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855/857

855,現聖女は躍起になった事はない

久しぶりの更新です。

 雨が降りしきる昼休み時間に、オウカがケッチャを連れて来てくれた。リティアは、贈り物の魔獣素材をキリンに調合室へ運んでもらい、ケッチャに見てもらう。この中に、毒性が強い物があるかどうか。発破蛙の卵嚢はカードの中に入れてしまってあるので、それはキリンへのプレゼントとした。キリンは魔獣の弱点や棲息地への興味はあれど、こういう活用の方はからっきしだった。ソラも、ケッチャと一緒に木箱の中を覗き込む。リティアは、リーフィにサンドイッチを渡されたので、とりあえず口に運んだ。

「これ、雪兎が剥ぎ取ったものではないだろう?」

「恐らくお兄ちゃんか、お父さんです。」

ケッチャが寄生蜂の針を持ち上げると、数滴の体液が落ちた。独特の臭さに、シャーリーとセイリンが鼻にハンカチを当てる。

「そうか。試作は出来る量だが、お前が欲する程は作れない。彼等が、該当の魔獣だけ狩るとなると、必ず向こう側のテラが入れ知恵するだろう。」

ケッチャが捨てるように針を戻すと、ノートとペンを用意するソラから圧力を掛けられる。それで根負けするケッチャではなく、ソラに素材の効果をしつこく聞かれても、額を指で弾くだけ。リティアは、臭いの元である毒液を布巾で拭き取る。その臭いが抜けるまで、布巾を流水で流す。

「あちらにも、毒に詳しい方がいらっしゃるのですね。」

「ケーフィスの許嫁が、俺と同じ道を志していたからな。歳の離れた友人を治療する為に。」

リティアが次の手を考えている間に、ケッチャから情報を引き出す。彼は、聞かなければ答えてはくれない。聞いたところで、何処まで答えてくれるかは未知数だ。そこに、オウカが飛び込んできた。ケッチャの胸ぐらを掴もうとして阻まれるオウカは、普段の演技とは程遠い。

「あの女が、ですか!?」

「オウカ、声が大きい。彼女もお前と同じで、助けられなかったんだ。あの頃くらいには、本家と呼ばれた親戚達を恨むようになっていた。俺は例外的に、彼女から打診を受けたんだ。オウカの事があるから、断ったが。」

声を荒げる彼女の頬を抓むケッチャ。胸ぐらを掴んでいた手を彼の首に回し、

「流石、ケッチャさん!見る目が、あります!」

笑顔になるオウカだったが、彼は細い手首を内側から乱暴に払った。

「声が大きいと言った。彼女は彼女なりに、お前を大切にしていたんだがな…。とりあえずだ。雪兎。こちらで、採取出来る素材の方が足がつきにくいだろう。」

魔獣の特性は頭に入れていたつもりだったが、毒を活用しようと躍起になった事はなかった。だから、ケッチャの助言は有り難い。だが、

「でしたら、無作為に送ってもらえば良いと思います。混ぜて欲しい、と。こちらも、こちらで集めるとして。レインさんに、亜種やキメラは数を作れるのかもお聞きしなくてはいけませんね。」

今は、時間が惜しい。リティア1人では到底、必要数を集めきれない。少量の毒を倍増できるだけの魔術薬でも作れれば、話は変わってくるが。せめて轟駕の森で蟻酸を採取し、魔女茸の粉末を風に乗せてみる手はある。しかし、相手は生きた人間ばかりではない。屍人形を無効化できる毒を…、とリティアは思案していると、ケッチャの拳が軽く頭に落ちてきた。

「…お前は、手を貸してくれる彼等に返せるものはあるのか?」

「囮にでも何でもなります。相手の懐へ入れ、と言われれば、そのまま乗り込みます。怖気づくつもりは、ありませんから。」

ため息を漏らす彼に、リティアは即答する。リティアには、ビジネスとして対等にやれるような金銭面はない。だから、この身体で返すしかない。セイリンの顔が真っ赤になり、リティアを抱き締めてくる。ポンポン、と彼女の背中を叩くと、違う!と怒られてしまった。ケッチャは、額を押さえる。

