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828,現聖女は動揺を誘う

 リティアはリゾンドを守る為にも、別荘である屋敷から出るわけにはいかない。ディオンとセイリンに頼んで、バーベキューの用意を進めてもらう。そちらにはラドもついていき、リティアの隣にはナックとリーキーが立っている。リビングで話し合いを試みる家族に、リティアができる事はない。せめて、と思い、家政婦達に退出願って、リティア自ら珈琲を淹れる。最初はナックに渡し、礼を言う。良い笑顔を向けてくれるナックと、煮えきらぬ表情のリーキー。勿論、彼にも珈琲を差し出し、

「リーキーさん。もしこれで叔父さんが殺しに来たら、私の責任です。その際は、斬り捨てて下さい。」

「お嬢。そういう話ではありません。なんて無茶をなさるのです。あの瞬間、貴女様は存在が消えたのです。リガの時とは、異なりました。そう。言うなれば、貴女様は再形成されたように見受けました。」

彼を見つめると、その首は横に振られた。額を押さえるリーキーは、深いため息を吐く。ナックは氷で珈琲カップを包み込みながら、

「正確に言えば、一度クラーケンの中に取り込まれたんだ。クラゲがエスコートしているとはいえ、魔獣化して時間が経過している相手には危険が伴う。それをやってのけた事は、偉いと思うよ。まあ、君の中の命達も喪わないように必死に形を整えたと思うけどさ。」

その時に起きていた事象を説明してくれた。リティアとしては、消えたつもりはなかった。だから、セイリンはああ言ったのか。心配かけたようだが、これはどう説明すべきかを悩んでしまう。

「…リーキーさん、私はそうした覚えはなくて。やろうとした事は、リガさんの時と変わらないんです。」

「自身の起こした魔法すら理解出来ないのでしたら、今後行うべきでありません。いずれ、取り返しがつかない事態に発展します。」

珈琲カップをテーブルに置いたリーキーは、リティアの肩を掴む。その真剣な眼差しからは、逃れられない。パキパキ、とカップが割れる音をさせるナックが、

「あれは、魔法じゃない。精霊を巻き込んだ奇跡だ。こんな事を誰でも出来てしまったら、この国の全てに『やり直し』が効いてしまう。」

若干声を震わせて、リティアに嫌な予感をあたえてくれた。リーキーと2人でナックを見ると、珈琲カップが氷の中で割れていた。熱いものを急激に冷やしたから、起こってしまった悲劇に、リーキーが氷ごと取り上げる。それを流しに置いて、新しいカップにリーキーの分を半分移し、

「ナックは物知りだが、このような日常生活にちなんだ知識は少ないようだな。カップから溢れない程度に珈琲を回せ。早く冷める。」

ナックに差し出せば、ナックは元気にお礼を言った。リティアは少し考えをまとめる為に、リビングの3人に珈琲を運ぶ。リーキーが扉を開いてくれ、重い空気のリビングへと足を進めると、同時にリーフィとリンノが立ち上がった。

「わざわざ、いいのに。」

「リティア。危ないから、離れてなさい。」

2人の声も、同時だ。リーフィがトレーを受け取ってくれ、3人分をテーブルに配置する。団服を着たリゾンドは、膝の拳を離す事はない。リーキーの睨みが、リゾンドに向いている中、

「フィーさんやリンノさんに、擦れ違ったままで親殺しをして欲しくありません。私は、お母さんの言い分を聞いた上で刺しましたから。あれは責任を感じたのではなく、私のエゴです。」

リティアは彼らに動揺を誘う。少しでも揺さぶらなくては、話が進まなく見えた。恐らくは、全く進んでいないだろう。

「あの件は、英断でしたよ。本当は、私に命じて欲しくはありましたが。彼女は生きているだけで、最早害悪にしかなり得ませんでしたから。」

リンノがフォローしてくれたようだが、リゾンドの表情は固くなる。リゾンドの鼻息が、こちらまで聞こえた。そして彼は息を吸い込み、

「俺は、自分が誤っていたとは思わない。リーフィの育て方で、あいつと幾度となく口論なったのは事実だ。」

彼の中にあった思いをぽつりぽつりと、濁す事なく語り始めた。本来ならば、リティアとリーキーは部外者だが、ここで話してくれているのだ。聞いてから、判断しろという事だろう。リーフィが、ボロボロと涙を流す。リンノはリーフィを優しく抱きしめて、ハンカチで拭っている。

