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735,姫騎士は噛じる

 革職人達に、スズランの身体に合わせた革の龍装具の型紙を起こしてもらっていた時の事だった。血相を変えた母が、ノック無しに部屋に飛び込み、

「侍女達が洗っているあのドレスは、何なのですか!?」

職人達の注目が、彼女に向いた。彼らの手が止まってしまって、スズランは首を傾げると、メジャーを指でいじって遊び始める。セイリンが咳払いして、スズラン含めてこちらを向かせ、

「闘技大会で使用したドレスです。騎士団の団服と同じ生地で、使い勝手がよいのです。」

軽く微笑めば、母が頬を押さえて、

「そ、そうなのですね?我が娘が、自らドレスを新調する事なんて有り得ませんから、てっきり殿方からの贈り物なのかと。」

顔を赤く染める。贈り物である事は否定しないが、肯定する気もない。根掘り葉掘りと、聞かれる事になる。

「…春休暇でも、着用していたのです。鎧の下ですから、分かりづらかったかもしれませんね。」

黒もありますよ、とクローゼットから取り出してみせると、母に奪われた。そして、

「何で、ドレスに折り皺をつけているのですか!これも洗いますよ!」

赤から青に変わった顔の母に、怒られてしまう。ディオンと同じ事を言っている母。どうも、セイリンと感覚が異なるらしい。母は、お付きの侍女にドレスを渡してから、盛大なため息を吐いた。

「キュウ?」

「スズランは、後で身体を洗おう。」

メジャーを手に巻きつけたスズランから、職人達の代わりに、メジャーを取り返すセイリン。おっかなびっくりの職人達。スズランに触れる事が初めてだから、仕方がない。

「大きさが変わる魔獣を家の中に上げる娘が、理解できません。」

「レイン・クレバス様の忘れ形見に、失礼ですよ。」

およよ、と嘘泣きを始める母の前で、スズランの頭を撫でる。可愛いスズランに、なんて失礼な事を言っているのかが、こちらも理解できない。

「それも、どこまで本当の話かも分かりませんからね。」

「それもそうですね。何故、あの方々は、寿命を尽きていても尚、あそこにいるのでしょう。」

事前に何を言っておいても、信じない母に合わせるしかないセイリンは、スズランの為に堪えて、微笑みを作っておく。しかし、その表情を見る事がない母は、

「知りません。ただ、私の一人娘が悪い人間に手を出されない事を祈るしかありません。」

「…魔獣に好んでもらえる私に、悪い男がつくように見えますか?」

勝手に祈り始め、失礼ながら吹き出してしまう。顔をまた真っ赤にした母に詰め寄られ、

「慢心は、大怪我の元ですよ!」

自分よりも背が低い彼女に、笑いが止まらない。この身長差で、リティアの好奇心に満ち溢れた表情を思い出す。涙腺が緩み、

「男なんぞよりも、行方が分からない親友を助けに行きたいのですけどね…」

懸命に抑えていた感情が、ぽつりぽつりと顔を出してしまった。きょとん、とする母に申し訳ないが、セイリンはその場で泣き崩れる。背中を擦ってくれる母。

「へ?どういう事ですか?オウカさんに何か?」

「彼女との縁を結んだ、私の親友は冒険の最中ですよ。なんて。お気になさらず。」

これ以上の心配をかける前にと、無理に笑顔で見上げてから、部屋を飛び出した。


 本日、ミカに振り回わされる人間は、ソラではなくディオンだ。ソラは客室を貸してやり、頼んであった町医者達の話を熱心に質問している声が聞こえている。ミカの子どものような質問の嵐が、走っているセイリンの耳にも届き、何となくそちらで気を紛らわそうと思った。今は、厨房らしい。ディオンに、襟を掴まれて動けないミカは、声だけは騒がしい。

「文化の相違が、大きそうだな。」

「うん!全然違う!って、目が真っ赤ー!」

軽く話しかけただけなのに、ミカにまで心配されてしまうセイリン。ディオンが敢えて何も言わない事は、優しさだ。忙しく昼食の準備をしている料理人達は、お辞儀だけして準備に戻る。セイリンが、そうするように頼んでいるのだ。本来、貴族が覗きに来たら、どれだけ忙しくても手を止めなくていけない。それで、食事時間が変わらないのだから、可哀想で仕方がない。裏口から、山盛りの野菜が運ばれてくる。ミカが、

