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麦の楽園  作者: 嶋村成
第三章 激動の胎動
14/16

 ジョルジはキルビレント中央部に位置している小都市である。独立戦線は支配地域拡大に伴って、カムナガラ近郊に設けていた司令部を、現在ジョルジに移動させている。

 ジョルジは発展した都市で、国内でも強い発言力を持っている。人口が多いことと、有力な企業が本社を置いていることもあり、自由なキルビレントを目指し、尽力していたが、その目標と政府との考え方は大きくことなり、独立戦線が成った当時から独立戦線を影ながら支えていた。

 入口に規制線を張り、入り口には政府軍の侵攻を捉える為、土嚢が積まれている。ミーナ達は、物々しい雰囲気の煙たい道路を通り過ぎ、ジョルジに入った。

 街の様子は都市というだけあって、これまでのキルビレントの様子とは違い、かなり発展している。小さなビルが立ち並び、数階建てのマンションも見える。ジョルジを束ねていた元々政府軍のやり方に疑問を覚えていた市長は、独立戦線を受け入れ、独立戦線が大きくなると、利便性も高いこの地に拠点を置くことを許した。

 本部自体は目立たない小さなプレハブ小屋が入り口になっており、隣に立っている小さなビルの地階と繋がっている。隣のビルに外部から侵入できる入り口はなく、ゴミ溜めのような小さな小屋からのみ侵入できる。

 ミーナ達は隣の小さなビルの地下二階。幹部達が集結する会議所にいた。フロア全体をぶち抜いて一つのむ空間とした広さで、デジタルの地図を広げた広い机を囲むミーナ達より更に奥に、十台程のデスプレイを取り付けられた前に三、四人がせわしなく情報収集にあたっている。またソファセットも備え付けられており、作戦会議から休憩までできるようだ。照明は薄暗いが、嫌な暗さではなく

「連絡は来ているか?」

 グレイの問いかけに振り向いた隊員が頷き返す。

「はい、アルトミラ国軍からの正式な援軍の申し出です」

 「やりましたね」と喜びを露わにする隊員に続いたのはレオだ。

「既にエルナトには話を通し、エルナト国内をアルトミラ軍が通過する許可を貰っている。明後日には第一陣が到着するだろう」

 場に歓声が上がる。彼らがずっと心待ちにしていた他国から正式な支援だった。

「帝国の動きはどうだ?」

 グレイの質問にレオが諜報員から得た確かな情報を口にする。

「内戦中の国に堂々と進軍はあり得ないとは普通は考えるが、アルトミラの衛星写真では明らかにキルビレント国境基地の戦車の配備の数が増えている。これ以上は棄て置けないという帝国の意志表示かもしれないな」

 独立戦線の国境ゲート開放は、既に世界に広まり、震撼させている。なぜなら、単なるゲリラ組織でしかなかった独立戦線が政府軍から国境という大きなカードを公式に奪ったからだ。

 これにより、キルビレントの弱体化は白日のものとなり、独立戦線の政権奪取が現実味を帯び、世界全体がその動向を注視している。

「帝国の動きは見方を変えれば、ようやく黒幕にたどり着いたことになる。ただ、勘違いしてならないのが、俺たちの目的はキルビレントの独立の為であって帝国を潰す為ではない。帝国にはキルビレント政権から手を引いてもらった上で、自国の中で大人しくして頂くのが目的だ」

 帝国という大国が軍を動かすというのは余程の自体だ。確かに独立戦線の動きは憂慮すべき事態だろうが、軍を動かすことで起こるであろう国際社会の反感を、躱しきることはできない。更に、未だ公になってはいないとはいえ、成功体の一件で帝国が気をもんでいるのは間違いない筈だ。そんな危機的状況で、更に自分の首を絞めるような真似を果たして起こさないだろう。

