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8,少年は擬態する

 昼休み時間の図書室は、生徒でごった返していたため、5限が終わってから本を探しに来た。本の裏表紙は全て、魔術陣が描かれたおり、カウンターに置かれた黒い魔石を乗せると、図書室から持ち出せるような仕組みになっている。オレンジ色の髪をポニーテールで束ねた少年は、魔術陣の種類、発動方法や条件が記載されている本を手当たり次第つかんでいく。

「あれ?ソラ君、さっきも借りてなかったかい?1人5冊までだから、もう借りれないでしょうよ。」

本の整理をしていた年老いた司書が、奥の本棚の方から現れる。

「ザンザさん、すみません。他にも読みたいと思ったのでいくつか返却したのです。」

「そうだったのか、それは失礼。次の授業まで時間はそんなにないから早く借りる手続きしなさい。」

「はい、そうさせて頂きます。」

手際よく黒い魔石を乗せて持ち出し制限を解除していく。流れるように黒いショルダーバッグに詰めて、図書室を後にする。その姿を見守っていたザンザは、

「本当に勉強熱心な生徒だな。双子のテル君も見習えば良いのにな~。」

感心しつつ、入学当初から通路を走り回っているテルと比較してしまう。

「…まぁ、俺がテルなんだけどね。どうせ、誰も分からないさ。」

廊下を歩いていても、ザンザの言葉が耳に届いてきた。少年は結っていた紐を荒々しく引きちぎり、いつもの長い髪を宙に広げながら、舌打ちしながら呟いたのだった。


 ソラとテルは、ホームルームが終わると同時に教室を飛び出す。と言っても、テルが飛び出していくのを追いかけるのがソラだ。

「ソラ、早く!!購買が閉まってしまうぞ!」

「分かっている!せめてテルだけでも先に行って買ってこい。」

「あ、その手があったか!じゃあ、2人分買ってくるから、さらば友よ!」

「友じゃない!兄だ!」

「あっははは!笑えるー!」

テルの速度が上がり、階段を3段飛ばしで降りていく。週末のアルバイトに必要な『日除け布付きの帽子』を買わねばいけない。今後の授業にあるフィールドワークにも使用できるようなので、今買っておいても損はない。7限目があった後にホームルームがあると、16:45くらいにならないと教室を出られないのだが、購買が閉まるのは17:00。職員室の隣にあるので、2組近くの通路を走って通ると、戻る教師からご注意を受ける。それを避ける為、女子寮へ向かう階段を降りて、1階の接続通路を駆けていく。飛べるんじゃないかと思うくらい、足で床を蹴り上げ、大股で走る。通路のT字路でキキキィと急ブレーキをかけ、購買にゆっくりとした足取りで入った。

