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ニューブルーに戻り、連絡員を通して三日でそれは出来上がった。
「エルナト発行のパスポートと、エルナト発行の帝国までの旅券、二人分だ。これで入国手続きは取れるだろう」
レオが連絡員から渡されたそれを見ると、まるで本物のような出来栄えだった。当然そうでなければ意味がない。
「なるほど。ニューブルーを通して帝国に入るからには、観光客を装った方が話が早い。エルナトを出国し、キルビレントのニューブルーを経由、その後帝国への観光旅行と洒落込む形だな」
「そういう観光客は少ないが、いないわけじゃない。ただ、今のキルビレントの情勢からして帝国に入国するには、それなりの検問があるぞ。あの少女との組み合わせは間違いなく怪しまれる」
「分かっている。か、もし彼女の帰りを待ち望んでいるならば、すんなり通すかだろうな」
「可能性はある。だが行き着く先は犯罪人収容所かもしれない……帝国に入れば、今までのように本国との頻繁なやり取りは出来なくなる。気をつけろ」
内戦中で混乱の最中にあるキルビレントに諜報員が入り込むのは容易なことだが、今度の行き先は帝国である。国家の規模も、防衛力も桁が違う。勿論、入り込んではいるがこれまでとは違って圧倒的に数が減る。
「……ああ。それより、ナセル・ハダットが戻って独立戦線の状況はどうだ?」
「独立戦線が攻勢を強めているのは勿論だが、ナセル・ハダットが持つ最も強力な武器はその人脈だろう。昔から政府軍と戦って来たことで、政府軍にも顔が利く。政府軍からも離反する奴らが出てきてもおかしくない。現実味を帯びてきたな。三国同盟が」
アルトミラ、エルナト、キルビレント、大国に挟まれた緩衝地帯に連なる三国の同盟。帝国から一線を画し、中立を誇示する為の連帯だ。カムナガラにとってそれこそが本懐だった。
「後は早いか遅いかだな」
連絡員と離れたレオは、ミーナの元に戻った。
「待たせたね」
「構いません」
「これが君のパスポートと旅券だ。君は一人旅には幼すぎるから、俺と歳の離れた異母兄弟ということにするが、無理があるのは目に見えている。怪しまれるのは当然と思ったほうが良い」
「それは杞憂かもしれません。案外、簡単に入国が叶うかもしれませんよ」
「君もそう考えるか。俺もそう考える。もしかしたら国境で帝国軍が待ち構えている可能性もある。何が起こるか分からないが、本当に良いんだな?」
「構いません。私の目的の為ならば」
そう言うミーナの瞳に迷いはなかった。未だに見えてこないミーナの目的とは何なのか。今聞いたところで、答えないだろうと思い、その疑問は胸に留る。もう少しミーナとの距離が縮んでからにしたほうが良いだろう。無論、それを聞いて手を貸すかどうか決めるのはレオではなく本国だが。
二人はニューブルーから出ている観光客向けの帝国行きの長距離バスに乗り込んだ。利用客数は少ないが、内戦のさなかにあるとは言え、ニューブルーの観光資源を求めてやってくる観光客はいるようだ。主に占めているのは帝国人だろう。政府軍領を選んで走っているからか、道は迂遠していたが、途中キルビレント首都、ブレックを経由し、一日走らせて到着した。
国境が近づくにつれ、赤いレンガの建物が目立ち始めた。マルクト帝国の名物建築と言える物で、住居、施設、国の重要拠点もすべて、国全体が赤いレンガ造りの建物で成り立っている。古くから建っているそれらは、それまでの間、戦争で負けなかったという自負であり、マルクト帝国の威信そのものである。
レオは特殊工作員としてこれまで国内外の危機的事案に対応してきたが、マルクト帝国の地は未踏。帝国自慢の赤レンガづくりの建物も、存在は認知していたが、実際に目にするのは初めてだった。
「俺は初めてだが、君は故郷みたいなものだろう? 感慨深いものは?」
ふと気になって隣のミーナに尋ねたが、ミーナは相変わらずの無表情だ。
「何もありませんね」
そう答えると思っていたレオは、「ふっ」と笑みをこぼした。
国境に降り立ち、国境検問所で検問を通る。検問では軍服の男達も見え、密かにな警戒していたが、すんなりと通ることが許された。
「この場所に成功体の誰かがいます」
「確かか?」
「ええ。私達は体内に稀粒子を濃縮させています。それを感じ取るのですが、一点、明らかに周囲から浮いた存在がいます」
「誰かはわからないんだな?」
「わかりません。クリオネかもしれない、勿論別の可能性もあります」
ミーナの顔色は、国境検問所を出て、マルクト帝国領に侵入すると、より険しくなった。
「近づいてきている……」
ミーナの慎重な姿勢にレオが警戒心を強めた所で国境検問所から誰かが近づいてくるのが見えた。
「一番にあなたが来られるとは思ってもいなかったですわ」
そう声を掛け、ミーナの背後から近づいてきた、その少女に、レオは目を奪われた。美しく波打つかのようなウェーブが掛かった水色の髪。それが少女の動きに合わせて周辺を魅了するかのように揺れている。背景が赤のレンガに統一された景色で、それは場違いな存在感を醸し出していた。
そのまま少女はミーナの背後から両手で覆いかぶさった。
「お久しぶりですね、ミーナさん」
ミーナは一瞬、顔を顰めたのち、振り返ることもなく少女の名を呼んだ。
「マリア」
マリアと呼ばれた少女は、一旦、ミーナから離れると、深く腰を折り、ミーナの登場を心待ちにしていたかのようにお辞儀をした。
「ようこそ、帝国へ。お待ち申し上げておりました。お戻りになったこと、とても嬉しく思います」
振り返ったミーナだが、マリアの仰々しい態度にも顔色を変えることはなかった。
「あなたは何故ここにいるのですか?」
マリアは問いには答えず「ふふふ」と意味深な微笑みを浮かべる。
「話は積もりますねえ。まずはお茶にしませんか? あのあとどうされたのか、私もミーナさんのこと、とてもとても気になっていたんですよ。なのでゆっくりお話ししましょう?」
踊るようにそう言って、ミーナの両手を取るとぎゅっと握る。
「勿論、そちらのあなたもご一緒に」
にこりと極上の笑みを向けられたレオだったが、警戒心を一切緩めなかった。
この手の者は何度となく相手にしてきている。人当たりの良い笑みを浮かべ、自分の心の内を決して見せず、悟らせない。そして、いつの間にかこちらの心にはするりと入り込む。ただ、明らかに十代前半の少女がその技能を持ち合わせていることが不思議だ。なにより、ミーナの素振りからして成功体だろうが、ミーナとの接し方が、これまでの成功体と大きく違うことも気にかかった。




