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848,赤いダリアは抓られる

 心ここにあらずのキリンに、膝を貸す。大好きな兄から、近くに居ない事を望まれた彼への心のダメージは大きかった。リティアに泣きつくような暴挙に出ないと思うが、保険の為に彼の足に毒蛇を乗せておく。リティアは、魔獣素材と魔法植物から作られた発毛剤の残りを小瓶に移し替えていく。

「やはり、気が付かれませんでしたね。」

「キリン殿と同等な魔力値ですから、キリン殿が探知出来なければ、彼も無理です。」

子どもを慰めるように、リーフィがキリンの頭を撫でると、無言で手を叩かれた。少し元気が戻ったらしい。けれど、膝からは退かない。

「しかし、わざわざテル君の為に来るなんて。不思議でなりません。」

「…それは口実で、こちらの防衛体制を見てる可能性はあります。」

カルファスが首を傾げると、頬を膨らますキリンの口が、小さめに動く。子どものように、拗ねてる。カップに水を入れたリティアが屈んで、キリンに渡す。とりあえずは、他の物が混ざるような工程は見なかったので、普通の水だ。

「兄の腹の中は、結局分からずじまいでしたが、あの人は誤解されやすいのです。裏表ないように見えるからこそ、出来る戦法に対策をしなくては、足元を掬われます。」

それを受け取り、飲み干したキリンの早口。何故か、まだリーフィの膝から離れない。鼻の頭が赤くなっているので、泣いているのかもしれない。リティアに見られたくない一心だとしたら、この状態も恥ずかしいのではないだろうか。リーフィは先程のやり取りを思い出すが、サキから黒や紫色等を見ていない。

「嘘や悪意は全くなかったので、話していた事は事実ですよ。」

「どうして、そう思えるのですか?」

リーフィに、カルファスの鋭利な眼差しが向けられ、ブワッと膨れ上がる黒。彼は、本当にこちらを良く思っていない。誤魔化したところで、仕方ない。

「皆さんの心の動きが、精霊と共に見えます。」

「私の母のような事を?」

リーフィが正直に話すと、キリンの周りからも黒が湧き上がる。信じられないという事だろう。リーフィだって、前から使えていたわけではない。

「読めるわけではありませんけど、ね。此度、リーキー様が居なかった事で、戦力図を見誤る可能性はあります。」

話題を無理やり変えたリーフィの腿を抓るキリンに、

「…っ!」

反射的に肘鉄を加えてしまった。青い色を放つリティアが、慌てて心配する。痛みに耐えるキリンに、リティアと2人で手当てして、精霊に痛みを取り除かせた。キッ、と睨んできて、

「治して、また殴るのか!どんなキチガイだ!」

喚いたキリンに再び分からせた。リティアに止めるように言われて、渋々我慢するリーフィは、

「それで、いつまで僕の膝を使うのですか?」

「…。」

目を逸らすキリンの前で、指を鳴らしてみせる。黒かった色が、一瞬で青くなり、

「こ、腰が抜けて、動けないので、暫くこのままだと助かります…」

珍しく萎れた。影に引き込んだ時、あまりの絶叫でバレてしまうのではないか、と不安になったくらいだ。よほど、怖かったのだろう。静かにしていたカルファスの苦笑いに、こちらも肩を竦める。


 ホテルに戻った後、リティアの傍を離れたくはないが、彼女に休むように言われたリーフィは、毒蛇を彼女の部屋で留守番させて、街を散策する事にした。Uネックの白いTシャツ、自分の身体に合わせたベージュのスキニーに決めて、白か黒のヒールで悩んでいたところ、ナックが姿を現した。

「それなら、黒で締めようよ。アクセサリーは、つけるのかい?」

「そうですね。ネックレスくらいは、つけましょう。」

小ぶりなハートのネックレスを首に回すと、ナックがリーフィの腕に乗ってくる。

「じゃあ、俺はブレスレットという扱いで、連れ歩いてよ。」

「ブレスレットにしては、大き過ぎませんか?」

青い瞳を細める彼の頬を指で押したら、子供っぽく笑顔を見せてくるのだ。まるで、無害な子どものよう。

「良いじゃんよ。んじゃ、しゅっぱーつ!」

両手を挙げるナックを連れてホテルを出ると、城壁の修繕の仕事を終えて帰宅する騎士達とすれ違った。すぐにざわついたが、デークが紹介をしてくれた。魔法士団内の鍛錬場で軽く見たくらいでは、覚えられないだろう。

