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97,少年は傷心をする

 連れてこられるままに喫茶店で食事を摂った。ケルベロスだけは馬車の中で丸くなっているが。俺のせいで馬車で酔ったソラは、皆から魔術を使った魔女茸の採取や、オオカブト蛾の戦闘について興味深そうに聞いて、

「俺もその雷雲の魔術を見てみたかったな。」

と呟けば、リティアは恥ずかしそうに俯き、笑顔のセイリンに頬を指で突かれていた。会話の合間に誰もが心配そうにテルの様子を覗ったが、朝に結った髪を降ろして表情を見えにくくしてハンバーグを口に運んでいた。

「もしよろしければ、甘夏とレモンのゼリーをご賞味ください。」

リファラルから、食事の終わったメンバーに小さなガラスカップに入った果肉入りのゼリーが運ばれてくる。喜ぶリティアの声が耳に届くが意識を向ける気になれず、テルはなかなか食べ終わらないハンバーグにフォークを刺した。

「美味しい!」

「これからの季節にぴったりかと思います!」

セイリンもリティアも楽しそうな声をあげ、

「さっぱりしてて食べやすいと思います。」

「結構レモンが強い。」

「これなら蜂蜜かけたいな!」

ディオン、ソラ、ハルドの順に感想を述べると、

「なるほど。ご意見ありがとうございます。もう少し試行錯誤してみましょう。テルさん、この後、よろしければ試作の手伝いをお願いできますか?」

「へ?はい…」

リファラルから突然話を振られて、反射的に返事をしてしまうと、ハルドもリファラルもニコニコと顔を上げたテルを見ていた。


 かなり元気に歩けるようになったハルドは、ディオンからの支えの申し出を断ってリティアと手を繋いで、皆は学校へと帰っていった。この店内にポツンと1人残されたテルは、温かい珈琲を持ってきたリファラルにもう一度席に座るように促された。

「テルさんは、かなりお疲れ様のようですね。」

「はい…」

手渡された珈琲の水面を揺らして、自分の顔が映り込まないようにする。きっと酷い顔だ。

「皆さんの話から大体の推測は出来ましたが、ハルド殿は己が怪我を負うことを理解していたのです。ハルド殿はそういう方です。」

「…俺のせいで、しないで良い怪我をしたんです。あの時、描き間違えなければ!」

ゆっくりとした口調でハルドのことを言われれば、テルの心が過敏に反応して声が大きくなった。

「ハルド殿はね、この次に何が起こるか何となく分かっているような行動を取られることが多くてね、テルさんを守ろうとすることで魔術陣が歪になることも分かっていたと思います。」

「…」

それでもリファラルは、ハルドの事を話し続ける。先が見えているんだとしたら、学校を抜け出した日に俺がここに居たことも知っていたかもしれないと、悩みながらも口にはしなかった。