 グレイとレオのやり取りは続く。

「各国の帝国への感情は?」

「キルビレント内戦に関して帝国に批判が集まりつつある。他国の人間の入国を拒否しているとは言え、ルートがない訳ではない。キルビレント内部に独自に入った記者によって、独立戦線優勢と市民の歓迎ぶりが伝えられ、キルビレント政府、そして帝国にも非難は集まっている。特に今の独立戦線の猛攻が大きく響いているらしい」

「そんな中で帝国がこの国を守る利益はあまりないな。帝国とて愚かではない。現状を把握していない訳がないだろう」

 本来の見方はそうだ。普通ならそう考える。だが、そう簡単に帝国が引くわけでもない。だからこそ、帝国とカムナガラの拮抗は今も続いているのだ。

「ん……なんですかね、これは……」

 間の抜けた隊員の声にあたりが静まり返った。モニターにその様子が映し出されたが、その場にいた者でそれが異常事態だと気がついたのは、約三名だった。

「これは……戦闘機だ……飛行禁止区域だぞ!!」

 レオが叫んだ。

「大変です! だ、……ダージが戦闘機に空爆を受けました! か、壊滅状態だ、という報告が、上がっています」

 しどろもどろで報告した戦闘員は、報告を受けているのだろう顔面蒼白でマイクにかじりついている。

 別のモニターに流れたのは、ダージの現在の街が煙と炎に包まれ、爆炎があがっている様子だった。

「なんだと!? ここには住民も……! クソっ!」

 グレイが感情を露わにする。 

 緊迫した状況の中、ミーナは冷静だった。

「レオ……キルビレントが戦闘機を所有している可能性は」

「戦闘機を所有していないだけで、戦闘機となりうる物は所有しているはずだ。パーツだけは揃えているということだ。ただ、奪取されたばかりの国境地域に、飛行禁止の盟約を破って爆撃できる程、決断力のある国ではない」

 二人は顔を見合わせた。言外に浮かび上がるのは帝国の二文字だ。

 映像の向こうに見え隠れしている帝国の影に、憤りを殴りつける。

「こちらに向かっています!」

 場が更に凍りつく。

「次は本部だとでも言うのか! 兵力は地下に避……」

「必要ない! 何の為に俺がいる!」

 告げると同時に走り出したジンのあとを、ミーナは即座に続いた。二人に会話はないが、これから何を起こすのか互いに理解しているようだった。

 最後の階段を駆け上がり、視界の開けた屋上に出ると、すぐにミーナが敵影を補足した。ジンが手を広げると、その瞬間に稀粒子が輝きを放つ。腰を落とし、足を開くと、稀粒子はジンの周りで静止した。

「わざわざ俺の前に現れて、無事に帰れると思うなよ」

 空気が、一度、二度下がった気がした。

 戦闘機周辺で稀粒子は集約し上空で大爆発を起こす。市街地の落下を防ぐ為に壁のような物が作られ、それが更に収縮し、一つの球体が上空に誕生している。ジンはそれを操っているようで、睨みつけたまま腕を動かし、ついにそれは跡形もなく消えてしまった。

 圧倒的だった。遠距離、それも上空の敵に、触れることもなく、ただ手を動かしただけだ。

 様子を見守っていたミーナが確信したように告げた。

「クリオネが帝国についている可能性は消えましたね」

「ああ、確かにそうだな。帝国ならクリオネを使って真っ先に俺の首を取りに来る」

 ジンを殺すことが、独立戦線を単なるゲリラに戻すことに直結する。単なるゲリラ組織とはいえ、ジンがいる限り並大抵の軍力では歯も立たない。

「ジン! 深追いはするな!」

 追いついたグレイがジンに投げかけた。

「わかっている」

 素直に応じたジンを見て、レオは内省する。こんな怪物をよく従えている。グレイの器が図れるというものだ。

 何事もなかったかのような澄み切った青空の眼下に広がる市街は平然としていた。

 破られたはずの盟約、あったはずの勢力均衡が砕けたように感じていた。

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