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99,少女は誘導される

 轟牙の森から帰宅してから、セイリンに勉強を教える約束をしていたのだが、体力が続かずに夕方からベッドで休ませてもらった。あの時、突然の襲撃でハルドが負傷したことで、周りに浮遊していた精霊にお願いして、傷を癒やしてもらったのだが、何故か自分までもが疲れている。緊張が解れた為なのか、はたまた別の理由か、リティアには分からない。

「せめてシャワー浴びないと…」

目を覚ました頃には夜の帳が下りて、セイリンはケルベロスを小脇に抱えて寝息を立てている。いつものネグリジェ、下着にタオルなど必要な物を水玉柄の布バッグに詰めて、1階のシャワールームに向かう。ロビーに差し掛かると、いつもいるはずの寮母が見当たらない。仮眠を取るには早い時間で、そろーっと管理室を覗いても見当たらなかった。

「どうしよう…」

寮母にお願いしないと、シャワールームの鍵は開かない。致し方なく、ロビーのソファに自分の荷物を置いてから、近くにある食堂へと入っていく。配膳の人が準備のために残っているかもと淡い期待は打ち砕かれ、厨房の窓口はシャッターが降りていて、厨房への出入り口の扉も鍵が閉まっている。変に徘徊しても、他の生徒に迷惑かける前に帰ろうと落ち込みつつ、ロビーへと戻ると、バッグの隣に見たことのない女性が、壁画の聖女が身につけていたような白い装束を身に纏い、座っていた。彼女はガラスのモスグリーン色の瞳をこちらに向けていて、

「綺麗…」

アメジストで生成されている透明感のある鉱石の右腕が印象的で、お人形のような整った顔立ち。腰くらいまであるだろうか、キラキラと輝く白髪にサーモンピンクとアクアブルーの髪が混ざり合っている。

「お褒めの言葉をありがとうね、リティア。会いたかったですよ。」

彼女が笑うと、精霊が楽しそうに浮遊して彼女の中へと消えていく。じーっと観察すると、身体の中でも精霊達が踊っているように見えて、

「…ギィダンさんと同じ、精霊人形さんですよね?」

「はい、ギィよりも後に製作された精霊人形ですよ。当てずっぽうで良いから名前を当ててみてくださいな。」

彼女はギィダンを知っていて、しかも愛称で呼ぶ仲だったらしいが、無茶振りにリティアは酷く困惑する。

「えっ…」

目の前の女性を知らない、精霊人形だってギィダンと会うのが初めてだったのに。こちらの困惑も知らないで、彼女はニコニコと近づいきて、スカート部分を膨らませるようにくるんと一回転するその姿は、

「…あり」

自分の記憶にない、他の記憶が呼び起こされる感覚を覚える。月夜の野営地で寝そべっているケルベロスの横腹に、輪郭がぼやけていてどんな顔かは全く分からないのだが、自分の大好きな『姉』と共にもたれて、まだ顔があった頃の白髪のギィダンが目を瞑りながらフルートを演奏し、その隣でベビーブルーの髪色の若い男性が自らの翡翠の鉱石脚を曝け出してリズミカルに踊り、その相手として風になりきった衣装を泳がせて優雅に踊るアメジストの精霊人形。またその踊り子を囲むように、身体でリズムを取ったり、手拍子を取る仲間達。その仲間の中には、人間以外に精霊人形、敵であるはずの魔獣も見受けられた。

「しあ?」

口が勝手に声を漏らすと、大輪を咲かせた女性はリティアへと飛び込んできた。瞬間的に目を瞑って足に力を入れるが全く衝撃が襲ってこず、ゆっくりと目を開ければ、至近距離にある彼女の身体はゆらゆらと透けていた。

「実体がここにはないのです…リティア。」

「そ、そうなのですね。」

先程まで透けていなかったアリシアに驚きながら瞬きをしていると、またくるんと左回りしてリティアから離れ、

「こんな私でも貴女に贈り物がしたくて。」

ふわぁと空中に浮かんで水中を優雅に泳ぐようにリティアの背中の方へ移動しながら、

「ほんの数日前の夜のことです。私の棺に巻き付いていた鮮肉食カズラの蔓が外れたので、少し出られるようになり、4階の教室のどこかにお渡しできるものを隠したのです。申し訳ないのですが、探してもらえませんか?」

