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第26話 「月と陽」

皆様、いつも「無双の体はチェンジでお願いします!?」をお読みいただき、誠にありがとうございます。

4日連続投稿の2日目、第26話「月と陽」をお届けします!

前話では静香と東王公、神楽院真央の三つ巴の対決が始まり、お咲の救出に向けて仲間たちが動き出しました。今回は、静香の中に眠る「陽炎の力」がついに目覚める瞬間を描いています。

「変化」と「永遠」という二つの相反する概念の対立は、ここで大きな転換点を迎えることになります。静香は自分の力を完全に解放できるのか、そして東王公の野望を阻止できるのか――。

それでは、お楽しみください!

  1.「月と陽の交わり」


「これが…月の道?」


 光の道を歩き始める静香。周囲の景色が幻想的に揺らめく。水面下には、

 かすかに猪の姿が映り込んでいる。うり坊は静香の周りをくるくると回り、

 喜んでいるようだった。


 霧の向こうから弁天島が徐々に姿を現す。島の社の前に、青白い月光に照ら

 された神楽院真央の姿が浮かび上がっていた。


「来たか、玉響……いや、樽屋静」


 真央の声は冷たく、しかし何か悲しみを秘めていた。その背後の祭壇には、

 横たわるお咲の姿。


「お咲!」

「童は無事だ。まずは、力を見せてもらおうか。東王公のお望みどおりにな」


 二人の間に緊張が走る中、静香の体から淡い光が漏れ始め、真央の周りには

 青白い月の光が渦巻き始めた。真央の影が突如動き出し、弁天島から放射状

 に広がっていく。影は水面に触れると八本の巨大な水柱となって立ち上

 がった。


「これが『月の光』だ」


 真央の口元に冷笑が浮かぶ。八つの水柱は形を変え、巨大な蛇の姿と

 なった。鱗は月光に青く照らされ、その冷たい輝きは水滴のように雫り落ち

 る。社の後ろに伸びた一体の大蛇が祭壇に横たわるお咲をくわえ、高く持ち

 上げた。


「お咲!」


 静香の叫びは霧に吸い込まれていく。社の奥からゆっくりと現れたのは、

 紫の靄に包まれた東王公の姿だった。


「さあ、どうする?」


 東王公の声は穏やかながらも、その響きには冷酷さが滲んでいる。真央と

 東王公は高笑いし、静香を見下ろす。


「陽炎の力がなければ、この子の命はない。そして力を使えば、お前の体はも

 はや人のものではなくなる」


 遠くで花火が上がる。千代婆と六の援護だ。

 静香は仲間たちの無事を知りほっとした、と同時に気持ちを切り替えた。

 水面に映る花火の光と月の光が交錯し、幻想的な光景を作り出す。


 その瞬間、静香の鼻腔に伽羅と桜と線香が混ざったほのかな香りが届いた。

 これは千代婆からの合図だった。「安全、そのまま進め」という意味と、

 摩利支天への祈りが込められている。


 静香は深く息を吸い込み、心の奥に流れる力を解き放った。

「出てきなさい、守護者たち」


 彼女の足元から、七頭の巨大な猪が出現した。その体は琥珀色の光を纏い、

 蹄から立ち上る煙は夜の闇を照らす。


「な、なんだこれは?」


 真央の表情が崩れた。東王公もまた、陽炎の力のより神に近い術を見て、

 予想外の展開に目を見開いている。


「猪突猛進!」


 静香の声とともに、琥珀色の守護獣たちが一斉に走り出した。その姿は鉄のよ うに堅く、轟音とともにお咲をくわえた大蛇めがけて突進する。蛇の体は彼

 らの牙に貫かれ、水しぶきとなって散った。お咲の体が宙に浮く。


 その時、島の端から政五郎と下っ引二人が駆けつけた。

「お咲!」

 政五郎は飛びつき、落下するお咲をぎりぎりで受け止める。


「よくやった!」


 我に返った神楽院真央は振り返り、お咲と政五郎の方に大蛇を一匹向かわせ

 た。しかしその時、北西からは百合と半次の乗った舟が接岸し、百合の

 三味線の音色が水面を震わせた。


 二方向から迫る大蛇たち―百合たちを追うものと、お咲と政五郎を狙う

 もの―は、三味線の音波に縛られ、半次の手裏剣に頭を貫かれた。


「遅れたな」

 半次は静香に向かって頷いた。


 真央はその光景を見て、動きが止まる。政五郎と百合の懐かしい顔。かつて

 幼い自分を大切にし、見守ってくれた二人の姿。父、神楽院勘三郎の優し

 さ。すべてが彼の脳裏によみがえり、長い間忘れていた温かな記憶が

 胸の奥から溢れ出す。


