770,姫騎士は爆音を立てる
祝!770話!
セイリン達は折角の夏季休暇ですが、思いっきり振り回されてます。これからも、もう暫く振り回されます。仕方ないですね。
偽物のリティアの隣を護衛するカルファスに、気味悪さを感じるセイリン。リンノのジェスチャーを受け、スズランと一緒に護衛の行列から外れた。スズランが飛んでいるだけで、民の弾んだ声が聞こえてくるが、彼らの目当ては『聖女』だ。簡単に、人目のつかない住宅街の中に隠れる事が出来た。スズランが、ぬいぐるみの大きさまで戻ると、龍装具を器用に脱ぎ捨てる。それをセイリンが拾い上げ、キリンの家を目指す。ソラは、いつも通り図書館だろうし、ミカは道場で世話になっていると、リンノから聞いた。セイリンは、与えられた仕事をこなすだけ。スズランが先導してくれて、何処に降りたのかも分からない道から、中央広場の傍まで出てきた。そうなると家まで、もうすぐそこだ。ここからは、セイリンでも分かる。可愛いスズランを抱き上げて、頭を撫でて褒めながら歩いていると、背後から視線を感じた。ゆっくりと振り返って相手を見定めれば、仕事中の筈のジェスダ。こちらが気がついた事に喜ぶかのように、駆け足で迫ってくる。
「責務怠慢ですか?騎士として、恥ですよ。」
「ま、まさか。ディオンの代わりに護衛して良い、と言われている。」
セイリンが冷ややかな眼差しを向けると、ジェスダは慌てるように首を横に振った。キュウ?と鳴くスズランを待たせるわけにはいかない。この子は、早くシェクレやリティアに会いたい筈。だが、セイリンは納得がいかない返答に、腹を立てていた。
「誰に?」
「先輩方だ。」
半歩下がって睨むと、じりじりと迫りくるジェスダ。キリンの家に逃げ込んでも良いが、セイリンが再び出てくるまで離れないだろう。お飾りのレイピアではなく、背中に背負っているランスに手を伸ばすセイリン。
「隊長クラスからの許可でないなら、すぐに任務に戻って下さい。私は、まだ仕事中です。」
スズランが小刻みに震え始め、セイリンはランスを抜いた。ぎょっとしたジェスダは、セイリンから数歩下がっていく。
「な、何故?セイリンも、聖女様から離れたじゃないか。」
「私の仕事は、公にされていません。それに、貴方に言う必要もありません。邪魔立てするようでしたら、ここでディオンを呼びますよ。可愛いスズランに頼めば、すぐに来ます。」
スズランに頬擦りをすると、彼女も鳴いて応えてくれる。おどおどとするジェスダが、
「まるで、俺が変質者か何かのような扱いをしないでくれ。本当に、護衛として…」
「このランスは聖女様をお守りする為に、聖女様から直々に頂戴したものです。私は、あの方の為にだけ、動きます。」
再び近づいてきた為、セイリンは口からでまかせと共にランスを空へと掲げた。キラキラと輝く銀色の龍の鱗。恐らくは、スズランの母親の物だ。そうだと思わせるくらいに、スズランはランスを喜ぶ。そうなると、レインからの贈り物だ。できれば、不要な人間殺しはしたくない。威嚇のみで、留めておきたい。ジェスダは力なく尻餅をつき、
「…セイリンは、俺に冷たいよな。俺は、お前と仲良くやれたらと思うのに。」
「勘違いしないで頂けませんか?貴方様は、私が望んだ婚約者候補ではありません。民を守れる強き者と、共に在りたいと常々望んでいるのです。今の貴方様に、それだけの力がございますか?そうではないのでしたら、他の貴族令嬢と甘酸っぱい恋を楽しまれて下さい。」
不満を垂れ流す愚か者を見下ろし、ランスを首に突きつける。半べそをかき始めた男に、心底げんなりとしているセイリンの耳に届いた自分を呼ぶ声に、セイリンはすぐさま振り返る。魔法士団の団服ではなく、聖職者としての正装をしているラドの仏頂面が視界に飛び込んできた。首周りが、パツパツできつそうだ。元より鍛えている身体なだけあって、普段のスタンドカラーのシャツでさえ、ゆとりがなさそうだったというのに、今は食い込んでいるのではないかと、心配する。
「ラド先生…?お仕事は?」
「お前が遅い。」
