電気を操る少女
ピンチの時に白馬の王子様が現れたら、女子はきゅん! ってなっちゃうらしい。
なんつー簡単な精神構造かと内心俺は小馬鹿にしてたんだけど、立場が逆になったらまあまあ男子でも同じなんだな、と思った。
何が言いたいかというと、路上で不良に囲まれて「金を出せ」って言われたので財布を出したら千円しか入っていなかった件について不良からしこたま怒られながらガンガン暴行されていたら、クラスメイトのダウナー系美少女・天堂莉緒さんが助けに入ってくれたって話だ。
「んだぁ? こいつの彼女か?」
手を伸ばせば届く距離まで天堂さんへ近づいたこのゴツい不良は、背の低い彼女にとってきっと物凄い威圧感だっただろう。男の俺がそう思ったのだから天堂さんは相当怖かったはず。
俺のことを助けるなんて絶対に無理だ。
だってこの子、クラスでも誰とも喋らないし、何だったらどんな声だったか思い出せないくらいのダウナーさんだから。
運動も苦手だし、武道を習ってるとかの話も聞かない。その割にすごく可愛いから、むしろこの不良に美味しく食べられちゃっても何の不思議もないくらいの餌だ。
なんとか助けてあげたいが、こいつから喰らったボディブローがガッツリ効いている。それによって一回吐いてる俺はもう気分不良が酷すぎて動けない。
地面に這いつくばりながら状況を見守ることしかできずにいると、天堂さんは不良へおもむろに右手を突き出し、人差し指をピンと立てた。
瞬間、バリバリっ、と電気が飛び散ったようになって、不良が喚き散らす。
「グアアああアあっっっ」
不良は全身カチコチに力が入った様子でその場に倒れ、まるで陸に揚がった鯉のように地面の上でピクピク跳ねていた。
完全にグロッキーだ。信じられないけど、この喧嘩はこれでカタがついちゃったらしい。天堂さんの完勝だ。
俺は何故か普段から不良によく絡まれるけど、こんな風に助けてもらったことは一度もない。それも女子だ。この状況で助けに入るというのはマジで並大抵の気合いではできない。
俺が羨望の眼差しを向けていると、天堂さんはそこに倒れている不良よりもむしろ不良らしく、ナチュラルに表情を歪めて呆れたように俺へ説教した。
「おい。お前、男のくせにだらしねえな。ちゃんとついてんのか?」
……この子、こんな喋り方だったかな。
喋ったことがないのでほとんど覚えてない。
「聞いてんのか? 莉緒が惚れた男ならこれくらい自分でなんとかしろやボケ」
何を言われてるのかさっぱりだけど、なんか怒られてるので俺は上半身を起こしてなんとか地面に座り込んだ。
というか「莉緒が」って言ってるけど天堂莉緒さんはあなたです。
「……今のどうやったの? なんかバリバリって鳴ったけど」
「ああ。俺はいつもスタンガンを持ち歩いていてな」
「ス、スタンガン……それは……また」
やっぱ可愛いからよく絡まれんのかな。だからスタンガンなんていう非高校生的な武器を常時携帯して人知れず陸の鯉を量産しているのかもしれない。
一人称も「俺」だし、実は男っぽくて乱暴な人なのか……?
「……ごめん。本当にありがとう。でも、どうして? 俺、君とほとんど話したこともないのに」
「気にするな。莉緒はお前と交尾したいと思ってるみたいだからな。その時はよろしく頼む。ああそうだ、ゴムだけはつけてやれよ」
「はい?」
「…………待て。わかったわかった、そんなに怒るなって。妊娠の可能性もあるし、一応忠告しておいてやったほうがいいかと思って俺は──」
不良みたいに凶悪な顔をして表情豊かに喋っていた天堂さんは、訳のわからん独り言を喋った直後に突然無表情となる。
一瞬の無表情を挟んで次に表情が現れた時には不良の気配は消えていたが、今度はぽっぽと湯だったかのように顔を真っ赤にして怒り顔に。歯まで剥き出して、まるで親の仇でも見るかのようだ。
ツカツカと、俺に近寄り胸ぐらを掴む。
「さっき言ったのは全部嘘だから! 〝雷人〟が勝手に言っただけで、わっ、わっ、私じゃないから! 勘違いしないでよね!!」
雷人って誰?
