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9,少女は迫る

 4限の体育は3組と6組が合同で、グランドに出て男女別だ。比率として女子は少ないため、合同でも多くはない。せいぜい15人位だが、セイリンの性格を好まない女子も多く、ほぼ全員が彼女を遠巻きに見ている。セイリンがわざわざそうなるように接してきただけだが、入学から1週間経たずに孤立しているように見える彼女は、教師間でも話題に上がるほどだ。体育では、協力しながら行うスポーツも多く、女性教師はすでに頭を抱える。幸い、今日の授業は身体測定なので、測定さえ出来れば孤立している生徒がいても、無事に授業を終えることが出来た。授業に使った用品の片付け、記録係を頼んだ女子生徒からの記録紙の回収も終わり、男子の体育を見ていた教師に声をかける。赤混じりのアッシュのベリーショートで見た目からしてもスッキリしている若い男性教師だ。この教師は、一昨年から配属になったが、信頼をしているベテラン教師も多い。彼女も信頼を寄せている1人だ。

「ラド先生、彼女は噂通りのようで私は上手く舵取りできる気がしません。」

はぁと溜息をつくと、ラドと呼ばれた教師は目を細めていた。

「まぁまぁ、ミィリ先生、気を落とさず。あのルーシェ家のお嬢様ですから。とても気がお強いですし、陰湿なことを嫌うとも有名ですから。」

「あれでは、卒業した後も心配ではありませんか?」

2人は、職員用の玄関へ入り、靴についた砂を軽く叩いて落とす。

「それは我々が心配することではありません。こちらのエゴで彼女の生き方を傷つけてはいけませんよ。」

「エゴですか?」

「はい、女はこうあるべき。という固定概念に囚われているのは我々です。彼女は、それに苦しんできた女性達の鎖を断ち切る道を進まれています。」

だから、道を踏み外さないよう見守っていきましょう。と提案をする。ミィリの眉間に険しいシワが寄る。

「そうなのですかね…?」

んー。と手を組み、思案し始めた。ラドは、歩幅の狭くなったミィリに歩く速度を合わせ、職員室の扉を開け、中へ促す。

「先生方!今お時間よろしいですか?」

接続通路をたった今話題にしていた生徒が軽やかに走ってきて、ミィリは慌てて手を降ろす。ラドも一度扉から手を離す。

「あら、セイリンさん。どうかしましたか?」

体操服から制服に着替えてきたセイリンは、優雅に一礼した。一見、問題児に見えない彼女に恐怖を覚えていたミィリは、手汗がバレないように運動服に手を添える。

「実は、ご相談がありまして。」

すぅと一呼吸おいてセイリンは、ミィリとラドを見比べながら、話を続けた。

「今後の体育の授業は、男子生徒と受けたいのです。どうしても、他の女子生徒との体力差が開きすぎて、彼女達からしても苦痛にしかなりません。それに比べ、男子はある程度体力ありますから、私が入っても困ることはないと思うのです。如何でしょうか。」

迷いのない鋭い瞳が突き刺してくる。え、でも、と慌てふためくミィリに比べ、ラドにはある程度予想が出来ていた展開だ。ラドも噂で聞いていたセイリンのことを考えると惰性を好まないであろう。己が全力になれるところを探すだろうと考えていたからだ。ラドがミィリよりも半歩前に進み出ると、セイリンの眼差しは彼に注視された。

「セイリン君がそれで良いのであれば、こちらは構いません。ただ、男子は後期から王国騎士を招いて基本鍛錬が行われますが、それでも大丈夫ですか?それで良ければ校長先生にも話を通しましょう。」

「構いません。よろしくお願い致します。」

即座に返答し、深く頭を下げるセイリン。ラドは、分かりましたと微笑んだ。

「ではまた決定しましたら、6組までお伝えしに行きますね。」

「ありがとうございます!」

セイリンは要件は終わったと言わんばかりに踵を返す。それに合わせてラドも扉を再び開き、ミィリを中へ促し、ああ…それと、と背を向けているセイリンに声をかけた。

「明日は霧が深くなるとのことです、轟牙の森は十分気をつけて下さいね。」


 木陰のベンチは、涼しくて快適だ。ふわぁと欠伸をするリティアは、早朝からディオンに驚かれながらも中庭のベンチで友人を待つ。幼い頃は、誰かに会えるような生活をしてこなかったリティアにとっては初めての友人。自然と心が躍る。