「あー。もう少し、慎重に動け。突っ込むだけが能ではない。」

「無策でなんて、行きません。時間がなければせめて、この腹に毒物を詰め込んでからにします。」

離してくれないセイリンの腕の中から、彼を見上げる。どうすれば、相手に痛手を加えられるのか。それは未知数だが、こちらの命を狙っているのだ。確実に、何かはしてやれる筈だ。

「それが、本当のお前か?」

ケッチャは額から手を離し、声のトーンを下げてきた。その瞳は、こちらを蔑んでいるようにも見えた。

「今が平和であったなら、ハルさんのサークル活動で、沢山の薬草を採取して楽しんでます。けれど、それは許されません。皆さんと共に、この戦いを生き残る為に動くんです。」

リティアは、ここにいる全員に微笑んでみせる。喉を鳴らすのは、シャーリーだけ。他の誰しもが、リティアを見つめる。ソラは、ペンが軋む程に握りしめた。ケッチャの瞳が、リティアから逃げ出す。

「オウカ、雪兎みたいに命を投げ出すなんて、軽々しく言うんじゃないぞ。」

「い、言いませんけど…?」

ディオンの袖口とケッチャの手を取るオウカに、ケッチャは肩を竦めている。腕の力を強めるセイリンから、するりと肩をずらしながら屈むように逃げ出し、飛び退くようにリーフィの胸へ飛び込んだリティアは、

「命を捨てる気は、ありません。臓物が飛び出していても、帰ってきます。だって、私は生きたいんですから。」

蔑むケッチャを凝視し、

「発言が物騒で、矛盾までしてる。」

彼に舌打ちをさせるのであった。


 夕日に照らされた腕章を右腕に巻いて歩く。それだけで、敵は地面から顔を出すものだ。隊員1人につき、3人以上の屍人形では、こちらが押し負ける。手首の青いリボンをなぞり、隊員から少し距離を取って、光を放つ蝶達を放てば、屍人形から黒い精霊が逃げ出すのだ。弱体化した屍人形は、隊員達に処理させる。王都を一歩出ただけで、これに襲われるようでは、王都への流通が滞る。リンノは、1日に5度は四番隊として出動していた。こうする事で、旅商人達を屍人形から守る事が出来る。リンノの視界に入る商人達を全て、王都に招き入れた時、氷の羽根がリンノの頬を掠めた。背後から、壺が砕ける音がする。振り返ると、倒した憶えがない屍人形の残骸が落ちていた。どうも、仕留めきれていなかったようだ。

「恩に着ます、リガ。」

姿は見えないが、恐らく近くに居るであろう従兄弟に感謝を伝えると、隊員の1人の顔が変化した。見知った四番隊隊員の筈が、それはリガだったのだ。リルドの命令だろうか。それ程、信用できないのか。リンノは、リルドとリティアを裏切る気など毛頭ないというのに。リガが、リンノの隣を歩く。

「リンノ。リグレスが、心配していた。最近、無理が過ぎる。」

「年下達に心配されるとは、隊長として面目ありませんね。そういう貴方だって、昔に比べれば働き過ぎではありませんか?」

赤い煉瓦の道は、幾度となく襲撃する屍人形によって壊され、その不安定な道をリンノは避けた。そのせいか、リガと肩がぶつかる。以前はリーフィと同じくらい心許なかった彼が、こちらの勢いで弾かれなかった。体幹が育ってきたのだろう。直向きな努力が、垣間見える。

「純粋に魔力値が上がったから、役に立てるようになっただけだ。それで、渡せた?」

「…無粋では?」

こちらの感心を他所に、リティアへの贈り物の件を直球で聞いてくる彼に、肩を竦める。

「渡せる時に、渡せよ?また今度なんて、今の俺達にあるかは分からない。」

こんな事を言ってくるリガ。端から見たら、リガが年上のように見えるだろうが、

「年下に助言を求めた覚えはありません。正直、彼女に絆されるとは思いませんでしたよ。」

あからさまなため息を吐いたリンノは、降りていく夕日を振り返り、視界に入る事はない遠方の、彼女との大切な思い出を記憶している街に思いを馳せながら、王都へ帰っていった。

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