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827,現聖女は絡める

 こじんまりとしたクラーケンに駆け寄るリティアより先に、ラドの焔龍号がクラーケンを突いた。緑の血が流れる傷口を、リティアはクラゲと共に触れる。これ以上、リンノを苦しませるわけにはいかない。リティアが怒られれば、良い。リーキーのお小言を聞きながら、リゾンドがお縄にかかれば良い。だから、クラゲに頼む。精霊が弾けると、リティアの前でリゾンドが頭を抱えて蹲っていた。

「叔父さん。」

彼に、一歩、また一歩と歩みを進める。リティアの心臓は、悲鳴を上げそうになりそうなるが、何とか抑え込む。彼は、蹲ったままだ。

「貴様のせいだ!貴様が、息子を魔獣に落とした!」

「そういう、叔父さんも魔獣です。」

喚くリゾンドを見下ろす。彼もまた、リーフィの件で傷付いている。それは、何故?虐げていたでしょう?リティアは、浮かんだ疑問は飲み込めない。

「叔父さんは、フィーさんをあれだけ虐めていたというのに、大切だったとでも嘯くのですか?」

「貴様には、分からんだろうな!この髪色のせいで我が子達は!一族から、後ろ指差されていたのだぞ!」

リゾンドから、鼻を啜る音が聞こえてきた。まさか、そんな事って。リティアの中で、確かに繋がる。リゾンドは、敢えて厳しくしていたのだ。一族から、息子達を守る為に。

「他の守り方は、なかったんですか?」

「ある訳がないだろう!一族の誰しもに、息子が陰口を叩かれないようにする為には、リゴンのように虎の威を借るか、リンノのように本人が強くなるより他ないのだ!」

リティアは、床に額を擦り付けて号泣し始めたリゾンドに、手を差し出す。彼ならば、まだやり直せる。リーフィとリンノと共に、家族として。リティアの母とは、明らかに異なる。

「叔父さん。まだ、フィーさんは人間に戻れます。そして、叔父さんも。だから、戻りましょう。フィーさんと、しっかり話し合って下さい。本当の事を伝えて下さい。」

「貴様に、何が出来る!」

怒号を上げるが、顔を上げないリゾンドの手を掴む。

「私は、魔獣になったジャックさんやリガさんを、精霊さん達に頼んで人間に戻して貰っています。だから、叔父さんも。」

払われても、また掴み、

「私は、親殺しをしました。けれど、今ならまだ。フィーさんもリンノさんも、そんな罪を負う必要はありません。」

リゾンドの耳元で囁いた。身震いするリゾンドは、遂にリティアと目を合わせた。

「き、貴様…まさか。」

彼に聞かれたが、何も言わずに精霊を呼び集める。クラゲが2人を飲み込んで、現実へと引き上げた。


 瞼を持ち上げたリティアの前で、ラドに踏まれる人間姿のリゾンドが居た。彼は服がない為、とりあえずリティアは目を逸らす。

「リティア。本当に、リーフィを戻せるのだな?」

リゾンドの言葉に頷き、ナックに駆け寄る。リンノの瞳が、リティアに細められた。リーキーに怒られるかと思ったが、

「お嬢!よくぞご無事で!」

目頭を押さえた。リティアは小首を傾げ、ナックのゴーレムに触れる。こちらを海から見つめる大蛇に近づく為、ゴーレムの手に乗せてもらった。大蛇の方から、泳いでくる。リンノの蝶が、リティアの周りを飛び回り、リーキーがゴーレムの手に飛び乗った。皆に警戒された大蛇だが、ゴーレムの手に顔を乗せる。それは、懐っこい動物のようだった。リティアは触れようとしたが、触れる前に大蛇の鱗が剥がれた。剥がれた箇所には、実体がない。徐々に鱗が消失し、大蛇そのものが消えてしまった。そこに居ないリーフィだが、彼女の精霊達はリティアの目の前まで集まってきている。リティアは、精霊達に手を翳した。その手に、細い指先が触れてくる。その指を始点に精霊が人の形を織り成し、白銀の絹髪が潮風で靡く。リティアよりも背が高く、隣のリーキーよりも少し低い。赤いダリアを咲かせた両眼は、彼女の微笑みを色付かせた。白い肌が、頭から足先まで覆う。女性としての胸の膨らみはなく、男性としての下がる物もない。『無性』と呼ばれて、納得出来る姿だった。

