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ダージの空爆事件はあったが、アルトミラの公式支援を得た独立戦線の動きは圧倒的になって行った。前線は瞬く間にキルビレントの三分の二を掌握。エルナト側に位置する政府軍基地は孤立し、後攻略すべき主要施設はニューブルーの背後を守るリゼ政府軍基地と帝国側に位置する首都ブレック近郊の北側地域のみとなっていた。
リゼ政府軍基地も、レオの警告が届いたのかニューブルーの動きが緩慢になっていることに伴って、抵抗はあっても強奪までは至っておらず、拮抗した状態が続いている。
自分がカムナガラの特殊工作員だと名乗ったレオの動きは、大胆になった。ミーナのいる前で堂々とカムナガラの諜報員とおぼしき人物と接触、情報交換し、それを独立戦線にも共有。首都ブレック攻略に向け戦線を離れられないジンとグレイを置いて、キルビレントとカムナガラ国境地域に向かった。キャンディという小さな街で、独立戦線の支配地域である。独立戦線からは代わりに幹部の男が数名同行し、この場には更に正式に派遣されてきたアルトミラ情報局からの使者も合流している。
この仰々しい一行が待っているのは、ある重要人物だ。
レオはミーナには詳細は明かさなかったが、独立戦線とアルトミラにはその人物の情報を通知しているようで、俄には信じがたいという面持ちで一同、その車を待っている。
まもなく滑り込んで来た車は、縦長の豪奢な車で、車を用意した国の国力が伺えた。
そうして最初に扉から降り立ったのは、杖だ。容姿は華奢な出で立ちのやさ男。身長は高いが、出で立ちに威圧感はなく、その辺の中年と変わらない。足が悪いのか、一歩踏み出すのに苦労している。
途端、独立戦線とアルトミラ使者から驚嘆の息遣いが聞こえた。
「ナセル様!」
駆け寄った独立戦線幹部と熱い抱擁を交わす。そうこの男、死んだと思われていた独立戦線元代表、ナセル・ハダットだった。
ミーナはレオを振り返る。
「……どういう経緯で?」
レオの方は余裕の笑みだ。
「政府軍との戦闘で重症を負った彼は、極秘裏にカムナガラに運ばれ、治療を施していた。その時の為にね」
「今がその時だと?」
「これ以上ないタイミングだろう? 独立戦線の首都奪還はもう眼の前に迫っている。これで彼が再び独立戦線の指揮を取れば、独立戦線の士気は間違いなく上がる。キルビレント統一がますます近づくだろう」
緩衝地帯に位置する三国の安定は、帝国の弱体化に繋がる。これがカムナガラの目的ならば今までのレオの行動に納得が行った。独立戦線側の味方のように振る舞いながら、カムナガラの国名を出し、市長を脅しにかかったのがそのいい例だろう。
ナセル・ハダットはその後独立戦線幹部と、アルトミラ情報局と使者と共にキルビレントの最前線へと向かった。
「俺の目的はおおよそ済んだよ。問題なのは君の方じゃないのか? 成功体は二人。後二人見つかっていない。どうするつもりだ?」
面白そうに尋ねたレオに、ミーナは暫く考えた後に明確に答える。
「帝国に戻ります」
ミーナの口から出た言葉に、レオは酷く驚愕したようだった。
「今、なんと言った?」
「ニューブルーには帝国の観光客がいると言いましたね? でしたら、ニューブルーから帝国に入るすべがあるはずです。そこに潜り込めばなんとかなるはずです」
レオは肩の力が抜けたのか、膝に手をつくと深く深くため息を付いた。
もともとレオは飄々とした表情を作ることが得意だ。難しい会話ものらりくらりとうまく躱し、感情を読まれないように訓練し、神経のすり減るような場面を楽しめるような人間だ。感情が揺れ動くこと自体少なく、それを武器として生きてきた。
だが、どうもこの娘の前だとこれまで必死に積み重ねてきた経験が全く役にたたない。
「何を言っているのかわかっているんだよな? そもそも君は何処から亡命してきたんだ?」
「帝国です。ですが、状況が変わりました。キルビレントは確かにこのままだと独立戦線に統一されるでしょうが、帝国軍がそれをただ見ているとも思えない。もしかしたら。帝国が成功体を保有している可能性もあります。というより、今この状況で帝国が全軍かけて攻めて来ないということは、その可能性が極めて高いと思われます」
確かにその通りだが、レオは胡乱な目でミーナを見やる。
「で、その手続を俺にしろということだな?」
「その通りです。あなたは自分がカムナガラの人間だと明かした上に、未だに私と行動を共にしています。だから、私の価値は未だ失われていないということです」
いわば、これは義務のようなものだと彼女は言っている。ミーナの意志はレオが叶えなくてならないからだ。
「君はとてつもなく人使いが荒いな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
程なくして、レオとミーナはニューブルーに舞い戻った。