「父上…」

 真央の表情が動揺に満ちて揺らぐ。東王公の与えた永遠の力と、自分本来の

 在り方の間で心が引き裂かれるように苦しむ。


「私は変わり続ける。あなたも本当は…」

 静香は真央の動揺を見逃さず、投げかけた。


「黙れ!」

 真央の表情に怒りが浮かぶ。


「私は神楽院の名を守るために生まれた。変わることなど…ありえない! 」

 だが、その表情に一瞬の迷いが走った。


「東王公の言いなりになって、何になるの?」

 静香の声は静かながらも力強く、真央に届く。


「黙れ!」

 真央の怒声が島中に響く。


「東王公様は私に力をくださった。この月の光で、私は永遠に舞台の主役で

 あり続け、そして父をも超える!」


「それが本当のあなたの望みなのね? 父を超える。 自分の力ではなく

 誰か他の力で? 」


 静香の問いかけに、真央の瞳が大きく開き、次いで眉間に皺が寄る。口元は

 引きつり、まるで仮面が崩れ落ちる瞬間のようだった。



  2.「紫の霧と永劫の檻」


 不忍池の水面に異変が生じ始めた。まだ何頭か残っていた大蛇が消え去り、

 波が打ち始めた。池を覆っていた白い霧が徐々に紫色に染まり、空気が重く

 息苦しくなっていく。


 水面からは黒い泡がフツフツと湧き上がり、腐敗したような匂いが立ち込

 めた。鳥や虫の声が一斉に途絶え、弁天島全体が死のような静寂に包ま

 れる。


「何が…… 」


 静香の言葉が途切れた時、あちこちに紋様が浮かび上がった。それは古代の

 呪術を思わせる複雑な紋様だが、インクのように溶け合い、一つの印として

 形成されつつある。


 周囲の木々が枯れ始め、葉が紫色に変色して散り落ちる。東王公の姿が霧の

 中から現れ、その目は紫の炎を宿していた。

 

「この池は私の玉座、この水は私の意志。不忍池に眠る龍よ、目覚めよ。

 そして餌食を食らえ! 」


 東王公の声が響き渡ると同時に、池の水が大きく盛り上がり始めた。

 やがて、巨大な龍の頭部が水面から姿を現す。青銅のような鱗と紫の霧を

 纏った姿は、あまりにも畏怖すべきものだった。


 百合は三味線を構えようとしたが、紫の霧に触れた途端、激しい咳に襲われ

 て膝をつく。半次も毒気に侵され、手裏剣が手から滑り落ちる。


「ここら辺りの人の子は揃ったな? まとめて料理してやろう」


 東王公の目には冷たく残忍な笑みが浮かんでいた。彼はゆっくりと腕を

 上げ、掌を開いた。


「変化を受け入れるなど弱者の妄言。 真に強きものは永遠を手に入れる。

 その真理をお前たちの血肉で教えてやろう。真央、お前もだ! 」

 真央は恐怖に顔を歪める。


「東王公様…… これは約束が違う…… 」


「約束? お前は役割を終えた。変わりなどいくらでもいる。お前たちは

 所詮、永劫の歴史における一滴の雫。その存在さえ忘れ去られる運命」


 東王公が真央を見つめると、彼の体内で影の力が暴れ始めた。幾匹もの黒蛇

 のような影が彼の体内でうごめき、臓腑を引き裂くように暴れる。

 真央は声にならぬ悲鳴を上げ、体を二つに折り曲げるように地面に倒れ込

 んだ。


「真央! 」


 静香は駆け寄ろうとしたが、龍の口から吐き出された紫の霧に阻まれた。

 花の香りにも似た甘く重たい毒気が肺を焼くような熱さで体を包み込む。


「畏れよ、苦しめ。無力のまま、永遠に朽ちるがよい! 」


 東王公の声は冷酷な愉悦を滲ませ、まるで断末魔を楽しむかのようだった。


 神楽院真央の体内で影の力が咆哮を上げる。幾匹もの黒蛇が彼の臓腑に噛み

 つき、引きちぎるかのように暴れていた。全身が異形にねじれ、声にならぬ

 悲鳴をかみ殺す。


 静香の視界が狭まり、息が詰まる。全てが紫に染まる中、彼女は真央の苦し

 む姿に目を向けた。黒蛇の影が彼の体を這い回り、魂そのものを食い尽く

 そうとしている。


 (分かるわ……真央。その苦しみ……私にも)


 静香は過去に陽炎の力に飲まれそうになった時の恐怖を思いだした。変化を

 受け入れられず、力に支配されるという恐怖。それは真央が今感じている

 ものと同じだったのだ。


 彼を救いたい。その思いが静香の中で強まる。だが、紫の霧がますます濃く

 なり、肺に毒が広がっていく。空間が歪み、まるで何もかもが遠ざかって

 いくようだった。


 (このままじゃ、真央も……みんなも……救えない)