話しながら近づいてくるアリシアに、リティアも背中を見せないように向きを変えて距離を取り、よく分からない贈り物の件をとりあえず承諾する。

「わ、分かりました…明日にでも。」

「私が、生きている人間に幻覚を見せている今、行ってきてください。帰ってきましたら、寮母達も目覚めておりますから。」

実体のないアリシアの魔法で、精霊が足元を攫ってグイグイと寮の扉へ押されるように、学校の通路に出された。

「こんなことって…。」

有無を言わさず、行って来いって感じが凄い。ネグリジェではなく、部屋着なので誰かに見られても困らないけれども。リティアは、足音を吸収する絨毯の上を無音の中で歩いていく。普段通りに教室へ向かう階段のシャッターが閉まっているのだが、接続通路のシャッターの真ん中が丸く開いて、リティアの小柄な身体はその穴を潜ることが出来たので、接続通路を中庭にある精霊で鮮やかな噴水をボーッと通り過ぎた。シャッターの穴を通り、職員室の前の階段を昇れば、2階と3階への通路のシャッターは閉じられたままだ。4階に上がると美術室の扉が全開になっている。行くところまで、ご丁寧に指定されていて、非常に怪しくてたまらない。ハルドに連絡するかと悩んだが、本当に危なくなってからでも良いかとも思い、相手の思い通りに美術室に入ると、パッとランプが灯り、教室内が日中と変わらない明るさで満たされて静かに扉が閉じられる。空のキャンバススタンドばかりの中に、中央のスタンド1つにキャンバスが置かれていて、警戒しながら壁に沿って何が描かれているのかを確認しようと、教室の後方まで行ったが真っ白だった。穏やかに浮遊する精霊達が、そのキャンバスに入ったり出たりしていて悪意のある小物には映らなかった。リティアはキャンバスに近づいて周りを見渡すが、あれだけご丁寧に誘導してくれたことを考えると、これ以上に怪しいものはない。この真っ白で何も描かれていないキャンバスを持ち上げると、しっかりと立っていた三本脚のスタンドが勝手に倒れて前のスタンドにぶつかり、


ゴトン


良い音がした。リティアは重いキャンバスを持ったまま何か起こるのかと暫く待ってはみるが、一向に起こる気配はなく、とりあえずキャンバスを床に置いてからスタンドを立て直す。立ててからネジをグリグリ回しても脚が閉まらず、頭を捻りながらネジから手を離すと、そのネジが床に転がり落ちた。仕方なく拾い上げて…手の中に自分のの指と同じ向きを向いた指が収まっていた。サーッと血の気が引いて持っていたそれを反射的に投げると、突然扉が開いた先にハルドが立っていてそれを平然とキャッチした。テルも居たようで扉から顔を出して、腫れぼったい瞼ではあるが笑顔で手を振ってくれる。

「こ、こんばんは。」

突然の来客に固まったリティアは、ぎこちない挨拶だけして、ハルドが受け取ったそれをリティアに見えるように顔の前で揺らすと、それを見たテルの目が極限まで開かれてしまった。

「リティ、この白い女性的な指は何だい?」

「分かりませんが、このスタンドのネジ穴に刺さってて。」

ハルドに聞かれたことに答えながら、他のスタンドにもあるのか目視するが、見当たらないのでホッと息を吐く。

「そっか。それでどうしてここにいるの?」

「アリシアさんって精霊人形さんにここまで誘導されて…」

ハルドに頭を優しく撫でられて、凄くくすぐったい。ハルドと一緒にリティアに近づいてきたテルが、

「あ、リティちゃんに似てる女の子が、『アリシアの仕業ね』って言ってたよ!」

ハルドが話すよりも先に、こっちを見てと言わんばかりに跳びはねて存在をアピールしていた。

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