730,新米長は反省する
祝!730話!2年目の夏休みとなります。マークに断られたミカが、セイリン達に合流しました。テルとミカの成長を見守って下さい。
傷心したミカを慰めるミィリの優しさに甘えて、セイリンの冷ややかな視線を感じる事になる。いくらサンニィール側であっても、少しでも良いかも…と思った相手であり、更に心が抉られる。
「そうだわ。テル君の美味しいパンケーキでも食べに行きましょう?」
ミィリが気を遣って提案したそれに、引っ掛かりを覚えて、ミカは首を傾げる。
「えー?マークが、軟膏を作ってるって言ってた人の名前だな…」
「特にテルは、マーク殿が転校するまで良くしてもらっていたからな。マーク殿が忘れておられないようで、テルも喜ぶだろう。」
ミカの呟きに、セイリンが目を細めて頷いた。ミカより前から、マークと仲が良かった輩らしい。沸々と沸き上がる感情が、ミカを突き動かす。
「おばさんは、そいつの事、良いと思っているのか?」
「へっ!?ミカったら!可愛い生徒に手を出す教師は、ちょっとね…。」
リスペクトしているようだったので聞いてみたが、ミィリの表情が渋くなっていく。明らかに困らせたようだ。これは、失敬と反省する中、
「ぶふっ。」
黄金の篭手と剣を何処かに仕舞ったディオンが、吹き出す。何となく理解して、セイリンをまじまじと見つめるミカに、
「ディオン。」
「し、失礼致しました。」
彼女の視線は届かず、深々と頭を下げるディオンに突き刺さっていた。
厨房に入るな、と言われたから、ギリギリの位置から観察する。カウンターの向こうに座っている少年によく似たもう1人が、鼻歌交じりでフライパンを揺すっているのだ。車椅子の老人とミィリの談笑を何となく聞きながら、オレンジ色の髪の少年を凝視していたら、甘い香りが漂うだけでなく、更に奥にいる背の高い黒髪の女性が桃を薄くスライスしていく。その後ろを歩くピアスをしている黒髪の少女に睨まれ、ミカは首を傾げた。
「キュウ!キュッ!」
龍の子ども、スズランに後ろから鳴かれて、ミカは離れる。カウンター席から黒髪の男2人組の攻撃的な視線を受けつつ、ミィリの隣の席に座る。横のテーブルには、セイリンとディオンが本を開いて指を差し合っている。不思議に思い、首を伸ばすと、
「ミカさんは、魔術陣に興味があるのか?」
魔術陣が一面に描かれた本だった。教科書だろう。見るだけで、げんなりする。こいつら、マークみたいに勤勉なのか。
「そりゃー、アランティア町の魔術士学校は通っているからな?」
勉強が嫌いなわけではないが、マークが勉強し過ぎで、そういう本を見る事が好きではない。
「そうなのか。実は、校長先生の車椅子は魔術で動くように、テル達が改造したのだが、既存の魔術陣をアレンジしたようで、何を変えたのかをディオンと話していたんだ。」
セイリンが本を起こし、老人が乗っている車椅子を指差す。ギョッとするミカ。
「校長?」
「ええ。こんな老いぼれではありますが。」
目尻にシワを寄せる老人は、この街の魔術学校の校長らしい。そうなると、ミカとマークとの出会いを作った相手だ。ミカの背筋が伸びつつ、好奇心は隠せない。
「改造?」
甘い香りが近づいてくる中、屈んで車椅子を観察する。よく見ると、車輪が木製の風車だ。その縁に魔石が挟み込まれていて、魔石製の肘置きの部分には魔術陣が描かれている。
「うん!ソラのおかげで、動くようになったんんだ!」
「いやいや、テルが頑張ったからだ。俺は、大して何もしてない。」
先程料理していた少年が笑顔で皿を置き、カウンターの向こうの似た髪の少年が、首を横に振る。互いに評価し合って、良い関係に見える。
「仲良し?」
「双子な。」
カウンターの向こうのソラという方が、片眉を上げる。パンケーキの匂いに誘われながら、テルを見上げて、
