750,偽物聖女は昇れない
祝!750話!
リティアの帰還です。長旅、お疲れ様でした!
王都を目の前にして、月が沈みかけている。3人の氷が屍人形達を破壊する中、リティアはナックの巨大な氷ゴーレムの体内に放り込まれてしまった。どうしても、戦わせてくれないらしい。自在に風を操るピースは、怖がる聖職者とリカーナをユニコーンと一緒に守っている。リグレスは、リティアを置いていく事を渋っていたが、リファラルに送り出されて、リルドに報告しに屍人形の群れを突っ切る。その道を開くのが、リガとリーキーだ。リーキーの大金槌に弾かれた屍人形は、リガの棍棒に突かれ、氷を身体の内側から爆発させる。リファラルの氷の薔薇が、屍人形が立っている土を覆い尽くし、土での修復を許さない。粉々に壊れた屍人形達は、本来の土の上に落ちたところで、蘇る事はなさそうだ。
「ナック!先に、王都に近づいて良いぞ!」
リーキーが、次々に押し寄せる新しい屍人形を氷のブロックで固めながら、ナックに手を振る。リティアはクラゲを呼んで、ナックの体内でも上へ上へと引き上げてもらっている最中だった。ナックがズシンと足を進めると、リティアの身体はゴーレムの中で遊ばれる。折角、胸部まで昇ったというのに、腿の付け根まで落とされた。クラゲが激しく発光して怒りながら、リティアをもう一度持ち上げてくれる。しかし、ナックが進めば進む程、リティアはピンボールのように動かされ、クラゲの口腕が外れてしまう。精霊が詰まっている故に落下する事はないが、自力では昇れない。リティアは頰を膨らませて、
「ナックさん!大きく揺さぶられて、気持ち悪くなりそうです!」
声を張り上げた。ゴーレムの中で吐き戻したくなどない。ナックに声が届いたのか、精霊達が一斉に上がり始め、リティアの身体も運ばれる。肩まで昇った時には、人々の絶叫が聞こえるまでのところに居た。王都の城壁を軽々と跨ぐゴーレム。リティアは驚きながら、クラゲに引っ張られて肩の上に飛び出す。魔術と魔法が飛び交う街の中に、屍人形が闊歩していた。リティアは後ろを振り返り、
「ナックさん、面白がってますよね?私は、リガさん達の手伝いに行きます。」
クラゲと共に、王都の城壁の外側へと飛んだ。ゴーレムの手がリティアを掴もうとするが、クラゲが上手に躱していき、こちらを見上げたリファラルが広げる両腕の中に、飛び込む。細身の身体だが、リティアが落ちてくる衝撃でよろける事なく、しっかりと抱き止めてくれたリファラルに微笑み、
「流石、私の憧れのスインキーさんです!」
氷の薔薇園に降り立つ。城壁を跨いだゴーレムが、こちらに戻ってきて、
《リティア!王都の中には、沢山の魔法士がいるんだよね!?そっちの方が、良くない!?》
「いえ。ここを皆と切り抜けてから、王都に入ります。」
声が裏返るナックに、リティアは首を横に振る。リーキーは、リティアをこの戦場から離したかった。ナックは、面白がりながらそれに乗っただけ。リティア自身は、皆で王都の門を潜るつもりだ。だからクラゲを抱きしめ、精霊に集まってもらい、傘の形を変わってもらう。魔術陣を描き、落雷と暴風を起こして竜巻を作り出し、屍人形を巻き込んで木っ端微塵にする。
「あと、どれだけ出現するかが分かりませんから、先に王都で休まれてて下さい!」
「王都の中も屍人形達がいて、皆さんが戦っています!」
声を張り上げるリーキーに、リティアも負けじと声を出した。何処に行っても、屍人形がいるのであれば、人が少ないここで戦う。皆と一緒に、勝利を勝ち取る。ゴゴゴ…、と鈍い音を立てる地面。リファラルは薔薇を成長させて、リティアを持ち上げてしまう。薔薇園が真っ二つに分かれた裂け目から、大きな幼虫が顔を出した。そして、屍人形を身体に見合わない小さな口で食していく。敵ではないようだ。不思議に思いながら、その幼虫を眺めていると、王都から光の矢の雨が降ってきた。その矢と一緒に、炎が流星のように飛んでくる。リガの氷の翼が出現して、リティアはリファラルごと包まれた。矢のいくつかは、翼に刺さっている。それ以外は、見事なまでに屍人形に突き刺さり、炎が土を燃え上がらせた。土に還った屍人形の下から生まれる屍人形は、次第に数を減らし、月明かりが弱くなると共に動きも悪くなっていく。陽の光が、柔らかく大地を照らし始めた時、王都の門が大きく開いた。
