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788,現聖女は脇に避ける

 私も母に会いたい。その言葉は、リルドが帰ってからも口から出せずにいた。ここに居る人達は、リティアの気持ちを知っている。本当は、彼に言いたかった。けれど、折角得た機会にそこまで持ち込めなかった。ベッドに横たわるリティアの頭を、セイリンが撫でてくれる。レインにあのように突き放されて、彼女の腹の中は煮えくり返っているだろうに、彼女は優しい。

「レイン様は、行って来いって言ったんだ。一緒に行こう?私も、早く助け出してやりたい。」

「はい…。本当は、お兄ちゃんと一緒に行きたかったんです。家に帰らないお母さんを怒って欲しくて…。でも、あの感じだと駄目ですね。私の予定を詰めるか、護衛を増やされそうです。」

慰めてくれるセイリンの優しさに甘えながら、枕を抱きしめる。本心は異なるが、そこまでセイリンに伝える必要がない。だから、言葉は共感しやすい形に変えておく。自分の中の椅子に縛り付けられた幼いあの子は、子どもらしく甘えたいだろうから、それをリルドに止めてほしいのだ。

「では、行く際に手紙を投げ込むか?慌ててついてくるぞ。隊長だからといって、部下だけを使うわけではない。部下に仕事を押し付けて、ズル休みするだろう。」

「…お兄ちゃんを困らせたいわけでは、ないんです。」

セイリンの提案は直球で魅力的だが、それでは隊長である兄が後ろ指をさされる可能性が出てくる。それが、今後長い年月にどう影響するかは未知数だ。そんな迷惑は、かけたくない。例えば、リガが数時間だけ入れ替わってくれれば…、なんて悪知恵が、可愛らしく顔を出す。こつん、と額に手の甲が当たり、

「リティは、優しいな。」

「優しいのは、セイリンちゃんです。レインさんに嫌な思いをさせられたのに、怒らなかったんですよ。」

優しく微笑むセイリン。リティアは驚きながらも、話題をずらす。彼女はずらしている事に分かっていて、乗ってくれるのだ。

「そこはもう、仕方がないんだ。あの方なりの考えがあって、ディオンとセンを入れ替えた。実際、センは凄い魔法で助けてくれた。あれが、ディオンだったら難しい場面もあったからな。」

彼女は、教室でリティアのフリをしたルナとセンが、悪意ある者と戦った事、昼間に星が降った際にも再び彼等と対峙した事を惜しみなく教えてくれる。こんなにも、リティアは隠しているというのに。

「…でも、知りたいですよね?」

「そうだな。大怪我だったからな。まあ、ディオンは戻ってきているから、良いんだ。ただ、センはどうしたいんだろうな?」

自分の事は脇に避けて、セイリンの話にのめり込むが、彼女は首を傾げて苦笑いをしただけ。レインへの言及は、諦めているらしい。そうであるならば、これ以上は不毛だ。リティアにでも分かるセンの話題へと、移る。

「ずっと、ディオンさんのブレスレットに居ます。時々声をかけますが、笑うだけ。こちらと話す気は、なさそうです。」

「それでも、人形は作るんだろう?」

セイリンに、指で頬を突かれた。リティアは、笑顔を作る。

「勿論です。サクヤさんもカノンさんも…。お二人が望む形で…」

言い終わる前に意識が遠のき、気がついた時にはケルベロスとスズランが一緒にベッドで眠っていた。何故か、セイリンが居ない。気が付かない事なんて、あるのだろうか?リティアは、リガとリンノが隠れていない事を確認してから、急いで着替えた。


 眠そうなケルベロスを揺らし、リティアの絶対的な味方のクラゲに記憶を見せてもらう。セイリンは、リティアの眠りが深くなったところで、ディオンと共に出て行ったようだ。クラゲは、リティアの傍を離れずに浮遊していた。ケルベロスは、好きにさせておけ、と言うから、リティアはクラゲと共に窓から飛び降りる。ケルベロスのため息を背後に聞きながら、大聖堂を出て行く。寝静まった街を走るリティアを追い抜かすような、