「ただいま。」

頬を赤らめる彼女または彼は、黒い蛇の鱗を肌に纏わせて、黒いオフショルワンピースを作り上げた。

「おかえりなさい、フィーさん!」

互いの手を絡めて、リーフィに微笑んだ。リーキーが、喉を鳴らす。リンノが、リーフィを後ろから抱き締める。恥ずかしそうで、嬉しそうなリーフィは、

「僕は、大好きなティアちゃんを守りたいし、一緒に遊べる『特別』でありたいから、敢えて精霊に近づいた。これが、僕の選択した生き方だよ。」

足に鱗のブーツを作り出す。これで、更にリティアと身長差が出た。それでも、リンノよりは低いのだが。

「フィーさんはどんな姿であっても、大切な家族ですよ!」

リティアは絡めた指を外して、リーフィを前から抱き締める。

「うん、ありがとう。僕からしても大切な人だよ。でも、この『特別』は僕にしか選択できない。女として君から離れて母親の役目を負う必要も、男として別の家庭を持ちながらも戦う役目を負う必要もない。君を狙う輩として、親族から牽制される事もないんだ。」

リーフィは、いたずらっぽく笑った。リーキーからため息が漏れる中、ゴーレムの手の上にスズランが降りてくる。セイリンの丸い目が、抱き締め合う3人を観察しているようにも見えた。

「兄さん、心配かけてごめんなさい。さあ、ケジメを付けにいきましょう。」

「強くなりましたね。ええ、行きましょうか。」

リーフィとリンノは目を合わせると、リティアをそっと押した。離れるように、と。リゾンドの元へ向かう2人は、ゴーレムから降りていった。リティアも降りようとしたが、蝶達に阻まれてしまう。セイリンがスズランから降り、

「リティ。どうやって、先程は姿を消したんだ?」

リティアの頬を両手で挟んできた。丸い目をするのは、リティアの番であるようだ。ナックは、未だゴーレムの中。答えてくれるだろうか?リティアが聞こうと振り返った時、リーキーが青筋を立てていた。それは、リティアに対してではない。彼の眼差しは、リゾンド達に向けられていた。一瞬で、リティアの血の気が引いた。2人がリゾンドに辿り着いた後、もし親殺しをさせてしまったら。リティアは、セイリンの事を後回しにしてでも、声を張り上げる。

「リゾンド叔父さんを殺してはなりません!これは、命令です!」

この声で、砂浜の誰しもが足を止める。関係のないリシャラとサンシィーまでも、こちらを注視している。リーフィの振り向く表情は、幼い子どものように理解出来ないと書いてある。間に合って良かった、と胸を撫で下ろすリティアだったが、リーキーが大金槌を構えながらゴーレムを蹴った。揺れるゴーレムの上で、セイリンがリティアを抱きかかえる。ゴーレムから飛び降り、スズランもついてきた。全員が降りたら、ゴーレムが消失した。ナックが、リーフィの大爪を抱える。

「叔父さん。ケジメは、平和的話し合いによる解決でお願いします。」

「…ああ。それが許されるのであれば。」

セイリンに抱えられたままで指示を出せば、ラドに押さえられた状態のリゾンドは、小さく頷いた。サンシィーが、でかい舌打ちをしてくれる。

「魔獣なんだろう?殺そーぜ!」

「『私』は、彼女を『尊重』する。」

リシャラが女性の声で、そんなサンシィーを制止させる。ロディと魔術士達は、不安そうに町から覗いている町民達に声を張り上げた。もう、大丈夫だ、と。リティアは、暮れゆく日の光を一瞥してから、

「セイリンちゃん。もう一度、皆で思い出を作りましょうね。」

彼女の首に抱きついてみた。

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