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771,姫騎士は却下される

 美味しい筈の手作りのお昼ご飯に、手を付けられない。スズランが、リティアが、セイリンと目が合っている。声が聞こえる気がしたが、言葉として捉えられない。腹の中から湧き上がる感情の大波を、止める事が出来ない。

「我が子の仇!!何処に居る!!」

セイリンの口から、セイリンが望まぬ言葉が飛び出し、リティアの表情を曇らせる。スズランのきょとんとした顔の上から、リルドに覗かれる。リルドの手が、セイリンの顔に近づき、セイリンの意志とは関係なく、その手を振り払う。リティアとリルドが何かを話して…、セイリンを2人して抱きしめた。瞬く間に、音がクリアに聞こえるようになる。湧き上がっていた感情の波が、静かになる。何が起きたのかが、全く分からない。セイリンが、自分の意志で口を開いた。

「ハクビシンが、怒ったのだと思います…」

それしかないから、そうしか言えない。驚かれるかと思ったが、2人の反応は至って何も変わらない。リティアには以前伝えていた為、憶えているのかもしれないが、リルドも驚く素振りはなかった。

「他人の身体に居座らせてもらって、身体の権限を奪う輩なんて、追い出してしまいなよ。」

「追い出さなくても、話し合えば分かると思います。」

セイリンから手を離した2人。リルドが肩を竦め、リティアは首を横に振る。スズランが心配そうに、セイリンの膝に乗ってきた。セイリンは、2人を交互に見比べる事しか出来ない。

「ハクビシンさんが怒っている人が、もし豪雪地帯に居た獅子さんだとしたら、私達は獅子さんと戦いましたが、押し勝つ事は出来ていません。ただ、悪さをしている精霊さんに、獅子さんから出ていってもらうと、穏やか表情になって住まいに戻られました。」

リティアの説明で、再びセイリンの心が波立つ。ハクビシンの仇は、この獅子で合っていそうだが、リティアの次の言葉で、

「元に戻られたら、お優しい獅子さんでしたよ。」

石を1つ、水面に落とされた感じだ。困惑しているハクビシンの感情。恐らく、ハクビシンが見た獅子は、優しくないのだろう。子を食べたのだ。優しいなんて、言葉は合わない。セイリンにはどうしようもない、ハクビシンの戸惑いの渦に飲み込まれている中、リルドがセイリンの頭を撫でた。

「ハクビシン、セイリン姫の身体を使って戦っては駄目だよ。彼女は、君とは別の存在だ。君の子どもよりも若いかもしれない娘を、死地に立たせてはいけない。」

《そんな事、分かっています!我が娘に、気安く触れないで!》

セイリンの頭の中に、女性の金切り声が響いた。リルドに聞こえているとは思わないが、口にするのもどうかと思って静かにしていると、リティアがソファのアームに座る。

「その憎しみの矛先を今後、セイリンちゃんに向けないで下さい。貴女が娘と言った彼女に、その怒りを感化させた事、私はなかった事にしません。」

《…それは、失礼しました。久々に、感情が膨れ上がったのです。して、白龍の娘。記憶を見せてはくれませんか?》

リティアとハクビシンが、会話している。ケルベロスやスズランとも、会話ができるとは聞いていた。これが、そういう事なのか、と理解できる。リルドのムスッとした表情が、セイリンを下から覗き込む。一瞬でもリティアと錯覚するくらいに、よく似た表情。セイリンは、彼の顔に見惚れてしまった。