「息子達を嘲笑う奴等が、許せなかった。それは、リダクト兄さんも同等だ。あの人も、幼いリーフィを嗤った。あの人の興味がリティアに向いた事で、リーフィへの陰口が減った。では、リティアを悪者に仕立て上げさえすれば、リーフィが強くなる時間の猶予が出来ると確信したのだ。」

だが、貴様には謝罪しない、と言われたが、リティアもそれで良いと思った。リーフィの件があろうがなかろうが、リダクトに狙われている事は変わらない。

「…そんなの、嬉しくない!僕は、ティアちゃんの側仕えを白紙に戻されたんだ!」

「あれは!親父に頼み込んだ!リティアに付けば、お前は殺される可能性があった!親父が死んだのは、リティアが狙われていたからだ!そこにお前が居たら、確実に首は落とされていた!」

悲鳴のような声で話すリーフィを静めるかのように、リゾンドがテーブルを殴る。珈琲は、結構な量が溢れた。それは逆効果となり、リーフィの手がリゾンドの胸ぐらを掴む。リティアが声を張り上げようと口を開きかけた時、

「お止めなさい。リティア様が望む平和的解決は、まだ殴り合う段階まで進んでおりません。」

リンノの凛とした声によって場が収まった。しかし、リティアは殴り合う事を許可していない。リンノを凝視する中、彼はリーフィの涙を吸ったハンカチに珈琲を吸わせてしまう。リーフィは気まずそうに手を離し、ソファに腰を下ろした。

「ティアちゃんの為に死ぬなら、あの頃の僕も喜んでいた。」

「無駄死をしてどうする!仕える者が、そのような自己満足な覚悟でどうする!せめて、相手と相討ちで守るのだ!」

歯軋りを立てるリーフィを、叱責するリゾンド。これは、リティアは母から受けた事がない愛の形だ。羨ましい。なんて、思ってしまう。ただ、この親子は言葉を交わす回数が少なかったのだ。ふと、リンノと目が合った気がしたが、彼はリーフィに顔ごと向いた。

「お前は、誰よりも遅いんだ!だから、誰よりも真剣に鍛錬しなければ、強くなれん!たかが、魔法士団に入団出来たからと言って、自惚れるな!側仕えしたいのであれば、守れるだけ強くなってみろ!」

リゾンドの説教は、リーフィの歯軋りを止めるだけの威力があった。リーフィの拳に、力が入る。膝の上で、ワンピースにシワを作った。

「これは、良い機会ではないだろうか。リーフィ、今からでも一番隊に異動して、しごいてもらうと良い。」

親子の会話に、何故リーキーが乱入するのか。腕を組むリーキーのつま先を踏ませてもらう。彼の肩が、微かに動いた。リンノが、クスッと笑った。

「今からでは、もう遅いかと。既に、リルド様は動いているでしょうし。」

「何の話ですか?」

話についていけないリティアが慌てると、リーフィの瞳がこちらを向き、

「恐らく、僕達が王都に戻る頃には、騎士団か魔術士団は形骸化しているかと思います。」

「それは、どういう意味ですか…?」

リティアの頭の後ろから、セイリンの声が貫いた。皆、彼女の登場を分かっていて、口にしたんだ。リティアよりも先に、気がついていた筈だ。上手く利用したものだ、と感心してしまう。彼女への暴露は、リルドから指示されていたのだろう。それを、今このタイミングにやった。リゾンドに知られたところで、どうというものではないのだ。セイリンが、大股で迫る。その後ろに控えるディオン。口を開く順番は、リーキーだ。

「新しい王国団が、誕生する。そうすれば、ラドは大手を振ってセイリン姫と任務に就ける、と。」

「変な事を言うのは、よして下さい。」

豪快に笑うリーキーに、ラドはリビングに入らずに額を抑えた。

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