89,少年はエプロンをつける
明らかに助けを求めてきたリファラルに元気よく返事をして裏口の扉を開けると、キッチンの洗い物用の流し台には山程の食器が積まれている。
「手伝ってくれてありがとうございます。近くの食堂が臨時休業したらしくてね、お客さんが流れてきてしまったのです。」
マントはそこにかけて、近くにかけてあるエプロンをつけてくださいと指示を受け、テルがちゃちゃと準備をしている間にリファラルは、一度客達に顔を出しに表に出ていってしまう。実家で洗い物に慣れているテルは、まず食器を洗って隣の水切りバットへと移していく。何処か遠くへ行きたかったはずなのに求められたら断れないな…と思いつつ、嫌な気持ちはしない。
「洗ってくれてありがとうございます。お名前を聞いても良いですか?」
客の注文を受けてきたリファラルが、サラサラと紙にメモしながらキッチンに帰ってきた。
「テルです!簡単な調理もできますので、どんどん頼ってください!」
「これは頼もしいですね!お客さんが帰ったら夕飯を作りますので、それまで頑張ってくれると助かります。」
洗い物をしているテルがニィと笑うと、リファラルは目尻にシワを寄せて、今書いていたメモを四畳みにしてエプロンのポケットに仕舞ってポンと叩けば、うっすら光った気がするがそれよりも、
「任せて下さい!」
今必要とされているという事実が嬉しくてたまらなかった。リファラルが隣の流し台で籠から出した野菜をいくつも洗うと、更に隣のまな板の上で手際よく切っていく。終わると食パンをフライパンで焼き、そのパンの上に切った野菜と、既に焼いてある厚切りハムを乗せて、更にパンを乗せてホットサンドを作っていく。テルは、食器を洗いながらも流れてくる美味しそうな香りに喉を鳴らしてしまう。どんどん出来上がるホットサンドは、他のものを焼いている間に三角形に包丁を入れられて客の元へと運ばれていく。洗い終わる頃には次の食器が流し台に運ばれたが、
「テルさん、申しわけないのですが、珈琲を額縁の下に座っている2人組のお客さんに運んで頂けますか?」
「はい!行ってきます!」
リファラルが洗いたてのカップを布巾で水気を取ると、そのまま温かい珈琲を2つ淹れるとトレーに乗せてテルに手渡す。テルも笑顔を向けながら、指定された客のところへと向かう。小さい頃手伝った食堂を思い出しながら、リファラルに言われたテーブルに座っている中年男性2人へと運ぶと、
「女の子の店員が居るなんて知らなかったぞ、毎日通うか。」
ガハハと1人から笑われて、テルは慎重に珈琲を置きながら、
「えー、本当に女の子っぽいですか?女装したら女子達のお茶会に参加できそうですか?」
あははっと笑いかけると、下品に笑った男性の表情が固まり、冷や汗が垂れていく。
「おーい、店員君、こっちにも珈琲3人分頼むよ!」
「はーい!ただいまお持ちしますからお待ち下さい。」
他のテーブルの男性が手を上げて注文したので、冷や汗をかいた輩は放っておいて振り返って笑顔を向けながら、キッチンへと戻る。チキングリルを焼きながら、煮込みハンバーグを作っているリファラルに、
「真ん中のテーブルの3人組さんが珈琲3つ注文入りましたので、記録したいのですがどの注文用紙に書けば良いですか?」
と伝えながら、水切りバットからティーカップを3つ取り出して、リファラルがやっていたように布巾で拭き始める。
「青赤のテーブルですね。こちらで書いておきます。」
「番号ではないんですね!?」
先程、珈琲を持っていった時にテーブルの側面に色が塗ってあったことを思い出した。
「文字の読める人ばかりではありませんから…昔雇っていた子は良い子でしたが読み書きできなくてね、その時につけました。」
