83,少女は加工する
ハルドに珈琲を淹れてもらって、目の前の茶菓子の中からマカロンを口に運ぶ。
「じゃあ、時間ももったいないから、始めようか。と言いたいんだけど、ケルベロスはどこに居るの?」
「あ、今日は寮室で昼寝するからそっとしてくれ。と言われましたよ。」
「ああ…そんな感じか。」
リティアは温かい珈琲も味わいながら、ベッドの上で転がっていたケルベロスを思い出す。目がしょぼしょぼしていて、欠伸も多くて、また身体を丸めて寝息を立てていた。
「はい、とてもお疲れのようでぐっすり眠られております。」
「分かった。じゃあ、改めて。リティアにこれをあげる。」
ハルドが天井に手を翳すと、その上の空間が歪んでリティアの肩くらいまである龍の水晶でできた爪が1本だけ落ちてきて、ハルドの風の力で音を立てずに机へ置かれた。
「すごい、大きな龍の爪です!観察しても良いですか!?」
「勿論。とりあえず、俺の中にいる飛龍の爪。しかも死ぬ間際にだけ生成される貴重な水晶爪だよ。」
珈琲を溢さないように少し脇に避けて、自分の顔が映るくらいまで近づいて、まじまじと観察すると爪の中で緑色の精霊が楽しそうに踊っていて、リティアも楽しくなる。
「飛龍さんの…。そんな貴重な物を頂いてもよろしいのですか?」
「ああ。この爪を削って肌身離さず持ち運びできるようにするんだけど、何かアイデアは浮かぶかい?」
目を細めているハルドがカップを口に運ぶ姿に釣られて、リティアも珈琲を口に含みながら考える。
「んー…。イヤリング、ブレスレット、ブローチ、ペンダントトップ、リングとかですか?」
「ナイフもありだよね。」
一般的なアクセサリーをイメージしたリティアは、こちらに微笑みながら物騒な発言をするハルドに驚きながら、ぶんぶんと顔を横に振った。
「そんな鋭利に削れませんよ…。」
「そうかな?できそうだけど。あ、お茶と茶菓子は今のうちに食してしまおうね、削りカスが入るから。」
ハルドに勧められるように、先程頂戴したマカロン以外にマフィンやクッキーも楽しむ。隣でハルドも大きな口を開けてチョコチップマフィンを頬張って、口元にチョコチップをつけた為、リティアが拭おうと手を伸ばすと、パッと手首を掴まれた。ハルドは不思議そうに目を合わせ、
「リティ、どうしたの?」
「口のまわりにチョコチップがついていたので、取ろうかと…」
掴まれたことに動揺すると、ハッと目を見開いたハルドはすぐさま手を離してニコッと笑って、
「教えてくれてありがとう。」
ティッシュで簡単に口を拭いてから、また美味しそうに頬張っていた。
リティアがカップを洗い、ハルドが茶菓子を棚に片付けると、いつもの引き出しからジュエリークリップ、ブローチの台座、チェーン、イヤリングの金具などがジャラジャラと入った木箱、その隣から数種類の工具が出てくる。
「まずリティは、このジュエリークリップに入るように削って。」
ハルドからの指示を聞いてはいるが、あまりの資材の多さにリティアの開いた口が塞がらない。リティアと目が合ったハルドは、陽気に笑いながら、
「ネックレスは自作しているから、色々あるの。この牙のもそう。」
シャツの下から獣の牙のネックレスを引っ張り出して見せてくれる。その牙は、綺麗に磨かれていて光沢感があり、光を照り返す。
「これは何の魔獣の牙なんですか?」
「え、これは…魔獣ではなくて、子供の頃に飼っていた犬の牙だよ。形見みたいなもの。」
大切な物を魔獣扱いしたことに罪悪感を覚えたリティアは頭を下げ、
「すみません…。」
「いえいえ、気にしないで。じゃあ、切り出」
「失礼します。」
微笑むハルドが、水晶の切り出しについて説明を始めようとしたら、ノック音なしにスーツ姿のラドが入ってくる。リティアは振り返って、
「ラド先生、おはようございます。」
「リティア様、おはようございます。今から何かなさるのですか?」
細く微笑んでくるラドの下瞼には隈があった。リティアは気になりつつも、ハルドとこれからやることを教える。
「はい!飛龍さんの爪でペンダントをつく」