「サ……サル、助けて……」


 その言葉が闇の中で消えかけた時、不忍池の北側から一筋の光が現れた。

 それは微かに、しかし確実に紫の霧を押し分けながら静香に近づいてくる。


 千代婆の霧と六の傘と六が放った花火の灯りだった。その光に、千代婆の

 焚いた香りが風に乗って静香の元へ届く。まるで仲間たちが

「諦めるな! 」

 と声をかけているかのようだ。


 そして、その瞬間――南方の摩利支天寺から、もう一筋の光が天を貫いた。

 月光を浴びて金色に輝く光の柱が、池の水面を横切り、静香を包み込む。ま

 るで祀られた尊が応えるかのように。


「これは…… 」

 静香のお守りが応えるように鼓動を打ち始めた。


 (そうだ……私は一人じゃない)


 お守りが徐々に熱を持ち始め、灼熱の痛みを伴って静香の肌に溶け込んで

 いく。それは単なる物体ではなく、サルタヒコの魂そのものが彼女と

 一体化しようとしているかのようだった。


「しっかりしろ! 俺が付いてる」

 体内から響くサルタヒコの声。しかし次の瞬間、また違う声が重なった。


「しっかりしなさい! 私が共にいる」

 女性の声? それは柔らかく、しかし力強い。静香は直感的にそれが誰なの

 か理解した。


 静香の目の前に、能面が浮かび上がる。サルタヒコの顔だ。それは彼女の顔

 に重なるように近づき、肌に触れた瞬間、全身に温かな光が広がった。


 紫に濁っている水に顔を映すと、そこには面を被った自分の姿と、周りを取

 り巻く猪たちの姿が琥珀色の光に包まれていた。


 苦しみ、もがく真央を見て、静香はある確信を得た。


「うり坊たち。お願い。真央を助けて」


 守護獣たちは、静香の命で真央に寄り添い、彼の周りをゆっくりと回り始め

 た。猪の体から放たれる光が、真央の体を覆う黒い影を少しずつ吸い寄せる。


「な、なんだ? 何をする気だ? 」

 サルタヒコの困惑した声が心の中で響くが、静香は迷わなかった。


「真央の力が必要なの。彼も変化を恐れているだけ。私は彼を救うわ」


 うり坊たちは、真央の体から黒蛇の影を次々と引き剥がし、吸収していく。

 真央は苦悶の表情から少しずつ解放されて行くようだった。


 東王公は怒りに満ちた表情でこちらを睨みつけた。。


「なんだ? まだ足掻くか? 陽炎の力よ。これで終わりにしてくれる」


 龍が口を大きく開き、巨大な紫の玉を吐き出した。それは静香たちを一瞬で

 灰にするほどの力を秘めている。


 静香の体には、守護獣たちが真央から吸い取った影の力がどんどん流れ込ん

 でくる。光と影、相反する二つの力が体内で調和を求めて渦を巻く。


「姉さま! 」

「お静! 」


 仲間たちの声が彼女の耳に届く。彼らの存在が、静香に勇気を与えていた。

 最後の一筋の影が静香に吸収された瞬間、龍の攻撃が放たれた。


「ドーン! 」


 目をくらませるような爆発音と共に、紫の光が弁天島を包み込む。

 しかし光が薄れると、そこには予想外の光景が広がっていた。


 紫の霧を貫く琥珀色の光の中に、三つの顔を持つ姿が現れていた。中央には

 静香の面影を色濃く残す顔、左にサルタヒコの面、右に猪の顔。六本の腕に

 はそれぞれ、刀、弓、矢、槍が握られ、巨大な猪に片足で立っている。


 火炎光背かえんこうはいを背負い、その姿はまさに戦う摩利支天の化身

 そのものだった。静香はいつものように、神楽院真央もまた、変化を受け

 入れ、力と力が融合し一体化した。


 「お、お前…… 」


 東王公の声はかすれ、龍が身を震わせた。


いかがでしたでしょうか?

静香の体内で「陽炎の力」と「月の光」が融合し、ついに摩利支天の真の姿が現れました。自分の力に呑まれそうになりながらも、変化を受け入れ、仲間たちの力を感じた静香。それに対し、変化を拒み、永遠を求める東王公との対立は、まさに物語の核心です。

サルタヒコと摩利支天の声が一つになり、静香を導く場面は、この物語を書くにあたって特に重視したシーンです。神の力を持ちながらも、人としての心を失わない静香の姿に、「変化」を受け入れることの本質を描きたいと思いました。

明日は第27話「摩利支天」を投稿します。最終決戦の行方をどうぞお楽しみに!

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