「うまそー!野菜の育ちも全然違う!何で!」

「土壌の質や肥料と言えば簡単だが、それだけではないかもしれないな。ミカさんの町の畑事情が分かれば、もう少し踏み込めるのだが。」

ディオンに答えにくい質問をするものだから、セイリンが代わりに答えると、ミカの目が揺れる。

「セイリンさんは、静かなとこで休んだ方が良いぞ。無理すんな。」

「ははっ。客人に心配されるとは、情けない。」

何だかんだ優しいミカに、セイリンは微笑んだ。スッ、と手のひらを上にしてみせると、長く務めている料理人の1人が鮮やかなトマトを乗せてくれる。トマトを噛じるセイリンの姿に、見慣れた者達だ。当たり前のように食べ始めると、ミカの目が丸くなっていく。

「うまそうではなく、うまいんだ。ミカも、サラダの状態で食べてみると良い。夕餉は、サラダがなかったからな。みな、火が通っていた。これを食べ終えたら、スズランの元へ戻ろう。」

ディオンからハンカチを受け取りつつも、汁を溢さないように吸いながら食べ進めるセイリン。ミカの話が本当に成り得るのであれば、きっとミカの町の人にも食べてもらえる。いつか、その日を夢見て、民も土地も守っていかなければ。セイリンの自慢の民の努力が、多くの人に知ってもらえるのであれば、セイリンも嬉しい限りだ。その為に出来る事をしなくてはいけない。新鮮な野菜を鮮度を保って運ぶには?出来るだけ早く運ぶには?遠方に運ぶにあたって、考える事は多そうだ。ヘタだけを残して食べ終わったセイリンは、もう1つだけトマトをもらって、ミカ達と別れる。自室に戻り、母の嵐は去ったが、スズランの扱いの難しさに困り果てた職人達に微笑み、スズランの口元にトマトで触れる。

「スズラン、とても美味しいトマトだ。汁が溢れるから、食べ終わるまでは口を開かずに食べなさい。」

セイリンの手を舌の上まで伸ばさせてくれ、しっかりと置いた。彼女は、セイリンの手が離れるまでは口を閉じない。彼女の瞳に手が映るように、手を挙げてみせれば、目も口も閉じて、ブシュっと音が聞こえた。大きな音で、ごっくん、と聞こえ、

「キュウ!キュウ!」

何度も頷いて喜ぶスズランの首を抱きしめる。

「型紙を作ってもらったら、町に出掛けようか。美味しい野菜は沢山あるぞ。」

あと、もう一踏ん張りを職人達に頑張ってもらった。昼食の後は騒がしいミカと共に、午後の視察という名の散歩に出掛けるのであった。


 サンドフィッシュを倒したからといって、絶壁がなくなるわけではなく、崖の返しもなくなっていない。迂回するにも、果てしなく続いているように見える絶壁。ピースが楽しそうに壁を叩く姿を、眺める事しかできない成人達。リティアのみ、目を閉じて壁に触れていて、聖職者達が彼女の周りをうろうろと歩く。ナックの頭に、クラゲが乗った。

「お前ら、仲が良いな。」

「まあ、感覚が近いからね。精霊人形もクラゲも、精霊の集合体だからさ。こいつ、さっきからリティアの心配してる。」

リーキーが手を伸ばしても触らせないクラゲは、ナックの手に紐のような何かを絡ませる。リーキーは腕を組みながらリティアへと近づき、聖職者をそれとなく牽制すると、彼女の瞼が開いた。

「クラゲさん、試してほしい事があります。」

「ほら、空間移動するってよ。」

リティアの頼みを理解したのか、何なのか。ナックがクラゲを投げたが、クラゲは酷く点滅してリティアに近づかない。リティアの方から歩み寄ると、珍しく触れられないように逃げる。

「リティア。空間移動はしたくないってさ。この断層から、空間にズレがあるのは事実だし、そこに気が付いた事は凄いと思うけど、負担になるから嫌だって。」

「そ、そうですか。」

ナックの説明に、リティアが小さく頷く。空間がズレているなんて、リーキーは全く気がついていない。リガやリファラルに視線をやると、二人共が首を横に振る。リティアの秘めた力に驚いていると、地面が大きく揺れた。

「ピースちゃん!?」

リカーナの悲鳴じみた叫びに、誰もがピースに注目する。壁を手で掴んで、『下げている』。どういう原理なのかは分からない。だが、確かに下がっている。ぐぅー!、と腹の音を鳴らすピースに、リティアが駆け寄って精霊を集めると、更に崖は降りていく速度が上がる。そして、

「おお、空間のズレがなくなったー。」

ナックが、愉快そうに笑っているのであった。

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