言葉が足りな過ぎるラドだが、セイリンはリティアが首を伸ばして待っているのだ、と理解した。恐らく、ラドに聞いたのだろう。彼女を待たせて、ジェスダの相手をしている時間が勿体ない。
「申し訳ございません。今、行きます。」
ランスを戻して、ラドに駆け寄るセイリンに、
「やはり、その教師と関係を持ったのか!」
怒鳴ってくるジェスダが、勢いよく立ち上がって、大股で迫ってきたが、
「寝言は寝て言え。」
ラドの大きな手が、ジェスダの頭を掴んだ。セイリンにまで軋む音が聞こえ、ジェスダの顔が歪んでいく。
「先生…!一応、ジェスダ様は中級貴族でして」
「それが、どうした?兄と伯父の名は、馬鹿みたいに名が知れている。」
セイリンは彼の手を止めようと、スズランをその腕に乗せる。スズランの重さで下がるかと思ったが、軽々とスズランをもう片手で掬い上げ、ジェスダの頭に降ろした。怒って悲鳴を上げるスズランと、重さに耐えられなくて地面に逆戻りするジェスダ。急いでスズランを持ち上げたセイリンは、必死にスズランに謝る。
「…な、何だ、あんた?」
「伯父に関しては、討伐対象だ。」
丸い目のジェスダがラドを見上げると、虫を見るような目をラドに向けられている。セイリンが、懸命に記憶を手繰り寄せるが、父から魔法士団の団員の伯父が討伐対象なんて聞いた事がなかった。ラドの実の父親は魔獣の為、あり得なくはないのだろうが。
「んん?」
「騎士団は、知らないのか。俺は、俺に与えられた氏を名乗る事を好まん。だが、あの方が名乗れと仰られるのであれば、それを翳して戦いに明け暮れよう。」
理解が追いついていないであろうジェスダと、セイリンを放ったらかして、ラドは語り続ける。空を浮かぶクラゲが、ラドの頭上に落ちてきて、発光した。ラドは口を閉ざして、踵を返す。セイリンは彼を追いかけ、スズランの小さな手がクラゲの触手と握手した。ジェスダを振り返ると、ぽかんと口を開けて、間抜けな顔をしていた。
出来合いの食事が出てくるのであろうと思っていたが、リティアの手料理を振る舞われて動揺するセイリン。仮面を外したリルドが、リズムに乗っているようなご機嫌なスズランを膝に乗せている。以前、リティアが一生懸命練習したオムライスをセイリンの前に置かれた瞬間に、
「リティ、俺には?」
子どもみたいに強請るリルド。セイリンは、若干引いたが、
「お兄ちゃんは、お腹いっぱいですよね?」
リティアは引く素振りすらなく、普段からの会話のようにサラッと流す。キュウ!キュウ!と鳴くスズランの隣では、クラゲが発光していた。ラドは家の中に入って来なかったが、カノンとナックが軽食を運んだ。セイリンは、リルドの羨望に満ちた眼差しを向けられながら、食べるしかない。しかし、一口どうぞ、とも言えない。そこまで仲は良くない。シェクレが、おやつとしてドーナツを持ってきて、スズランが手足をバタつかせる。リルドが、そんなスズランにドーナツを千切って口に運んでくれた。スズランが、面倒見の良い彼をキラキラと輝く瞳で見上げると、
「ごめんね、君の旦那さんにはなれないんだ。」
苦笑するリルド。予想外の返答に、セイリンは口に含んだご飯を吹き出しそうになり、寸のところで堪えた。キュウ…、と悲しそうな声を上げるスズラン。
「君の気持ちは嬉しいけど、この一族は同じ血を守り続けているから、他の血である君を入れるわけにはいかない。」
リルドが、優しく諭す。スズランは、彼の膝の上で背中を丸くしていく。本当に、そういう会話をしているのだろうか。セイリンはスプーンを止めて、2人を凝視してしまう。
「私達の祖先は龍ですから、スズランさんは親近感が湧いたんですね。」
「…リティ?」
オムライスをもう1つ作ってきたリティアに微笑まれ、セイリンの心が揺さぶられた。リティアが、龍?彼女は、何を言っている?何の悪い冗談だ?人が、龍なわけがない。セイリンが持つスプーンが、歪んでいく。リティアの小さな手が、
「私達は、白龍の子孫なんですよ。古代魔獣の獅子さんが、そう言ってました。」
セイリンの手に触れてくる。ドクン、ドクン、と自分の鼓動が爆音を立てた。