「ハルド殿は、ここの常連さんでして。バーの時間に夕飯だけ食べて帰るのですが、よく君達の話をしております。」

リファラルは珈琲を一度口に運んで味わってから、話を続けた。

「テルさんやリティア嬢ちゃんを気にかけてほしいと、頭を下げてきたこともありました。」

目を細めたリファラルは、未だ珈琲に口をつけないテルを見つめ、

「その数日後にリティア嬢ちゃんがこちらにいらしてね…」

「ディッ君とデートした日だね。」

ぷくーっと頬を膨らますテルに、リファラルは目尻にシワを寄せながら笑う。

「おやおや、ヤキモチを焼かれているのですか?」

「う…。ねえ、本当に先生は分かっていた?」

いくら何でも子供っぽかったかと反省し、テル自ら話題を戻しにいく。

「恐らくは。怪我を負った彼は貴方を責めましたか?」

その問いに、テルはぶんぶんと顔を横に振った。

「ではハルド殿は覚悟の上で、テルさんの盾になったのでしょう。そうであれば。」

「あれば?」

不自然に言葉を切ったリファラルを丸い目で見つめてオウム返しをする。

「テルさんがすることは反省でも、謝罪でもございません。感謝の意を表すことですよ。」

そう言うとエプロンのポケットから、折りたたまれた紙を2枚取り出して、テーブルの上に広げた。

「レモンタルトと、ブルーベリーマフィンのレシピ?」

「はい、試作を兼ねて手伝って下さい。私達も試食して美味しければ、ハルド殿にお礼として渡して下さい。」

テルは分量と作り方が書かれた紙を頭を捻りながら、何の料理か考えて答えてみると、リファラルは大きく頷いた。

「はーい!俺、料理好き!」

そうと決まればと、機嫌が戻りつつあるテルは冷めた珈琲を飲み干して、空のカップを持ってキッチンへと向かった。


 ハルド用として上から蜂蜜をかけたレモンタルトを1ピースと、少し焦げたブルーベリーマフィンを厚紙の箱に綺麗に入れてもらって、リファラルに送り出されて喫茶店を出るときは、夕日は落ちかけていた。中身がぐちゃぐちゃにならないように慎重に学校の職員室まで運び、ドキドキしながら扉をノックしようとしたら、それより先に開き、慌てて数歩下がると革のバッグを抱えたラドが出てきた。

「ラド先生!こんにちは!」

「こんにちは、テル君。ハルド先生でしたら、調合室ですよ。」

爽やかに笑みを向けるラドにテルもニコーっと笑顔を作る。

「うおっ、聞きたいことがバレてる!」

「そんな気がしただけです。では私は帰宅しますので、失礼します。」

大袈裟に瞬きをすれば、ラドは苦笑しながら玄関を出ていく。

「はい!お疲れ様です!」

ぶんぶんと手を振ったら、そのまま実習棟の階段を昇った。踊り場を過ぎて調合室に向かう為に右へ曲がろうとすると、視界にキラッと光が届く。不思議に思い、ぐいんと首を回せば…見たことのない姿見が踊り場にひっそりと佇んでいる。

「ん?」

その姿見に階段が写ってない為、首を傾げながら真正面に立ってみる。やはり自分も映らない。映っているのは踊り場ですらなく、4階にあるはずの美術室で、キャンバススタンドが並んでいた。そのキャンバスの1つに椅子に座ったまま瞼を閉じている白髪または銀髪の少女が描かれていた。

「リティちゃんみたい…」

リティアは肩にかかるかどうかの長さの髪だが、この少女は肩にしっかり乗っている…ジィっと目を凝らしていると姿見から霧が溢れ出して、その霧が晴れるときには目の前に絵画の少女が座っていた。ただ絵画とは異なり、藤色の瞳がこちらを見ている。唖然とするテルと目が合うと、こてんと彼女は小首を傾げる。

「ソラ君?いや、テル君か。初めまして。」

「え、何で俺達の名前を知っているの?」

リティアの声質に似ているが少し低めの声で挨拶をしてくる彼女に、驚きながら質問をするが、フフフと笑われてサラッと流される。

「さあ?ねえ、何でここにいるの?」

「わ、分からない。2階の踊り場に変な姿見があって、覗いたらここにいた…」

こちらの質問に答える気がない彼女からの質問には、テルは動揺しながらも律儀に答える。

「姿見かぁ。アリシアの仕業かなー?まあいいや。この中を折角だから見渡してごらん。」

座っている彼女の指差しに促されるように美術室の中を見渡せば、水晶の柱が壁に沿うようにいくつも立っている。扉も窓もその柱が邪魔で開けることが出来なさそうだ。その水晶の中に、

「ま、魔獣!?」

白い大蛇、蝙蝠の翼を生やしたライオン、鳥の鋭い嘴を持ったトナカイ等が入っている中、魂喰いセイレーンが水晶を白く濁らせるほどにぎっちりと詰まっていた。大きな花弁の中が暗闇で、更に奥があるように錯覚する。

「そこからは出てこられないけど魔獣。こいつらが居るから困っているの。」

「でも君の後ろには居ないね?」

涼し気な表情の少女へと振り返れば、美術室の後方には彫刻や油絵作品、スケッチなどが飾られているだけで水晶の柱は1つもない。

「それは…彼らのおかげ。」

少女はテルの斜め左にあるキャンバスを指差したので、何が描いてあるかを箱を大切に抱えながら覗くと、調合室で書き物をしているハルドの横姿。

「それに触れてごらん。」

勝手に手が動いて震える指先が油絵に到達すると、キャンバスから絵の具が顔に襲いかかってきて反射的に目を力強く瞑る。

《君を元の空間に戻したご褒美を貰っておくね》

真っ暗になった視界を漂うようにクスクスと笑い声が脳内に響いた。

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