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82,教師は子どもを見る

 その後散々通路と教室内を手分けして探し回ったが、結局、赤ん坊の他の部位は疎か骨すらも見つからずに調査を終了することになった。リファラルによって赤ん坊の手は氷漬けにされて、今は調合室の机の上の鉄製の小箱に仕舞っている。薄明るくなるかならないかの時間に調合室の扉を開けたハルドは、壁にかけてあるランプをつけようと手を伸ばしたら、背後から何かが駆け込んでくる音がする為、その場でクルンと身体の向きを変えると、シャッターは閉まっているはずの時間帯に制服姿のテルが、ハルドに向かって飛び込んできて、身体への衝撃を膝の屈伸を使って負担を和らげる。

「テル君、おはよう。また、職員用の扉を開けたんだね。」

ハルドが苦笑交じりにテルの頭を軽く撫でると、テルはニィーと歯を溢して笑う。

「ハルド先生、おはようございます!鍵の番号はバッチリだよ!」

「君は全く…。今日はどうしたんだい?またソラ君と喧嘩した?」

テルに抱きつかれたまま扉を開けると、テルはパッと手を離して、いつもハルドが座っている椅子の横の椅子に腰掛ける。

「してないよー、先生とお茶するために来たー!」

「えー。じゃあ、リティが来るまでだよ。」

ハルドは、流し台の蛇口を捻ってガラスポットに水を入れたら、コンとテルの頭をポットで小突いてから温める円柱の魔石に乗せる。

「昨日も連れ回してたのに、今日も連れ回すの!?」

「人聞きが悪い…。彼女のお兄さんの手伝いしているだけだからさ。ほら、何飲むの?」

わざとらしく上体を仰け反るテルを横目に、いつもの席の横にある棚から、2人分のカップと茶菓子を取り出す。

「先生特製の野草茶がいいー!」

「野草は何使ってるか分かるのかい?」

この缶かい?とテルの前に置くと、テルは嬉々として缶の蓋を開けて香りを嗅ぐ。

「いや、全く分からない。他の茶葉と違って、茶葉が湿ってるんだね。このお茶、少ししょっぱいなと感じるただ香りは良いよね。」

テルが缶から指で一摘み取り出して、口に運んだ瞬間に口をすぼめる姿を見て、ハルドは肩を竦めながら、缶から茶漉しへと茶葉を移動した。

「これは、桜茶っていうの。桜の葉の塩漬けにお湯を注ぐんだ。」

「さくらちゃ?」

「まあ、機会があったら調べてみると良いよ。」

真ん丸い目で見上げたまま首を傾げるテルに微笑みかけながら、沸騰したお湯をティーポットに注いで茶葉を蒸らす。

「先生は、結構生徒達に人気ありそうだよね…告白されたこととかあるの?」

「…は?」

突然真剣な眼差しを向けるテルからの発言に、ポットを持ち上げていたハルドは頭がついていかず、沈黙が流れる。

「あるの?」

念押しのように確認を入れてくるテルに、ハルドはお茶をカップに注いでから、故意に口角を上げて声を潜める。

「ははーん。そういう話を振ってくるということは、さては好きな子がリティ以外にできたかい?」

「え!?違うよ!リティちゃんが可愛い!あああ!ディッ君も先生もデートできて羨ましい!」

面倒な事を答えさせられる前に、良い音立てて机に頭をぶつけるテルを見て安堵する。

「なに、そう思うなら誘えば良いじゃないか。」

「ディッ君の彼女なのに!?」

ガバッと勢いよく顔を上げるテルの額は赤くなっていた。ハルドは笑いを堪えながら、テルの勘違いを是正する。

「それさー、リティに直接聞いたけど周りが言っているだけなんだってね…?」

「本当に!?じゃあ、俺も付き合えるんだね!先生ありがとう!大好き!」

ハルドの左腕に抱きついて頬擦りするテルを、ハルドは右頬を指で掻きながら適当にあしらう。

「はいはい、ありがとう。」

「ねー、先生は俺のこと好き…?」

左腕に抱きついたまま、また真剣な眼差しで見上げてくるテルは、愛情を確かめる子どもに見える。その大きな瞳に何を映したいのか…ハルドは小さく息を吐いて、

