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767,姫騎士の予想に反する

 リンノに押し付けられた聖職者の装束に着替えたセイリンは、動きづらいコルセットを軽く緩めて、リティアから丸い目で見られてしまう。

「ふ、太ったわけではない…」

何故、言い訳をしなくてはいけないのか。自分でも分からないまま、リティアから目を逸らす。暫くの沈黙の後、勢い良くリティアが扉を開き、

「リーフォックさーん!」

聖職者の名前を叫ぶ。何が起きたのか、理解ができない。リティアに呼ばれたリーフォックは、リファラルのような微笑みを浮かべながら、部屋を覗きに来た。着替えが終わったといえど、脱ぎ散らかしているセイリンは、慌ててソファの裏に隠す。

「男性用の服を貸して欲しいんです。セイリンちゃんは馬に跨るので、スカートだと捲れてしまいます。」

「承知致しました。今、ご用意致しますから、お待ち下さい。」

リティアが勝手に話を進めて、リーフォックの手の上に畳まれた装束が現れた。リティアは、その服を受け取り、可愛らしく髪を揺らして、

「ありがとうございます!」

元気なお礼を言う。こちらからは見えないが、きっと満点な笑顔を浮かべているのだろう。リーフォックは、ニコニコとしながら退出した。すぐさまリティアが迫ってきて、セイリンは再び着替えさせられるのであった。


 リンノと同じ格好をしているディオンに、鎧をつけさせようとするリティアは、ステーキに手を付けずにパンとシチューだけを口に運んでいた。リンノの鋭い眼差しが、そのリティアを貫く。

「リティア、他の料理も食べなさい。毒味も終わっています。」

「リンノさんが用意してくれた料理に、そんなものが入っているわけありませんから、後程ゆっくり頂きますね。」

彼女も彼女で折れない。折角のステーキが冷めていく中、ディオンが目を細める。

「リティアさんは、リーフィさんのお帰りを待っているのですね。自分だけ、食事が終わらないように、と。本当に、お優しい方です。」

セイリンの皿にサラダを追加で乗せると、別皿に残りのサラダを盛り付けるディオン。リティアはクラゲと手を繋いで、頷く。

「はい、一緒に食べるんです。私の我が儘ですから、皆さんは食べてて下さい。」

嬉しそうなリティアは、セイリンの記憶では自分に向けられていた表情だったというのに、今は別の人間へと向いている。カチャ、とナイフを皿にぶつけてしまった。それ程煩くはないが、それでも気になるのは、貴族の性。リンノの視線が痛い。セイリンは、2切れ目のステーキに手を付ける事を止めて、カトラリーを皿の上に置いた。給仕として働いているディオンの眉間が、少しだけ狭くなる。

「私も待とう。リティの目の前しか、食事が残っていないのは、少々目を引く。」

そう言って、セイリンはリティアに微笑んでみたが、彼女の反応は予想に反していた。首を横に振るリティアは、

「セイリンちゃん達は、食べてて下さい。私が食べないのは、フィーさんが、すぐに帰らないようにする口実ですから。」

セイリンの心を確実に斬りつけてきた。以前のような関係を築ける気がしない。何をしても、求めている形にはならない。セイリンは小さな声で承諾して、サラダを口に運ぶ。沈んだ心を抱えながら、リンノから明日の予定を聞かされる。リティアは、王族への謁見をしないらしい。それで良いのかは分からないが、

「聖女様を呼び出すなんて、愚行に気が付かない者達の機嫌を取る必要はありません。」

リンノはため息を吐いた。明日の聖女様は、街を周る。それに合わせて、騎士団も護衛につくようだ。ジェスダも来るのだろう、と思うと、ミカの乱入だけはない事を祈りたい。ステーキにナイフを伸ばした時、リティアの待ち人が帰ってきた。ワンピースから魔法士団の団服に着替えていたリーフィは、何故かピースを背負っている。誰よりも先にリンノの口が開かれ、

