表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/838

96,少年は真似る

 空に向かって雄叫びを上げた魔獣の背後からケルベロスが後頭部、首、肩へと噛みついた。その背に乗っているディオンの腕がバランスを崩してテルが落ちないようにがっちりと回されていたが、ケルベロスの攻撃と同時に背を蹴り、地面へと軽々と着地してテルを開放する。

「ガアアア!!」

雄叫びから悲鳴とも取れる咆哮を上げると、何処からともなく現れた飛龍牙がケルベロスの頭を掠めて魔獣の視界に入ると、進路方向を変えて魔獣の牙を切り落としながら口角を傷つけた。舌を動かして押し返そうとして、飛龍牙に刻まれた緑色の肉片がボタボタと血と共にリティア達に降り注げば、セイリンとディオンからの猛攻が始まる。剣を振り上げれば一番近い脚を斬りつけ、ギィダンもまたそれを支援するようにセイリンの後に追撃をした。テルがリティアと同じ魔術をかなり遅れて描き始め、ソラは立ち位置をテルの傍へ変えながら再度防御魔術も描くと、魔獣の傷負った口から小さい火の玉がいくつも吐き出されて、まずリティアの傘が発動し、その後にソラのカモミールが咲き誇る。その虹色の光を浴びる白い花畑はステンドガラスを想起させた。浴びせられる火の玉を消失させれば、魔獣の大きな腕が馬車諸共薙ぎ払おうと手を振り回す。魔獣の手が1番端にいるテルへと落とされ、避けようとしたテルの手によって魔術陣に意図せぬ模様を描いてしまい、森から風の如く走ってきたハルドが、テルとソラを庇うように地面へと押し倒して2人に覆い被さった。テルは完全にハルドが覆い被さって何も見えなくなっていたが、ソラは押し倒されただけで上体を少し起こせば、魔獣の襲いかかった手がバチバチと雷の渦に巻き込まれている。その痛みから逃げるように手を地面に押し付けようとハルドの背中へ振り下ろされれば、彼は歯を食いしばり声を漏らさずに耐え、飛んできた飛龍牙とギィダンの剣先がその手の甲へと刺さった。バッと手を振り上げて地団駄を踏む魔獣から逃げるようにセイリンとディオンは距離を取るが、リティアだけは負傷したであろうハルドへと駆け出しながら、蓋を開けた小瓶を魔獣の傷だらけの脚へと投げ付ける。傷口に小瓶から飛び出した液体がかかり、ジューと音を上げながらブクブクと腫れ上がって脚を地面につけることが出来なくなり、魔獣は唸りながら片翼で飛び上がって、森の奥へと逃走した。辺りから青臭い草の香りと鉄の匂いが入り混じり、飛龍牙が傍の土へ刺さった音を聞いたハルドは、飛龍牙を杖のように使いながらゆっくりと立ち上がる。ふらっと足がふらつけば、駆けてきたリティアがハルドを抱き締めるように全身で支え、押し付けられていたテルは青ざめながら上体を起こしてハルドを見上げる。先に立ち上がったソラが、テルの腕を持ち上げて立たせると、青白い唇を震わせるテルが泣きついた。

「先生が!俺のせいで!!」

「勝手に殺なさいでくれー、生きてるよ。」

ハルドはリティアに身体を預けながら、ソラの胸で泣きじゃくるテルの頭をポンポンと叩く。ディオンが自分のポシェットから消毒液と包帯を取り出して近づいてきたが、痛みに顔を歪ませながらも微笑むハルドは、それを断った。

「大丈夫。それよりもここを早く立ち去ろう。あれに戻ってこられたら面倒だし。ギィダン、準備して。」

「承知。」

ハルドの指示に促されるように、ギィダンが落ちている麻袋を拾い上げて、御者席に乗り込むと、わーわーと鼻水を垂らして泣いているテルを凄い剣幕のセイリンが乱暴にソラから引き剥がす。腕がもげるほどの力なのか、引っ張られるテルは痛い痛い!と喚きながら、ディオンからも背中を押されて馬車へ押し込まれた。開放されたソラは、リティアが懸命に足で踏ん張っているのが目に飛び込んできて、彼女の反対側からハルドを支えて、ふらふらと歩くハルドを馬車まで誘導する。馬車の中からディオンがハルドの腕を持って引っ張り上げ、後ろから麻袋をベルトで固定してから降りてきたギィダンとソラで背中を押した。端の椅子にハルドが座ったら、

