 私には、まだよくわからない。悠人はどう思ってるのだろうか。

 こんなふうに言われるがままに際どい水着を着て、はしたない女だと思われていないだろうか。命令すればなんでも言うことを聞く、変態だと思われていないだろうか。


 これで本当に好かれてる? 愛されてる?

 怖いよ。

 

 私はうつむいてため息をつく。

 この水着を悠人に突き返せば、パス3。

 もうあとはない。その次のやつは、絶対に買わなければならない。




 どうしよう──……。




『ねえ。風華に、少しだけ代わってくれる?』


「……どうするの」


『はは。大丈夫だよ。任せといて』


 謎に自信たっぷりの風華は、カラッとした声で私に告げる。

 ここまでの攻防で精神がすり減らされてもう限界だった。

 必死に堰き止めていた感情が無秩序に溢れ出しそうだった私は、黙って風華に体の制御権(・・・)を渡した。


 一瞬の無表情を経て、鏡に映る私の表情が妖艶に変化していく。

 唇の端っこを自然に引き上げ、明るく朗らかな笑顔にすり替わった私の顔は、風華の制御下に移ったのだ。


 風華はなんの躊躇いもなくカーテンを勢いよくサアッと開ける。

 悠人は驚いて飛び上がった。カーテンの音を聞いた周りの人たちが、その音にびっくりして風華のほうを向く。

 周りの人たちから口々に漏れる声が聞こえてきた。


 ……わー、派手な水着。胸、おっき……

 ……もみてー。柔らかそう──……。

 ……ちょっとあんた、何見てんのよ!

 ……よくあんなの着るよね。まだ高校生くらいじゃない?

 ……あんなのビーチにいたら、百パー声掛けるわ。

 ……むしろヤられたいんだろなって思うよな。

 ……ジロジロ。


 声や視線がまるで体を突き刺してくるかのようだ。

 悠人はキョロキョロしていた。もちろん悠人も、まるで欲望をそのまま具現化したような男性たちの会話や視線、軽蔑や嫉妬なんかがごっちゃに混ざった女性たちの態度は察知できていただろう。


 風華は小首を(かし)げて微笑む。

 悠人は慌てて風華を押して試着室の中へ一緒に入り、カーテンを閉めた。

 

 そんな悠人を前にした風華は、まるでグラビアアイドルのように、体の前で組んだ両腕で胸を下からグッと持ち上げて寄せた。

 男の劣情を掻き立てる(あで)やかな表情と、圧迫されたおっぱいの威力に完全圧倒された悠人は、言葉を失いただただフリーズしてしまう。

 下から悠人を見上げるようにした風華は、悠人に触れるか触れないかくらいの距離感でこう言った。


「君があたしのカラダを好きでいてくれるのはすごく嬉しいよ。でもね、こんな水着を着るってことは、海へ行ったら、たくさんの男の子たちがあたしのことをそういう目でジロジロ見てくるってことだよ? 悠人がそれでいいなら、あたしも別にいいんだけどね」

 

 喋り終えると、風華はたじろぐ悠人に外へ出るよう合図する。

 悠人が試着室を出て行ったあと、風華は制御権を私に返した。


 鏡に映る、自信無さげで陰のある表情。

 大人びて妖艶で、太陽のように明るい風華とは似ても似つかない。


『……さ、莉緒。着替えるんだよ。そして選ぶんだ』


 私は、水着を脱ぎながら考える。


 Tバックなんて恥ずかしすぎる。でも、ここでパスを選択すれば、次に悠人が持ってきた水着は必ず買わなければならない。

 そもそもそんなもの、風華と雷人が決めただけのルールだから、あの二人に向かって「そんなルール守らない!」って宣言すれば済む話なんだけど……この話に乗っちゃった私も、心の底ではわかっていたのかもしれない。


 結局は、いつまでも逃げ続けるわけにはいかないんだ。

 大切なものを手に入れるためには──影の中ばかりで生きるのをやめて、悠人と一緒に陽の道を歩きたいと願うなら。

 恐怖心を乗り越えて、一歩前へ。


 私は脱いだ水着を手に握りしめて、決断する。

 

「……パス、だよ」


『パス3……だね』


 信じる。

 私のことを大切に想ってくれているはずの悠人のことを、信じる。

 

 着替え終わった私はカーテンを開け、悠人に水着を渡す。

 試着室に一人こもって、悠人が帰って来るのを待つ時間は、すごく長く感じた。


「莉緒。お待たせ」


 悠人の声が聞こえる。

 早くなろうとする心拍に耐え、目を閉じてメンタルを整える。

 深く息を吸い込んで吐き、覚悟を決めてカーテンを開けると──。


 悠人が持っていたのは、ビキニだった。


 それを見た瞬間、私は背筋がゾクっとなったけど──恐怖におののきながらも改めてよく見ると、さっきまでのやつとは違う、普通のやつだった。

 ブラは際どくはないし、パンツだってTバックじゃない。でもデザインは可愛くて、きっと海でも見栄えするだろう。


 あまりにも安堵し過ぎて、私はその場に崩れ落ちた。

 決壊した感情が津波のように溢れ出て────。



「ふえぇぇぇぇぇぇぇん。怖かったよぅ……」



 試着室に座り込み、私はわんわん泣いてしまった。

 周囲のお客さんや店員さんが驚いて近寄ってくるなか、悠人は、あたふたしながら私のことを抱きしめていた。





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