「脱走兵か何かですか?」

リンノに捕まる。勝てるわけがないと知ってはいたが、この時間からセイリンを追わせてくれるとは思えなかった。

「セイリンちゃんの元に、行きたいんです!」

「リティア。先に、レイン様が行ってますよ。」

リンノに抱き上げられて、クラゲはリティアの胸に乗った。意味が分からない。

「え?」

「恐らく、押し問答を続けているでしょう。では、私達も合流しましょうか。」

間抜けな声を出すリティアを抱きしめたままで、リンノが風に乗る。王国団本部が、見えてくる。そこを通り過ぎて、やはりダイロが言っていた別荘へと向かっていく。ピリピリ、と肌に触れる雷の精霊は、リルドのところの子達だ。リティアの行動を監視している。先に居るのかもしれない。そう思いながら、人間の営みを感じない冷たい屋敷の前に降り立つ。開け放たれた門、破壊された扉、そして噎せ返るような汚物の匂い。リンノがハンカチで、リティアの鼻を押さえようとするが、リティアは断った。知らない匂いではない。錆びた鉄の匂いは、祖父を奪われた日を思い出させる。腐臭は、祖父母との生活か、昼のあれか。

「…セイリンちゃん。きっともう。」

リティアは呟きを途中で飲み込んで、リンノを見上げる。光の蝶が先導してくれ、夜空よりも暗い建物内に足を踏み入れた。絨毯が、土だ。リティアが、絨毯に乗せた片足を持ち上げると、屍人形が躍り出る。光の蝶達が、人形達にぶつかりにいく。セイリン達の声が、何も聞こえない。恐らく、地上には居ないのだろう。

「クラゲさん。」

リティアの手首に巻きついたクラゲに軽く口付けし、リンノの手を握る。彼の指から、不自然な緊張を感じる中、

「リンノさん、頼りにしております。」

彼を鼓舞する為に微笑むと、彼の両腕に包まれた。温かい。光と風が、乱舞する。蝶に負けじと迫りくる人形を、その精霊の乱舞が弾き飛ばした。乾いた土に戻る人形達。土の絨毯が崩れて、地下階段を見せてくれる。リンノにエスコートされながら、階段を降りていく。そして、以前大聖堂の地下にあったような土壁の通路が現れた。目の前が、三叉路だ。あの時とは異なり、全てが開けている。クラゲが発光し始め、視界を良好にしてくれる中で、蝶が3方向に飛んでいき、リンノが瞼を閉じた。リティアは、彼を待つ。

「リティア。セイリンとディオン、そしてレイン様は右です。しかし、リリィ婦人は左。真ん中は罠です。恐らく、レイン様が2人を誘導したかと。」

ゆっくりと瞼を持ち上げたリンノを見上げて、頷くリティアは、

「では、真ん中から潰します?なんて、言えるだけ強かったら良かったんですが、私はリンノさんが居ないと、何も出来ませんから、母の元に直行します。」

左へと手を引っ張る。リンノの眉を下げる様子が、クラゲの光で鮮明に見えた。大判の光の蝶が、リティアの前に現れて、勝手に文字を刻んでくれた。それは、リティアが今言った言葉を一文一句間違える事なく、だ。その蝶に天井へ止まってもらい、リンノからエスコートを受ける。クラゲが、少し前を浮遊する。

「私としては、戦えたとしても止めて頂きたいですね。追ってきているリルド様に、置き手紙でもしておきます。」

「ふふっ。では、リンノさん。一緒に頑張りましょう。」

優しく微笑む彼に、リティアも微笑む。屍人形になりきれない何かが壁から頭を出した時、リティアは笑顔で、

「お母さんのところまで、案内して下さい。」

そう伝えれば、不完全な人形達が首を傾げるつつも、指を指す。ありがとう、と感謝を伝えて、そのまま彼等を通り過ぎていくと、リンノが何度も振り返った。

「どういう事ですか?」

「よく分からないんですが、以前、大聖堂の地下に落ちた時に、床から出てきたああいう子達は敵意はなくて、怯えるように隠れたので、同じ子達かなって思いまして。」

リティアに同意するかのように、あちらこちらで顔を出して、頷く不完全な人形達。リティアが手を振ると、彼らもまた振り返し、リンノの眉間にシワが寄り始めた。

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