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772,姫騎士は委ねる

 リティアに急かされ、冷めたオムライスを口に入れたが、思いの外熱かった。リルドから、更に追加のオムライスを押し付けられる。

「何故、温度が下がってないのですか?」

「それは、俺が魔法で温め直したからだよ。ほら、早く食べないと、リティがスプーンを手に取ったよ。」

リルドが質問に答えてくれた横で、確かにリティアがスプーンを握っている。追加のオムライスを彼女が食べるのかと思ったが、オムライスを乗せたスプーンは、スズランの口へと運ばれる。スズランは大きく口を開けて、美味しそうに食べた。魔石を食べるスズランからしたら、腹に溜まらないだろうに、もっと、もっと、とリティアに催促をしている。セイリンと同じタイミングで食べ終わったスズランは、ニコニコと見上げてきた。ああ、可愛い。彼女を抱きしめて立ち上がると、シェクレが瞬きしながら見ている。

「如何しました?」

「いえ。んー。そうね。その龍の子は、柔らかいブレスレットが良いって言っているわ。」

セイリンが聞きたいものと、シェクレから返ってきた答えが噛み合わない。反射的にリティアを見てしまったセイリンだが、彼女もニコニコしている。

「2対1で、お兄ちゃんの負けです!」

「セイリン姫は篭手だから、グローブ側だよ。」

そして始まる、仲良し兄妹の謎会話。セイリンからしたら、どうでも良いのだが、彼女達はそうではないらしい。

「どうでも良くないでしょう?可愛い格好に限らず、オシャレして好きな人とデートしたいんじゃない?」

一瞬、心でも読まれたのかと思った。シェクレの発言で、セイリンの視界からリティアは消えた。シェクレだけを凝視する。ふふっ、と笑う彼女。

「セイリンさん。私は、きーちゃん達のお母さんよー?早く、待ち人の所に行きなさないな。」

グイッ、と手を引くのは、リティア。セイリンの記憶にある笑顔で、彼女に連れられる。スズランが、両手を挙げて喜ぶ。玄関を出ると、カノンとナックがラドの肩に座っていた。リティアの胸にナックが飛び込み、カノンがナックを叩く。

「男なんだから、リルドちゃんの方に行きなさいよ!リティアちゃんは、可愛いカノンちゃんと歩くの!」

小さい2人が、ワーワーギャーギャーとやっていて、誰しもが目を細める中、例外が1人。ラドの大きな手が、2人を頭を掴み、

「黙れ。」

「ラド、暴力は駄目だろ?結界の中なんだから、外には聞こえないさ。」

2人を見下ろすラドを、リルドが諭す。そして、カノンもナックも、リルドが小脇に抱えた。勿論だが、2人は怒る。

「今から、リティはセイリン姫と雑貨屋を周るんだって。もし行くなら…1人だけだよ?」

「カノンちゃんが行く!」

リルドの勝手な予定変更に、懸命に手を挙げるカノン。おかしい。リティアを大聖堂に連れ帰るのでは、なかったのか。リティアは、驚かない。元より、内輪では決まっていた事なのだろうか。やはり、疎外感に苛まれる。セイリンの前で、ナックが溶けた。全身に緊張が走る中、何事もなかったかのように、氷の結晶が発生して、ナックが出来上がる。束縛から解放されたナックは、リルドの肩に乗り、

「あー、はいはい。いくら何でも、女女している店は遠慮するよ。護衛は、どうすんのさ?」

犬でも追い払うかのように、カノンを手で払う。頬を膨らませたカノンは、リティアの腕に乗った。クラゲがふわふわとやってきて、リティアの手首に触手を巻き付けて、ブレスレットのサイズまで縮んだ。スズランが、カノンに顔を伸ばす。リティアよりも遥かに小さい手が、スズランの頭を撫でた。リルドは、ラドの肩を拳で軽く叩き、

「ラドが、付く。俺は、一番隊として列に戻るから、ナックは一緒な。」

そう言うと、一瞬で姿を消した。リティアは、シェクレにお辞儀し、

「シェクレさん、ご馳走さまでした。行ってきます。」

「ええ。気をつけて、いってらっしゃい。」

笑顔のシェクレに送り出されるのであった。


 大行列は折り返し地点を過ぎたようで、こちらに戻ってきているらしく、人集りが膨れ上がっていた。混雑する箇所を避けて、若い女性が好みそうな小さな店に入る。カノンは人形、スズランはぬいぐるみのように見せかけて、持ち込む。ラドだけは、店内を一瞥して出て行った。久々のリティアとの買い物だというのに、セイリンの心は弾まない。失礼のないように、何かあったら守らねば、そんな事ばかり考える。カノンが見上げていて、心を見透かしているように思えた。しかし、彼女は口を開かない。だから、こちらも知らないフリをして、リティアの愉快な買い物に付き添う。レースリボンのブレスレットへ手を伸ばしたスズランの為に、セイリンが代わりに取った。リティアは、草の立体刺繍のブレスレットが気になるらしい。このラメの爪と、どちらとも合う気がしないのだが、2人とも真剣な眼差しをブレスレットに向けている。