「何をやっているんですか?保護者のリガは、どうしました?」

「あ、あの、ピース君が、リガさんと離れる事を嫌がり、リガさんが寮室を片付けに行ってます。」

困ったふうに眉を下げるリーフィの後ろで、大きく頷くピース。リンノが、額を押さえた。そんな勝手に、部外者を泊めて良いものだろうか。

「後程、リガに言っておきなさい。今回は、こちらからも申請を出しておきますが、近々寮を出なさいと。」

リンノが、セイリンの疑問に答えてくれる形となった。本来は、勝手に泊めて良いものではないのだ。それでも、何とかなってしまうようだが。リーフィは、リティアに手招きされて、彼女の隣の椅子に座る。ピースは、リティアの膝に乗り換えて、リティアのステーキを涎を垂らして凝視している。ディオンから、別のステーキを渡されて、目を輝かせた。あれは、ディオンの食事分だ。セイリンがディオンに1切れ差し出そうとした時、

「一応、リルド兄さんからも許可は得たんです…。カノンさんの立ち位置でも、魔法士団内で軽く揉めているらしくて、リーキー様と一緒に道場で世話になるかもしれないって。」

「そちらもですか…。四番隊の中でも、納得していない隊員がいましたからね。しかし、何でもかんでもキリン殿に押し付けると、後が面倒です。宿を押さえておいても良いですが、カノンは見るからに人間ではないですから、ギィダンのようにはいかないでしょう。」

リーフィとリンノが、頭を悩ませている。リティアの瞳が2人を交互に見比べると、両手を1回だけ叩く。

「聖女としては、対魔獣の護衛の方が増えると助かります。」

長らく学校で見ていた微笑みで、ここにいる全員を見渡してきた。

「リティ?」

「ティアちゃん?」

心外だが、セイリンはリーフィと声が重なる。睨みそうになる自分を抑え、リーフィを見ないように、意識的にリティアを見つめる。彼女は、どういう意図で言ったのか。こちらと目が合うような合わないような彼女は、

「リガさんに、聖女の護衛をお願いできませんか?そこには、カノンさんもピースさんも一緒です。」

パンを千切るだけで、口に運ばない。無理矢理にでも食べさせようかと、思ってしまう程、進まない彼女の食事。ディオンに食べさせる予定だった1切れを彼女の口に押し込み、彼女の丸い目と見つめ合う。彼女は、もぐもぐ、と咀嚼しながら、自身のステーキを切ると、フォークに刺して、こちらに差し出してくる。リンノは、今日何回目だろうか、と思うくらいに、ため息を吐いた。

「出向させれば、良いのですね。では、ここはリーフィに任せて、団長に相談してきます。ディオン、弁当か、惣菜か、何か食べますよね?」

「はい。あると、有り難いです。」

食事を途中で切り上げるリンノは、ピースの前に食べかけのステーキを差し出すと、ディオンの肩を叩いて退出していく。ピースの涎が顎から下に落ちていき、リーフィに素早く拭かれた。まだナイフで切り分けた方が良いサイズのステーキをフォークに刺して、大きく頬張るピース。咀嚼中も、口からステーキが見え隠れする状態だ。これは、テーブルマナーを教えなくてはいけない、とセイリンは使命感に駆られたが、

「ピースさん、人前では練習した通りに食べて下さい。」

先にリティアからの注意が入り、ピースの背中が丸くなっていった。


 リーフィと相談したい事がある。リティアにそう言われて、通路に出されたセイリンは、片付けをするディオンに手伝いを申し出たが断られ、腹を撫でるピースと2人きりになった。

「足りなかったか?」

「何だろ、食べた精霊が暴れて、消化不良を起こしてるって感じ。この建物の中の精霊が汚れてて、掃除がてら食べたんだけど、吐き出した方が楽そう。」

リンノの残した分だけだから、仕方ないと思ったセイリンだが、ここでも予想外の答えが返ってきた。一頻り頭を悩ませてから、目線を合わせて質問する。

「…精霊を食べる?もしかして、魔獣なのか?」

「そうだよ?リティアが、ケルベロスに紹介してたでしょ?おいらは、グリフォンの息子だもん!」

何となく分かっていたが、このように面と向かって確認するとは思っていなかった。セイリンは、両手を腰に当てた自慢気な笑顔を見せる子どもの頭を優しく撫でた。純粋にグリフォンの子だと信じてやまない姿が、愛しい。これは皆から愛される、と確信する。ピースは、丸い目から頬を膨らまし始め、

「信じてないだろー!ほら!ほら!翼あるでしょ!」

ポンチョを捲り上げ、腕から生えているブラウンの羽根を見せつけてくるのであった。

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