「2人とも待たせた。」

連絡通路脇の扉から中庭に出てきたセイリンは、当然のように2人の間に座る。ディオンが手慣れた動きで、セイリンの分を取り皿に取り分ける。取り皿には、人参とプチトマト、ブロッコリーのマリネの隣にマッシュポテト、プロシュートは2枚重ねてあり、ゆで卵は輪切りになって塩を振ってある。リティアは既にディオンから弁当箱を渡されているので、蓋を開けて中身を楽しむ。リティアの好物でもあるライ麦パンのサンドイッチ、一口程度のモッツァレラチーズを乗せた平麺のアラビアータが時計回りにくるんとまとめられていて、うさぎの形を模した林檎があった。セイリンがズイッとリティアの弁当箱を覗いて、ディオンの手元の籠も覗く。

「ディオン、何時間昼食作りに割いているんだ。」

「そんなに凝ったことはしていませんので、2時間ほど。」

「…」

セイリンの顔が明らかにうわって言ってる。眉に力が入り、片方が上がっていた。サンドイッチを頬張ろうとしていたリティアが慌てて、

「大変ですね…やっぱり作ってもらうのは悪いので、明日からは」

「リティはこれから同じ籠で昼食取ろうな。」

「え?」

覆いかぶさるようなセイリンの言葉に、リティアとディオンの声が重なる。

「こうやって中身が違うから時間がかかるんだ。3人揃って同じの食べれば良い。」

だろ、とディオンの額を軽く指で弾く。セイリンのデコピンはただでも力が強いため、ディオンはジーンとくる痛みに耐えながらも、しかしこれは良い機会だと少し身を乗り出す。お嬢様に色々食べてもらうにはリティアさんを利用しなくては。

「では、リティアさんの好きな料理を教えて下さい。セイリン様とリティアさんが楽しめるように準備をしますから。」

帰りにでもメモを渡してくださると助かりますと、白い歯をこぼす。ディオンの鼻の下を伸ばしているような顔にムッとしたセイリンが、無理やりブロッコリーを2個3個と口に押し込む。既にサンドイッチを食べていたので、リスの頬袋のように頬が広がり、徐々に顔が赤くなっていく。

「話は変わるが、体育の先生が轟牙の森の霧が深くなると言っていた。今日は6限までだし、図書室で霧の軽減できる魔術があるか調べてみないか?」

ぱあっと、しかし少し控えめなスミレが咲いた。リティアのその笑顔を見て、よし決まり!と自然と顔が綻んだ。


 2組の6限は、身体測定だ。ミィリ先生に指示されたように動き、他の生徒の記録を記載していく。セイリンとは別の意味で孤立するリティアは見るからに大人しく、ミィリからしても頼みやすかった。リティアが測定される側になると、その見た目からは想像できないほどスコアを伸ばした。走らせれば、グランドの反対側で測定している男子生徒も呆気にとられる。立ち幅跳びも飛距離を出し、尻もちをつくことなく着地する。長座体前屈をさせれば、地面に腹部がつくほど柔らかい。

「リティアさんって何か習い事でもやっていたの?」

授業が無事に終わり、記録係だけではなく片付けを手伝わさせる。ミィリからしたら、騎士として鍛錬を積んできたのであろうセイリンとはまた違う、リティアの身体能力が気になって仕方なかった。

「え…えっと、祖母の手伝いで小さい頃から森に行ってたくらいしか…」

「森?」

「森です。」

「体操教室を通っていたのではなく?」

「森です。」

あり得ないとミィリの顔に書いてある。実際に森で薬草を探したり、木に登ってきのみを採ったりしかしていない。なんて説明しようかと悩んでいたら、

「ミィリ先生、片付け手伝いましょうか?」

リティアが抱えていたメジャーやチョーク箱、秒針付きの懐中時計、三角コーンなどが山積みになっていた籠を、ラドが横からヒョイっとすくい上げる。突然のことにバランスを崩したリティアは、籠が引っ張られた方へ重心が傾いた。ラドは、リティアにぶつからないよう即座に籠を右側の地面に放って、ふらついた彼女を空いた左腕で抱きとめた。筋肉で引き締まった彼の胸板に鼻が押し当てられる。フワッと嗅いだことのある香りに包まれる。市販の香水とは違う、とても珍しい香り。特定の森にしか生息していない魔法植物を調合する以外では、この香りは作ることができない。ハッとして顔を見上げれば、ラドにシーっと右の人差し指を立てられる。むぐっと口を結ぶと、ラドの腕から開放された。

「ホームルーム始まっているだろうから教室戻りなさい。」

片付けはやっておくから。と促され、逃げるように生徒用の玄関へ急いだ。リティアは、知っていた。口にしないよう意識的に口に力を入れながら教室へ駆け込んだ。


 3階のある教室の窓で頬杖を付きながら、玄関そばで、傍から見て抱き合っているように見えない教師と生徒を眺めていた。

「王国魔法士団一番隊、別称『怪異討伐班』ラド・フレイ。団長からも厚い信頼を向けられているって噂だし。彼女に気安く触らないで欲しいものだよ。」

終始その光景を見ていた彼は忌々しそうに吐き捨てた。

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