「セイリンちゃんは、どれにしますか?」

「いや、私は何も要らない。どれを付けても、これは浮いてしまう。」

懸命に探してくれているリティアに失礼だと思ったが、本心が口から滑り出した。リティアの瞳が、揺れる。カノンから無言の圧力を肌に感じたが、ぐっと堪えた。何も言わないリティアは、スズランが指さすレースリボンをつまむ。それをカノンが受け取り、

「せーちゃんがそう思っている間は、何をつけても目立つよ。馴染ませるのは、貴女自身ね。」

そう言うと、スズランの手の中のブレスレットと交換した。カノンの意見に賛同も否定もしないリティアは、持っていたブレスレットを商品棚に戻す。カノンの冷ややかな眼差しを受けるセイリンは、踵を返すリティアを追いかける前に、スズランの手にあるものだけ会計して、それから駆けつける。外に立っていたラドにまで、冷たさを感じるセイリン。彼は耳が良い、と彼の義母から聞いている。きっと、リティアの機嫌を損ねた事がいけないのだろう。セイリンが、背中を丸めそうになった時、リティアの手首からクラゲが膨れ上がった。

「クラゲさん、応戦にいきましょう。」

「行かないで下さい。あそこで、貴女様のふりをしたリガが戦っております。2人も聖女が現れたら、おかしいでしょう。」

ラドに肩を掴まれる彼女。セイリンは状況の把握の為に、素早く見渡す。祭り状態の民の声の中に、悲鳴が混ざっていた。ここからは、民の背中しか見えないが、大行列の中心の方では何かが起きているらしい。自分より背が低いリティアですら、分かるというのに、自分の事で頭を埋め尽くしている己に腹が立つ。

「私が、行きます。スズラン、頼めるか?」

セイリンが、龍装具を腰のベルトから外すと、スズランはすぐさま大きくなる。何も言わないラドと、

「絶対に、無理はしないで下さい。私は、セイリンちゃんとスズランさんを喪いたくありません。」

過剰なまでに心配してくるリティアの対比が、凄い。彼女に軽くお辞儀をしてから、スズランに跨げば、一気に騒ぎの中心に飛んだ。ケルベロスが威嚇をする先、騎士団が蹲る。リルド含む少数の魔法士団の精鋭は、蹲る彼等の肩を揺らす。それ以外、何もない。敵は、居ない。ケルベロスの上から降りたリティアの影武者が、騎士団達に触れた時、魔法士が付いていない騎士の剣が、彼女の心臓を突くかのように、肉に食い込んだ。赤い血が流れ、セイリンは考える間もなく、先程こちらを追いかけた騎士の恥晒しにランスを投げ飛ばす。ケルベロスの後ろから駆けつけるディオン。彼女を守れた筈だ。なのに何故?セイリンのランスは光の蝶に弾かれて、恥晒しを仕留める事が出来なかった。

「リンノ!貴様!」

声を荒らげたセイリンは、お飾りのレイピアを握り、スズランから飛び降りた。リティアを狂わせたと言っても過言ではない男を殺す為、突進したが、いとも簡単に躱される。

「セイリン。武器を収めなさい。状況把握が出来ていない貴女は、仲間割れの主犯となりますよ。」

「聖女様、ご無事ですか!?」

白い装束を赤く染めたが、ディオンの助けなしに立ち上がる影武者。突き刺された剣を乱暴に引き抜き、傷が治る様を見せてくれる。これが、魔法か。リンノを放置して、影武者へと駆け寄ると、影武者に手を握られた。リティアそっくりの質感に、リティアではないかと見間違えてしまう。

「勿論、大丈夫です。操られた騎士達から、武器を没収して下さい。あと、手足を縛る事を忘れずにお願いします。ケルベロスさん、先に帰って、魔石を取り除く儀式の準備をします。」

テキパキと指示を飛ばす影武者は、リティアと何ら変わらない。リティアも狼狽える事なく、冷静に事を進めるだろう。魔法士達は、かなりの人数の騎士達を縛る為、少々時間がかかりそうだ。握られた手が離れ、セイリンが影武者に視線を戻すと、

「セイリン姫、リティア様を大聖堂に戻して下さい。騎士の手当ては、我々が行います。」

「承知致しました。」

早口で指示され、セイリンは深々と礼をした。ランスを拾い上げ、スズランと並走しようと地面を蹴った際、身体が軽々と跳ね上がる。空に飛び上がる予定ではなかったというのに。違和感を覚える跳躍の中、スズランに飛び乗って見下ろすと、リンノがこちらを見上げていた。肩を竦めて踵を返すリンノ。彼の魔法かと思ったが、礼の声は出ずにスズランの飛行に身を委ねた。

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