「ハルさんの隣に座りたいので空けておいて下さい。」

まだ馬車に乗っていなかったリティアは、飛龍牙をギィダンに手渡してから、足元にくっついてきたケルベロスを抱き抱えて乗り込んだ。ギィっと外から扉が閉まり、ソラがもう片方の端に座ってハルドとの間にリティアが座ると、ディオンもテルを真ん中に押さえるような形でソラの前に座った。馬車が動き始めた振動が伝わってきて、セイリンとディオンは互いに異なる窓から外を警戒する。ハルドに寄り添うようにリティアは、ハルドの腕に自分の腕をつけていると、

「リティ、ごめんね。」

「いえ、ご無事で何よりです。」

「折角貰ったブレスレットがお役目終えたみたいなんだ。」

それを聞いたリティアが、ハルドの左手首の袖を捲りあげれば、白いレザーが今にも千切れそうなほどボロボロになっていて、彼女の頬をツーっと雫が伝い、本当に無事で良かったと吐露した。

「気の所為かもしれませんが、リティアさん、少し発光してますか?」

突然のディオンの質問に誰もが首を傾げ、リティア本人は固まり、ハルドが小さく息を吐くと、

「ディオン君、いくら何でも人間が発光したら怖いよ…」

苦笑して、ディオンは恥ずかしそうに耳まで赤くしてから小声ですみませんと呟いた。

「それにしても、凶悪な魔獣相手によく生き残れた!お疲れ様!」

「お、俺がヘマしなければ…ハルド先生が怪我しなかったのに。」

ニコニコとハルドが笑顔を向ければ、反対にテルの顔色が悪くなり、

「俺は馬鹿だから、強い魔術なんて使えないんだ…」

ズブズブと自らの思考の沼へとはまり込んでいく。

「ああ!!陰気臭い!!」

外の警戒をしていたセイリンが、目にも止まらぬ速さで手刀を落として、テルの脳天へとクリティカルヒットした。硬いものに頭をぶつけた時のように目をギュッと瞑り、痛みに耐えるテル。

「防御魔術がどうしたら雷の魔術に変わるのか説明してほしいくらいだ!」

「それは、記号を書き間違えたんだろう。リティアさん達が発動させていたあの魔術には、最後に水を意味する記号があった。そこを魔獣から避けようとしたときに雷の記号を誤って描いたんだと思う。」

セイリンの苛立ちに答えたのは、ハルドでもリティアでもなく、ソラだ。テルが何度も瞬きをしてソラの説明に耳を傾ける。

「俺があんなに短時間で真似られたのは、全てを暗記したからではない。円の中に何の属性の記号をいくつ、どの順番で、何処に配置したのかを覚えたからだ。記号の位置や数を変えれば、恐らく新しい魔術の生成が可能だと思う。」

「ソラ君、精霊文字かと言われている記号を暗記して、魔術陣の仕組みをもう理解していることは凄いよ。アカデミーに行って研究員になって欲しいくらいだ。」

サラサラと自分の考えを述べると、ハルドがパチパチと拍手をしてきた。心なしか彼の顔色が良くなって血色も良い気がする。

「そんな!俺は家を継ぐので!」

「そうかー、残念。けれども、下手に新しい魔術陣を作らない方が賢明。安全性を保証されていないものは、下手すると術者を傷つける。」

ぶんぶんと顔を横に振ると、ハルドが笑顔でサラッと怖い発言をしてきて、セイリンもソラはブルッと身震いをして、

「お、俺が発動した魔術も勝手に作ったものだから、ハルド先生をこの後も傷つけるかもしれない…?」

蒼白なテルがガタガタと震えていた。

「遅延的な効果のある魔術ってなかなかないから、それはないかと。家に帰り着いて体が爆発しましたなんて、研究員からの報告所でも聞いたことがない。」

「発言が怖いと思います!とりあえず、先生が無事で良かったです。」

セイリンがハルドに怒り、更に涙を流し始めたテルを慰めようとすると、代わりにディオンが胸を貸すと、ハルドは笑いながら、

「軽口を叩けるくらいには安心できる所まで帰ってきたからね。」

橋に座るソラが窓の外を覗くと、学園都市の中へと馬車が進んでいた。

「この学園都市は、外部からの攻撃は一切無効化する魔法の結界が張られているんだよ。皆、お疲れ様。」

馬車が止まり、ギィダンが扉を開けると目の前には以前昼食を摂った白茶色の喫茶店の扉がある。

「お腹が空いたので、飯としますかね。」

ニコッとハルドが笑顔を振りまけば、喫茶店の扉が開き、店主が目尻にシワを寄せて手招きした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