「それがどういう意味で言っているのかが分かりかねるけど、生徒として好ましい子だと思うよ。」

「…俺が生徒じゃなくなったら、嫌いってこと?」

微笑みかけながら答えると、反対にテルの表情が曇り始めた。直感的にマズいと思ったハルドは、テルの不安そうな目をしっかりと見つめる。

「そうじゃないから。テル君、ちょっと情緒不安定だね。何が言いたいのか分かるように言ってほしいよ。」

「…その、この前、先生が皆の頭を撫でてから、こう…。そう!モヤモヤする!」

テルからのジェスチャー込みの必死の訴えに、ハルドは吹き出しそうになって懸命に堪えた。

「テル君、君は。君って子は!ヤキモチを焼いているのかい!本当に可愛いね!」

空いている右手で頭をワシャワシャと乱暴に撫でると、テルの顔は茹で蛸になっていく。

「ヤキモチなんだ、これ…。」

「そうそう、自分の感情の動きを言語化すると理解が深まるよ。リティも言語化を促さないとな…ある感情と繋がるはずのところが繋がってないんだよなー。」

ゆっくりと手を離すテルを見つつ、この前の放課後のリティアの発言を思い出して、自分の額を指で叩く。

「どういうこと??」

「ああ、彼女と話していると分かると思うよ。何だろうな、あれ。」

きょとんとするテルを見て、アハハと陽気に笑ってみせる。

「分からないけど、先生は、やっぱりリティちゃんの事が好きなんだねー。勝てる気がしないや。」

「ああ、またそこに戻るの。小さい頃から知っている彼女は可愛い妹だよ。というか、婚姻なんてしようものなら、一族同士の闘争が勃発するから、口が裂けても言えることじゃないな。まあ、彼女のお兄さんをからかうときには言うけど。」

テルはテーブルに突っ伏して、はぁーとため息をつく。轟牙の森でも言っていたなーと思いつつ、ハルドは表情筋に力を入れて笑みを崩さないよう気をつけた。

「え、本当に好きになっても結婚できないってこと?先生、可哀想!」

「憐れまなくて良いから!」

前髪の分け目にデコピンを食らわせれば、テルは痛そうにギュッと目を閉じながら両手で額を押えていると、小さなノック音が聞こえてくる。

「ハルさん、おはようございます。」

「リティ、おはよう。入っておいで。」

失礼しますと、そろーっとリティアが入室すると、机に脱力していたテルの背筋がピンと伸ばしてにこやかに挨拶をする。

「リティちゃん、おはよー!」

「テルさん、おはようございます。シャッター開けてもらってから来たのですが、お早いですね。」

不思議そうにリティアが小首を傾げると、テルに代わってハルドが口角を上げる。

「それはそうだよ。勝手に職員用の扉を開けてきたから…ね?」

「あー!言わないでよ!先生の意地悪!」

「リティにチクられたくなかったら、今後は控えるんだよー。」

テルがハルドの口へと手を伸ばしてきた為、ハルドは軽く笑いながら左手でその手首を掴む。テルはそれでも口を押さえようとしてもがくが、ハルドには勝てなかった。

「はいはい。テル君は、また明日ね。」

「リティちゃんと一緒に居ちゃ駄目なの?」

テルは、わざわざ上目遣いして可愛らしさを演出する駄々っ子になっているが、ハルドは動揺することなくピシャリと言う。

「今日は駄目。帰りなさい。」

「うう…リティちゃん、また明日!」

「は…はい。」

敗北と言わんばかりに、テルは椅子から立ち上がると、リティアにだけ手を振ってから退出していき、リティアはその姿に何度も瞬きをしている。ハルドは大きなため息をついてから、新しいカップを棚から取り出して、笑顔を向けながら振り返る。

「リティは、珈琲で良いかな?」

「はい、ありがとうございます。」

リティアは先程までテルが座っていた席に座り、リズミカルに首を左右に傾げながら淹れられていく珈琲を見ていた。

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