はい、どうぞと、珈琲を淹れてもらえば、すぐさま客のテーブルへと運び、テーブルを見渡して空の皿を引き取れば、また他の客から注文を受ける。
「プリンの注文は青白の注文用紙に書くと…」
キッチンの壁にかかっているコルクボードから、注文用紙の上部の四角が青と白に塗られている物を見つけて、既に書いてあるものを見ながら同じようにメモをすると、次の料理を更に盛り付けているリファラルに感心される。
「飲み込みが早いですね、助かります。プリンはテルさんの足元の大きな引き出しを開けてください。」
褒められてルンルンになりながら引き出しを開けたら、中のあまりの冷え方に目が丸くなる。
「え、魔術?」
「はい、そうですよ。氷の魔術陣の上に魔石を置くとそのように冷えます。そこのプリンを持っていってください。」
中にはプリンだけでなく、ハンバーグのタネがボールに入っていたり、砕かれた氷が小さめのバケツに入っていたり…既にガラスの小皿に入ったプリンをトレーに乗せれば、引き出しの中からスプーンも一緒に冷たいまま出てきて、その冷え方に感動しつつ、客のところへ運んだ。
「そこのにいちゃん、会計頼むよ!」
「はい、承知しました!今確認してきます!」
食事が終わっていた若い男性陣に声をかけられて、笑顔を振りまきつつ、テーブルの色を確認する。赤黄色だ、キッチンにササッと戻り、流し台に食器を置いてから、赤黄色の注文用紙を取ると、その用紙を煮込みハンバーグの皿を片手に持ったリファラルに取り上げられた。
「会計は私がやりますので、テルさんはハンバーグを白黄色のテーブルにお願いします。」
「はい!」
大好きなハンバーグの香りを楽しみながら、踵を返す。その後ろから、リファラルもついてきて、該当の客の会計をして、他の客も釣られるように会計を頼んでくる。リファラルが会計をしてくれている間に、空いたテーブルの食器をトレーに乗せて運び、布巾でテーブルを拭いて綺麗な状態にすれば、外で立っている客達を招き入れる。まだまだ忙しい時間は続きそうだと、テルは気合を入れて接客をしていった。
リファラルが扉にCLOSEの札をかける時には、夕暮れだった空は黒く染まり、街灯の灯りがよく目立つようになっていた。テルが一生懸命食器を洗っていると、扉を閉めたリファラルが再びフライパンを手に取る。
「テルさん、本当に助かりました。夕飯は何が食べたいですか?」
「ハンバーグ!」
エヘヘと笑うと、リファラルの目尻にシワが寄る。
「煮込みにしますか?それともフライパンで焼きましょうか?」
「焼き目ついてるの大好きです!」
ハンバーグのタネを引き出しから取り出すと、手からはみ出る大きめのハンバーグと、手のひらくらいのハンバーグの形を作って、
「分かりました。」
ジュージューと良い音を立てながら焼いてくれた。涎が垂れそうな唇をきつく閉めて今の仕事に専念した後に、ハンバーグの付け合せに残っていた野菜を軽く炒めて乗せてもらって、綺麗にしたテーブルに2人分運ぶ。リファラルは少し遅れてトレーに2人分のライスとスープを持ってきて、向かい合って食事を摂る。
「いただきます!」
「ええ、召し上がって下さい。」
テルが良い音立てて両手を合わせれば、リファラルも一緒に手を合わせてから、ハンバーグにナイフを入れる。テルも一口に入らないくらいに切って口に運ぶと、肉汁を溢しながら頬張っていた。
「美味しい!!」
「それは良かった。足りなければまた作りますから、言ってくれれば。」
うんうんと大きく頷いて、しっかり飲み込んでからライスもナイフに乗せてパクンと食べる。
コンコン
閉まっている扉を誰かが叩く。おやっ?とリファラルが開けに行くと、乱れた髪のハルドが勢いよく飛び込んできて、テルと目を合わせ、
「良かった!ここにいた!」
大きく息を吐いてから、食事中のテルにニコッと笑いかけた。