「聖女様のご帰還だーい!」
リティアは、知っている男性の声に釣られて、薔薇から降りる。腰のポーチから梟の仮面を取り出し、知らない王都の人に顔を見られる事を避け、門の前で手を振る彼へと、振り返した。
「ジャックさん!」
「おかえりなさい!俺達の女神様!」
一番隊の仮面をずらして笑顔を見せるジャックの隣で、仮面のラドが深々と頭を下げている。ラドのもう隣にはハルドは居なくて、代わりにバフィンが立っていた。3人の後ろには、背が高い黒髪のマッシュヘアの男性。彼も仮面で顔を隠していて、一番隊なのだと理解する。ゴーレムが消えて、リティアの頭にナックが乗った。傘のクラゲが激しく発光して怒るが、リティアはクラゲにキスをして、
「戦闘が終わったので、許してあげましょう。」
クラゲを宥める。傘からクラゲに戻って、リティアの肩の辺りを浮遊し始めた。駆けるリティアの後ろをユニコーンに乗ったリーキーが、追い抜かしながら、リティアを掬い上げてしまう。ユニコーンの背に座らせられたリティア。彼を見上げると、目を輝かせて大金槌を構えている。一気にリティアの血の気が引く中、バフィンが鎖鎌を飛ばしてきて、大金槌がそれを弾く。
「腕が鈍ったな!」
「いやー、聖女様に当てるわけにはいかないっすから!模擬戦は、日を改めましょ!」
バフィン目掛けて大金槌が振り下ろされ、バフィンの拳が大金槌をぶん殴った。普通ならば、拳では勝てない筈だが、大金槌が跳ね返されて、リーキーの身体が反る。ユニコーンも引っ張られるように立ち上がり、背を跨いでいなかったリティアは、滑り落ちる。ラドの腕に引かれて、尻餅をつくことなく立たせてもらったが、可哀想にナックは転がった。ナックを抱き上げてから、微笑む。
「ラド先生!お久しぶりです!」
「リティア様、ここでは教師ではありません。ラドと呼び捨てをお願い致します。」
また、深々と頭を下げるラド。黒髪の男性が、半歩だけ後ろに下がり、一瞬だけリティアの視線が彼に向くが、
「では、ラドさん、ただいまです!」
「はい、おかえりなさいませ。我等が聖女様。」
まずはラドの手を握る。次に、ジャックと思ったが、後ろからの金属音で振り返るしかない。大金槌と鎖鎌が、互角にやり合っている。リガとリファラルが、馬車でこちらまで移動しつつ、戦いに目を向けるが、何も言わない。リティアが止めるしかないのか、と声を張り上げようとしたところ、光の矢が降ってきた。それは、センことサクヤの魔法攻撃と同じで、
「サクヤさん?」
ふと、リティアの口から滑り出した言葉に、黒髪の男性の単弓が光る。その彼とリティアの間に氷の薔薇が咲き乱れ、
「ケーフィス殿。彼女を傷つけぬよう、お願い致します。」
リファラルの静かな声が、はっきりと耳に届く。単弓が消えるも、仮面越しに見下されるリティア。リティアも彼を見上げ、そしてジャックとラドの間から手を差し出す。
「ケーフィスさんって、仰るのですね。他の人と間違えてしまい、すみませんでした。私は、リティアと言います。よろしくお願いします。」
「…ケーフィス・テラ。オウカが、世話になっております。」
少しだけ躊躇する素振りを見せたケーフィスだっだが、リティアと握手をしてくれた。一瞬で得意顔のオウカと彼女の力作のケーキの映像が、リティアの頭の中で広がり、頬が自然に持ち上がる。
「オウカさんは、こちらに来られてますか?」
しかし、リティアの期待を崩すように、彼は首を横に振るのであった。