「リティの記憶を?彼女が許すのであれば、該当の位置だけだよ。」

「良いですよ。良いんですけど、見た後にリガさんを絶対に責めないで下さいね?」

リルドとリティアが、セイリンの前で手を繋ぐ。そして、2人のもう片手がセイリンの肩に触れてきた。落下する感覚が襲ってくる中、悲鳴を耐えるしかなかった。


 氷で出来た大きな鳥は、あまりに幻想的で目を奪われる。ピースが、その鳥にしがみついている。鳥と戦う白い獅子に、ハクビシンの感情が暴れ出す。彼奴だ、彼奴を殺せ、と鳴き叫ぶ。セイリンは、動く事はできない。リティアの小さな手が、鳥に触れる。リティアの周りに、光る丸い物が集まってくる。リティアの瞳には、セイリンには見えていない物が映し出されていた。彼女との相違点が、多過ぎる。知ってしまったからには、互いの立ち位置を戻す事は出来ない。荒ぶる獅子の中に、リティアに近づいていた光体が入ると、獅子の身体から力が抜けた。大きなガラス玉の瞳が、『こちら』を見る。

《白龍の娘。》

頭の中で、そう聞こえた気がした。唐突に背中に激痛を感じたと思ったら、視界から鳥と獅子の姿は消え、代わりにテーブルの上のオムライスが、静まり返っている。リティアの手が、肩から離される。リルドの手も、離れる。同じ顔が、こちらを見ている。2人から視線を浴びるセイリンは、

「ハクビシンは、あの獅子であると鳴き叫びました。」

目を伏せた。ハクビシンの怒りが、収まるわけはない。しかし、今は何かから解放された気分だ。

「いつかは、セイリン姫の身体を出ていき、仇討ちに行くだろうね。居場所を知ったんだ。けれど、こちらは施しを与えたのだから、礼は期待しているよ。」

笑うリルドは、見返りを求めている。リティアだったら、絶対に出ない発言だ。案の定、リティアは額を押さえて、小さく息を吐いた。セイリンの膝の上のスズランが、首を傾げる。セイリンも、何て返せば良いかと困っていると、

《充分に、期待してくれて構いません。》

ハクビシンが、笑った気がした。茶を飲んでいないというのに、セイリンは身体の中から温かくなっていく。セイリンの手が一瞬だけ、毛むくじゃらになった。血の気が引いたが、すぐにいつも通りの手になる。しかし、指の爪は、マニキュアを塗ったかのように若草色に変わっていた。光を反射して、キラキラと輝く砂が入ったマニキュア。シェクレが、それをラメと言った。爪を立てて外そうにも、取れる気がしない。リティアの瞳が、マニキュア以上に輝き、

「魔石が、爪と混ざり合ったみたいですね!」

「まさか、セイリン姫を半魔獣にしてくるとは予想外だったよ。まあ、魔法は使えないだろうけど、スティックなしに魔術は使えるだろうね。」

そんな彼女に、目を細めるリルド。セイリンの手を掬ってきて、こちらに微笑んだ。

「セイリン姫。これは、切り札だ。隠しておいた方が良いよ。何かの時には、君を助けるものとなる。」

「折角ですから、手首にブレスレットでもつけましょう!きっと、可愛いです!」

リティアも、セイリンの手を包む。自分の事を話している2人の間に、自分を感じられない。置物のように、取り残された気分だ。2人の瞳は、互いを映し、セイリンを見ていない。

「リティ、オシャレじゃないんだよ。」

「お兄ちゃんこそ。木を隠すのならば、森の中だよ。皆に見せびらかして、『オシャレ』であると思い込ませるの!」

リティアの暴走を止めようとするリルド。敬語が外れたリティア。セイリンは、そんな2人を近いような遠いような距離で眺めるだけ。

「普通に、グローブで良いよ。」

パッ、と出現した白いレースグローブが、セイリンの腕に落とされ、スズランが手に取って遊ぶ。

「そんな事言って、私には装飾だらけの服を贈ってくるよね?セイリンちゃんも、可愛い物が似合うの!」

リティアは、セイリンの手に青いサテンリボンを巻く。これは返さないと、リンノが怒る品だ。ぼんやりと眺めていたセイリンだが、気がつけば2人から熱い眼差しを浴びていた。どうも、置物ではなかったらしい。セイリンは眉を下げ、

「篭手をつけていれば、ランスを持っていても違和感なく歩けますよね。」

2人の提案を退けたが、

「駄目だよ!」

「駄目です!」

同時に却下されるのであった。

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