「おばちゃん、日除け布付きの帽子ってあるー?」

「ああ、あるよ。男子用はほら、そこの棚上よ。」

腰がいかにも痛そうなおばあちゃん店員が、指差して教えてくれる。テルが、その棚を見上げれば、白い帽子がサイズ違いで置いてある。

「白しかないのー?」

隣を見ると女子用も白の無地だ。これでは、間違えて他人の帽子を持っていくトラブルが、毎年恒例で頻繁に起きているんだろうな、と思う。

「そうだよ、学校の指定だからね。」

「そっかー。ありがとう、おばちゃん!んじゃ、Mサイズ2つ買わせてー!」

じゃあ、仕方ないかと帽子を2つレジに持っていき、スクールバッグから使い古された二つ折りの財布を取り出し、ジャラっと小銭を出す。

「予備も買うのかい?偉いねー。」

おばあちゃん店員が、大きな紙袋に帽子を詰めた後、皆には秘密ねと、売れ残った菓子パンを入れてくれた。

「そんなんじゃないよー、兄の分も買うだけ!」

ニコニコと笑顔を絶やさず、軽く右手を手首ごと前後に動かす。

「兄弟の分も買ってあげるなんて良い子だねー。」

「でしょー!もっと褒めていいよ!」

このおばあちゃん店員は、何かと褒めてくれるのでテルも嬉しくなってきた。もう少し褒めてほしいと欲が出てくるのが分かる。

「あらあら。」

素直で可愛いわねーとフフフッと笑ってくれる。

「うちの弟が、ご迷惑おかけしました。」

ソラがやっと辿り着いたようで、買い物ありがとうと言いながら、テルの上がっていた右手を引っ張る。

「えええー!俺、迷惑かけてないよー!おばちゃんバイバーイ!」

「ああ、気をつけて帰るんだよ。またおいで。」

テルの左手はスクールバッグと紙袋を持っているので、ソラに掴まれている右手を小さく振った。


 今夜も隣のカーテンから光が漏れている。ソラは、勉強熱心だからまた難しい本を借りて読んでいるのだろうと推測するが、聞くのも気が引けた。テルも、ソラが起きているこの時間は本に没頭する。こちらのカーテンを向こうからめくることはないだろうから、3冊、4冊と枕の上に広げている。落ちこぼれて、中退や留年になるわけにはいかない。あの家に戻りたくはない。そんな思いに掻き立てられて、毎晩のように本を読み漁る。昨日の登校時に通路から響いてきた言葉がふと蘇る。


『この学校まで来られる輩が、卑下するんじゃない!通えるだけ恵まれていて、学がある!欲しくても手に入らない奴は大勢いるんだ!』


「分かっているつもりなんだけど…なかなかね…」

そう呟きながら指に力が入り、シーツにシワを作ってしまう。ずっと、出来の良い兄と比べられてきた。何やっても兄よりテストの点数が取れなかった俺に親から向けられた視線はいつも冷たかった。勉強より体を動かすことが好きで、小学校や中学校の陸上大会で1位を取って見せても、相手にしてもらえたことはない。今回、必死に勉強して優等生の兄と同じ学校に合格することができた。親は兄を「さすがソラね」「ここを継げるのはソラだけだ」と褒めていたが、俺には「まぐれだろ」「運が良かったのね」と言葉の石を投げてきただけだった。考えてはいけない。しかし、溢れ出したら止まらない。

「絶対に許さない。」

こんな思いは、二度と御免だ。首を大きく振って、頬をパンパンと叩いて、もう一度本を読み進める。今日の合同授業の復習として。分からなければ何度でも。ソラを寝かせる時間になるまでは。


 3時間は寝れただろうか。昨夜は少し遅くまで勉強してしまった。隣のソラは寝息を立てている。眠い目を擦りながら、ベッドの上で身なりを整える。髪を結い上げ、制服ではなく動きやすいTシャツと少しゆったりとしたズボンを履く。スルッとベッドから滑り降りると、部屋から出て、寝静まった寮の通路をストレッチしながら歩く。

「あ、ソラ。早いね、おはよー。」

「おはようございます。」

ソラだと勘違いしている同級生が声をかけてくる。軽く挨拶をすると、1階に降りていき、食堂横の扉から外に出る。本当は食材を運び入れる扉だが、ここからグランドまで近道が出来るので、少しの時間でも走り込むことができた。通勤している先生がちらほら見えるが、止まらないで走り続ける。身体が資本だ。しっかり整えないと。

「お早いんですね、テルさん。」

自分が使った近道から、ディオンが軽く走ってきた。

「え?何でテルだって分かったの…?イケメン君。」

あり得ない、今まで誰も気がつくことはなかった。そう、あの親だって入れ替わっていても気が付かなかったのに。自然と足が止まってしまう。

「何でと言われますと、走り方ですかね。身体の動かし方が、テルさんなんですよね。自分も鍛えているので、そういう違いには目が行きやすいので。ということで、ご一緒しても良いですか?」

「うん!走ろう、イケメンくん!」

こんなところに、自分とソラの区別がついてしまう人がいる。まだソラになれていない、落ちこぼれのままってことでもある。心に膨れ上がる焦燥を気取られないように全力の笑顔を作る。ディオンの背中を思いっきり叩くが、体幹が鍛えられているようで前のめりにすらならない。

「ディオンとお呼びください…」

「分かった!ディッ君!」

ニカッと笑って、また走り始める。先程と違って、隣にディオンが走っていた。


 結局、食堂の営業時間になる10分前まで走り込んだ。寮に戻ったときには、汗だくになり、髪を結んでいた紐も取れていた。制服に着替えていたソラに、とっととシャワー浴びてこいと怒られる。隣を歩いているディオンは、少し汗ばんでいるだけで、急いで着替えてきますと、あれだけ走った後なのに寮室まで走っていく。今日も出来るだけずっとバレないようにソラを観察しなくては。休み時間は出来るだけ休むが、授業で分からないことは復習しよう。

「やる前から喚かないよう気をつけよう…」

怖いね、ディオンの仕えているお嬢様。言ったら怒られるんだろうなと思いながらも、今度こそソラになる。ソラのように振る舞え。今は不出来で落ちこぼれでも、ソラになれれば、俺は…。

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