喋ってるところをほとんど見たことないから全然知らなかったけど、この人は男っぽいというより実は想像以上に変わった人なだけかもしれない。
どうして天堂さんが俺を助けてくれたのかは、単にクラスメイトだというだけでは説明がつかない気がした。だって、いくらスタンガンを持ってたとしても、この不良の凶暴性と体格差を考えれば相当危険だったと思うから。
この子がどういう女子なのかということについては、説明するのはそんなに難しくない。
例えば特徴を列挙すると、まず一番初めに来るのは胸がデカいこと。
もちろん、だからといって太ってはいない。腰だってキュッと締まってるし、なのにその下に控えるお尻と言ったらもう暴虐。スレンダー好きはブツブツ批判をしていたような気もするが正直俺はそいつらの気持ちは全くわからない。
さらに注目すべきは、学校の男子どもが勝手に作った「可愛い女子ランキング」の最上位に名を連ねるほど顔が可愛いことだ。
ただ、ここまで好条件が揃っているのに「付き合いたい女子ランキング」には入ってこない。
その理由は、呪いでも掛けられそうなほど陰気な雰囲気を纏ったダウナーさんだから。
公開情報は以上。
要するに、不良から俺を助ける力なんて絶対に持ってなさそうだったんだ。
しかも、彼女と俺にはほとんど接点というものがない。
確かに同じクラスだし、何だったら隣の席なんだが話したことすら無い。
その程度の関係性の男子が不良に絡まれていたとして、警察を呼ぶならまだしも、リスクを冒して一人で俺を助けに入る理由が全然思い浮かばない。
ちなみに、天堂さんと関わりがないのは俺だけじゃない。
元来の性格なのか、はたまた過去によほど辛い思いでもしたのか、彼女は徹底して人と話すのを避け、決して自分を出すことはない。完全にクラスの中でも浮いていて、性別を問わず友達というものがいない印象だった。
人生に見切りをつけたような顔をして、お昼のお弁当もずっと一人で食べている。
俺と彼女の関係性に少しだけ変化が訪れたのは、一ヶ月くらい前のことだろうか。
遅めの春に行われるうちの学校の文化祭。
俺のクラスの出し物は「猫カフェ」で、その実行委員に選ばれていたのはクラスの中心人物の一人である神田という女子だった。
猫コスプレをやる女の子のキャストは神田を含めたクラスの中心人物からすでに選ばれていたが、そいつらより明らかに顔の良い天堂さんへ男子たちがおずおずと白羽の矢を立てた。
誰とも馴染まない天堂さんはそれを辞退したのだが、男子の人気で負けたのが気に入らなさそうだった神田は、協調性を理由にして天堂さんに絡んだのだ。
その時のやりとりは、次のようなものだ。
「文化祭なんだから、みんな適材適所で仕事を分担してやろうって言ってるだけじゃない。どうせ裏方やるって言ってもあなたに何ができるのかって話だしさ、衣装着て立っててくれたらそれでいいから」
「……やりたい人でやったらいい。あなたたちで十分お客は来るよ」
「へぇぇ……自分は出るまでもないって? あのね、この際だから言っておくけど、いい加減あなた協調性ってものを身につけようとか思わないわけ? いっつも一人でいるし、そんなことじゃ社会に出たら仕事なんてできないよ?」
「そうだぜー? 神田の言う通りだよ、それぞれやれることをやって良いものを作ろうって言ってるだけじゃん。なのに〝勝手にやって〟みたいなこと言ってさ、自分一人で生きてると思ってるんかって話。積極性も協調性もない奴とかマジでこっちもやる気無くすしウザいわー」
自分だって社会人のことなどろくに知らないだろうに社会人としての素養を偉そうに説教する神田と、神田への恋心を原動力として同調圧力を掛けてくる陽キャ男子の上田。
このクラスのリーダーシップをとる二人の言いように、他の奴らは口をつぐんで反論しないモードに入ってしまった。
いつもなら敢えて目立つような行動はしないモブキャラの俺だけど、たぶん俺はこいつらにイライラしていたんだろう。
考える前に、口が先に出ていた。
「ねえ、そういうのやめない? 性格なんて人それぞれだからさ。むしろ余計に空気悪くする案件だと思うんだけど」
「青島くん? 今あたしは天堂さんと話してるの。それにね、あたし何か間違ったこと言ってるかなぁ?」
「別に間違いだなんて言ってないけど、本人の意思は大事でしょ?」
「でも……みんながそんなこと言い出したら、文化祭なんてできないし」
「おい青島、お前なんで天堂の肩持つんだよ? ああ、わかった! 天堂のこと好きなんだろ? だから正義の味方みたいなカッコつけしてんだ。うわー、うっざ」
「神田のことが好きだからって平気で他人を攻撃する奴もいるけどね」
「あっ……ああっっ!? なっ、なっ、何言って……話をすり替えんじゃねえよ! 客観的に見てどう考えても神田の言う通りだろ。協調性のねー奴放っておいたら秩序もクソもねえだろうが。なぁみんな!」
「自分の意見を押し付けるのが秩序だなんて知らんかったな」
「……んだてめぇ、ちょっと調子に乗ってねえか?」
「待って! 喧嘩しないで!!」
最初に火種を起こした神田は、自分のために上田の立場が悪くなるのを憂慮したのか、言い争いを止める側に回る。
ついついヒートアップしてしまった俺も、自分で自分を諌めるタイミングだった。
全くもって俺らしくない。どうしてこんなこと言っちゃったんだろう?
もちろん俺は神田と上田から恨みがましい目つきで睨まれたんだけど、反対に、天堂さんからは子供みたいにあどけない顔でじっと見つめられた。あんな天堂さんの表情は一度も見たことがない。
この件と、今、助けに入ってくれたこと、なんか関係あるんかな……。