「魔法士団は、羨ましいな。女性が所属しているなんて。」

誰の声かは分からなかったが、確かにそう呟かれた。今までのリーフィならば否定をするが、どちらでもない事を選んだ自分には、もうどうだって良い。気が向くままに、喫茶スインキーに入店し、リファラルとリカーナに綺麗だと褒められた。オウカに、人形とのデートなんて、と揶揄われながら、プリンを頂く。ナックは、自分の身体に見合わないカップを両手で抱えながら、珈琲を飲み、

「リーフィ。協力して欲しい事があるんだ。」

「僕ですか?」

こちらに口を開けた。落とさないように気をつけながら、プリンを入れてあげる。にぃーっ、と笑顔になるナック。

「近々、リーキーが帰ってきた時に運んでくる品を、君の影の中に隠しておいて欲しい。」

「切り札のようなものでしょうか?」

異空間ではなく、影の中。扱いには注意しないといけない。異空間を動き回るリダクト達に引き当てられたら、危険な物なのだろう。

「そうだね。確実に。リティアですら、あのクオリティは作り出せないからね。」

「承知致しました。」

何処の影に隠すかを考えておかないと。スインキーから退店した後は、浮遊する精霊達に導かれるように住宅街から離れて、林檎を育てる果実園に足を踏み入れた。土を踏んだ瞬間に違和感を覚え、木を1つ1つ、目視で確認していく。収穫待ちの熟した赤い林檎の上から、黒い精霊が乗っかっている箇所がある物に、目に留まる。その精霊が隠している部分には、漆黒の泥が1滴かかっていて、サキは囮だったのかもしれない、と考える。別の誰かが仕組んだというのならば、証拠を押さえなくては。毒蛇達にも頼んで、林檎をもいだ。ジュッ、と音を立てて、林檎に大きな穴を開ける泥。ナックの指が、その泥に触れる。瞬く間に精霊達が黒から青に変化し、泥が消失した。その代わりに、ナックが顔を歪める。

「ナックさん、大丈夫ですか!?」

「精霊の属性転換は、負荷が大きいからね。魔法を使える生物なら、ある程度出来るだろうけど、結局自分の身体や寿命に負担させる程の負荷だ。やらないで良いなら、やらない方が身のため。」

泥があった指をリーフィが触ると、ひんやりとした。普段から体温がないナックだが、そこだけ異常に冷たい。今、懸命に精霊達が纏まっていくのだ。恐らく、修復に時間がかかっている。

「言霊魔法は心臓に負担がかかるので、ほぼする事はないと思います。あれは、本当に追い込まれた時だけで。」

リーフィ自身には、そういう頭はなかった。使ったという団員も、今のところは聞いた事がない。毒蛇が四方八方を動き回り、泥に汚染された林檎はこれ以上ないと教えてくれた。所有者が来る前に、果実園から離れるリーフィの腕の中で、ナックはジトッ、と見上げていた。他に怪しい箇所も周りたいが、日が暮れていく中では合理的ではない。リティアの傍に戻らなくては、心配で仕方ない。駆け出そうとしたリーフィの二の腕が、ナックによって抓られた。足を止めて彼を見下ろすと、

「…大半の魔法士は、だよね?精霊になったばかりの君の事を心配してるんだけど?お分かり?」

「あ、ありがとうございます。」

叱られて、リーフィの目が泳ぐ。やらかす前に、釘を刺されたという形だ。では、あの泥はどうすれば消せるのか。全ての泥をナックに任せるわけにはいかない。彼への負担が、大き過ぎる。

「子どもは、素直に大人を頼れば良いんだよ。」

ニッコリと良い笑顔を見せるナックに、

「僕は、成人してます。」

と突っ込んで、痛くなるまで両頬を引っ張られるのであった。

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