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麦の楽園  作者: 嶋村成
第三章 激動の胎動
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 キルビレントに入ったアルトミラ国軍の最初の任務は、ダージに住まう住民たちの救出となった。政府軍として機能しているアルトミラ国軍はすぐに救護所を設置、エルナトにも話を通し、重症者はエルナトの病院に輸送し定説な治療を施し、住居を失った住民達に食事と屋根のある寝床を提供した。

 アルトミラの国営放送は自国の動きを積極的に流し、キルビレントでなされた国際条約違反も自分のことのように批判的に報道した。

『これは帝国が積極的に製造している戦闘機に酷似しており、間違いなくこの空爆の犯人は帝国によるものです。しかし、帝国はその関与を否定。また、その爆撃機が直後にキルビレント国内で消息を絶ったこともあって、国際社会も表立っての批判は避けているように見受けられます』

 遠方から撮影された、ジンが潰した戦闘機が拡大して写されている。画像はかなり荒いが、しかし、この飛行禁止区域に戦闘機が飛行した事実は紛れもない事実として流れている。

『飛行禁止区域に飛行物体が航行したのはおよそ二十五年ぶりの出来事で、緩衝地帯に位置する三カ国に動揺が広がっている模様です』

 ジンの件はもみ消されており、肝心な部分は映像が途切れてうつされていないが、緩衝地帯に飛行物体が現れたという事実、ダージ以外に街の破壊はなく済んでいるという不可思議な事件、成功体の存在を知る者がみれば、誰が絡んでいるか予想のつきそうな事件だ。

「帝国はこれだけで手を引くようには思えない」

 ジンの問いかけにグレイは考え込む。

「そうだな。結局、帝国の目的が見えてこない。今回のダージ爆撃で帝国は何を得た?」

 一見すると何も得てはいない。周辺各国の批判と帝国への不信感が増しただけだ。

 ミーナはふと思い出したように口を開く。

「帝国はカムナガラの要衝としてキルビレントを支配するつもりでいました。成功体を使ってそれを実現させるのだと。私もその考えに染まっていました。けれど、いざこの国に入ってみると、その気はないのではないかと思うようになりました」

「どういうことだ?」

「キルビレントはすでに傀儡政権ですし、軍配備も必要最低限。成功体の能力と比較して、支配は今すぐにでも実現可能なのですよ。だから違和感がある。わざわざ成功体を使って行うようなことではないように感じます……生かさず、殺さず。ただカムナガラとの物理的な距離を稼ぐ為に使っていると感じます」

「帝国も緩衝地帯は必要だと考えているということか」

「そうですね。ただ私も、帝国軍幹部と毎日接触していた訳ではないので、彼らの目論見はわかりません」

 議論は結論には至らず、そのまま収束するに思えたが、ふとレオが笑みを零した。

「ならば、帝国と会ってみるか?」

 全員がレオを見たが、飄々とした顔つきからはなんの真意も読みとることはできない。

「遠い東方の言葉にある、虎穴にいらずんば虎子を得ず。勿論、俺が行こう。独立戦線の使者として」

 ミーナの顔色が鈍くなったのがレオにはすぐにわかった。レオの任務はミーナの監視である。監視者が自ら動くことなどありえない。ただ、それを充分に理解しての行動だった。

「本気で言っているのか? あんたが動くことに利があるとは思えないが」

「こちらにも事情がある。アルトミラからも独立戦線の意向に沿うように任命を受けている」

 グレイもジンも同じように真意を測りかねているようだったが、情報が欲しいこともまた事実。しかも、ダージへの襲撃で混乱している独立戦線は今人員を咲くわけには行かない。答えは出ていた。

「……ならばうってつけの場所がある。俺達がいるジョルジの南東、この場所にある都市だ」

 ライデンが指した場所をレオはまた「ニューブルーか」と言い当てた。確かに今現状では一番希望に近い場所だ。

「ニューブルーとは?」

 尋ねたミーナに、グレイが答えた。

「ニューブルーはキルビレントの中で唯一と言って良い観光都市だ。美しい街で、かつてのキルビレントの営みを残した住居が立ち並んでいる。国に多額の税金を納めていて、国の運営にも口を出せるくらいの権力を持っている。政府軍の街への侵入、駐留を拒み、独自の警備組織を持ち、独自の理念で運営している、極めて異例な街だ」

「どしてそこなのですか?」

「帝国とズブズブの関係なんだよ」

 答えたのはレオだった。グレイが次ぐ。

「ニューブルーが外貨を稼いでいる相手、つまり観光客だが、その殆どがマルクト帝国民なんだ。内戦が起きる前からずっとな。その所為で、ニューブルーは帝国に甘い。ナセルがいた当初から、何度かニューブルーに使いを送ったが、どれも空振り。ナセルが死んでからは、帰って来なくなった」

「殺されたと?」

 グレイが静かに頷く。

「恐らくな。抗議はしたが、通り魔殺人だ、交通事故だと見え透いた嘘で誤魔化される。俺自身も一度乗り込んだが、面会の約束だけしておいて逃げられた。以降、再三に渡って会談の申し入れをしているが、返答はない。この街がジョルジの後ろにある以上、ジョルジの防衛は薄く出来ない。ニューブルーと北側の政府軍で挟撃される恐れが常にある」

 首都ブレックに仕掛けようにも、ニルギリという基地が間にあり、ニューブルーは西側にリゼという政府軍基地がある。

 対して、ジョルジは独立戦線の支配地域の真ん中に位置している。ここから全ての独立戦線に連絡を取り、連携が取れているのだ。奪われれば、独立戦線は連絡路を失う。回復にはまた時間が掛かるだろう。正に最前線基地なのである。ジョルジを守りながら、ブレックへと駒を進める方策が必要なのだ。

「なら、ここしかないな」

 あっけらかんと言ってのけるレオにグレイが待てをかける。

「言っただろう? 死体すら帰って来ていない、と。街に入るにも規制線が張られ、武器を持っていればその場で回収される。通行は可能だが、独立戦線と分かれば、良くても拘束。最悪、殺される。死にに行くのと同じだ」

「いや、きっと今なら返答はある。独立戦線の状況が大幅に改善しているからな。帝国も政府軍も、こちらに何があったか知りたがっている筈だ。それに武器以上に価値を持つ者がここにいる」

 レオは思わせぶりに視線を合わせた。付いて来いという意味を理解したらしいミーナの返答は鈍い。

「本当におっしゃってますか?」

「ああ、交渉事は得意だからね、役立てそうだな」

 まとまりそうな空気に、ジンが割って入る。

「勝手なことをされては困る。第一、俺はお前を信用していない」

「君に信用されていないことは分かっている。彼女にもね。なら、彼女に監視役になって貰えば良い」

 場にそぐわないふわりとした笑みを向けられる。

「良いでしょう。行きます。あなたの身を守りましょう」

「これ以上、頼もしいことはないね」

「しかし、どうやって会談の約束を取り付ける?」

「勿論、正攻法で行く。今は喉から手が出るほど独立戦線の情報を欲しがっているだろうからな」

 その会談は確かに容易く、組まれることとなった。

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