「あああ!!ラドは気にしないで良いから!」
ハルドが慌ててリティアの言葉の上に重ねてきて、リティアは反射的に口を結ぶが、
「なるほど。」
ラドの右拳が、目にも留まらぬ速さで水晶爪に振り下ろされ、バキバキと音を立てながら、その形だけで芸術品だった爪がいくつものダイスに砕かれた。
「あ、割れてしまいました…。」
「美的センスのない輩がやるとこうなるんだよ。勿体ないことになった。」
呆気にとられたリティアは、小さくなった爪を拾い上げるとボロボロと砂になっていき、スカートにかかってしまう。
「俺が悪いみたいに言うな。」
「どこからどう見てもお前が悪いよ!」
見下ろして手を差し出してくるラドに反論したハルドは、再び引き出しを開けて書類とインクボトルをラドに乱暴に手渡すと、ラドはリティアの隣でサラサラと書き始める。そんな2人のやり取りを聞きながら、リティアは砕かれた水晶をかき集め、サイズ毎に分別していくと、削らなくてもイヤリングに使えそうな同じくらいのサイズのひし形の欠片が4つも出てきた。両手に乗せながら中を覗くと、精霊もこちらを見ているような錯覚に囚われた。
《リティア、どうだ気に入ったか?》
唐突に飛龍が話しかけてきて、リティアは小さく頷いた。
「折角だし、リティの手の中にある欠片はイヤリングに加工しよう。はい、この大きい欠片を目の荒い金属ヤスリ棒でやすりがけして。」
そう言うと、ハルドの左手が伸びてきて両手の中の物を攫っていき、代わりに右手でティースプーンのつぼくらいの大きさの欠片と3種類のヤスリ棒を乗せられた。動きが早かったハルドに視線を動かすと、既にピンバイスで穴を開け始めていた。ラドをチラ見すると、2枚目の報告書を書いている。リティアは小さく息を吐いてから、言われた通りに削り始めた。まずは形をクリップに入るように楕円状に削ると、中に入った精霊の大きさが欠片の大きさに合わせて小さくなっていく。できるだけドーム状に…と意識しながらヤスリ棒を動かして削る面を変えたとき、ヒュルンと手の中で欠片が回って今まで削っていた面が上を向く。もう一度と面を変えると、欠片も勝手に戻っていくので、むむむと、欠片を睨む。
「リティア様、その動きは精霊がガイドしてくれているので、精霊の言う通りにやる方が捗りますよ。」
「ラド先生、そうなのですね!ありがとうございます。」
「頑張って下さい。」
ラドがペンを止めて助言をしてくれたことで、謎の動きを理解したリティアは、鼻歌交じりに削りを再開した。
昼下がり、やっと完成した銀色のペンダントをハルドが首にかけてくれた。リティアが、指でクリップを摘んで眺めると、草をモチーフにしたクリップと水晶から遊び出る緑色の精霊がマッチしているように見える。リティアが眺め終わると同時に、にこやかなハルドは、更にイヤリングを小さな木箱に入れて手渡した。
「こちらももらって良いのですか?」
「そうだよ。可能なら持ち歩きは複数個お願いしたい。何かの拍子にリティから外れたら連絡の取りようがないんだ。それにこれ。」
ハルドは削り粉が落ちたままになっている机から、リティアが削っている間に、ハルドがせっせと作っていた細い裁縫針をリティアのスカートのポケットに忍ばせる。
「リティ、これはお守り。もしも君が魔獣に喰われそうになったときに、相手に刺して。飛龍が君を助けに行くはずだ。」
「わ、分かりました。肌身離さず持つようにします。ありがとうございます。」
ペコリと頭を下げてお礼を言うと、ラドが一足先に扉を開ける。
「ペンダントの使い方はリティが念じるだけでこちらに声が届くからね。よろしくね。」
「はい!ハルさんからも話せるんですよね?」
ギュッとペンダントを握ってハルドを見ると、ハルドは目を細めて頷き、
「勿論。じゃあ、俺はここを片付けるから、ラドに昼食を奢ってもらうと良い。」
「は?」
「え、良いんですか…?」
ラドの声と、リティアの確認が見事に重なった。リティアが振り返ると、にこっと微笑むラドが会釈をし、
「ではエスコート致します。お手をどうぞ。」
リティアは手を引かれて、教室を後にした。