「どう動く?」
車椅子をつつくミカの前で、校長が目を細めながら実演をする。両肘置きに3つの魔術陣が描かれ、後ろの魔術陣に触れると、車輪に挟み込まれた魔石から風が送られて下がっていく。真ん中の魔術陣は風が止まって車椅子も止まる。前の魔術陣で、後ろに下がった際とは別の向きから風が送られて、前へと進むのだ。見た事がない便利な代物に、ミカの目は輝く。テルの両肩をガシッと掴み、
「お前、薬が作れて、飯も作れて、魔術までいじれて、すげー多才だな!」
ニコーっと笑顔を見せると、彼も子どものような無邪気な笑顔になる。そして次の一声は、
「うん!ソラのおかげ!」
双子の片割れに感謝をし、
「いや、薬も料理も、俺はできない。テルの努力の賜物だし、その車椅子は魔術陣の相談を受けただけ。作ったのは、テルだ。」
ソラはソラで、テルを評価する。互いに認め合っているというよりは、テルの自己評価が低く、ソラを上に置くことで安心を得ようとしているように思えるのだ。歪さに、歯痒さと気持ち悪さを感じながらも、ミィリの隣に戻るミカ。そして、
「うめえ!すげー!お前、ホントすげーな!」
パンケーキを頬張り、テルをベタ褒めした。嬉しそうに口角が上がるテル。こいつは、自分の凄さに気がついていない。マークの事だ。俺を称賛する時のように、こいつの事だって褒めた筈。それでも、この歪さを含んでいるのであれば、心に相当な深傷を負っている。隠したって、見えてしまう。分かってしまう。俺だって、他の人と異なるんだから。そう思うと何だか、放っておけない。珈琲をがぶ飲みしてから、慌ててパンケーキを詰め込む。ミィリに不思議そうな顔で見られ、
「砂糖を使う?」
「んっ!」
角砂糖を残りの珈琲に突っ込んで、飲み干した。いつもは、マークの希望で紅茶が多く、殆ど無糖で珈琲を飲んでなかったせいか、とてつもなく苦かった。
「そっか。砂糖は入れない事に慣れていたせいで、先に言わなくてごめんなさい。」
「いや!大丈夫!俺が、紅茶しか飲んでないだけだから!そうだ、山に坑道を開けられる方法って、誰か良い案あったりする?」
何故か、ミカの失敗に謝るテルに、こちらが気を使う事になる。すぐに話を逸らしにいくと、
「阿呆。生態系が壊れるだろ。」
「うっせ!」
黒髪の団子頭の男に怒られ、ハーネットに文句を言うような発言を口から滑らせた途端、金色の矢が頬を掠めた。事前動作は見えず、ミカの背筋が凍る。矢が飛んだのだから、弓がある筈。ジーッと相手を凝視すると、飛ばしたのは団子頭の隣。短い髪の男が単弓の弦を指で弾いていたのだ。凝視しているのは、どうもミカだけではなく、テルの瞳が輝いている。
「危ないではないですか!」
セイリンが怒るが、厨房から顔を出した長身の女性が、首を横に振る。
「ケーフィスさんは、代わりに射っただけ。ケッチャさんが本気で怒る方が…」
「おい、オウカ。」
言いづらそうな女性に睨みをきかせる団子頭。青褪めるかと思いきや、頬を染めるオウカという女性。
「叔父でも従兄弟でも、結婚はできます。」
「おい!貴様も貴様で、阿呆をほざくな!何が悲しくて、娘のように守ってきた姪と婚姻したいと思うか!」
彼女は恍惚とした表情を浮かべ、代わりに団子頭が青褪める。団子頭の隣は、額に手を当てて魘されている。ディオンが小さく吹き出した声も聞こえたが、セイリンにどつかれていた。沈黙が流れ、変な空気が漂う店内。周りを見渡した団子頭が、肩を竦める。
「オウカ。他の店に食いに行くぞ。」
「はい!今直ぐ、身なりを整えます!」
先程の怒鳴りが嘘のように、優しい声色でデートの誘いをする団子頭。オウカは、自身の頬を両手で包み、口角を上げて喜ぶ。団子頭は深いため息を吐き出した後、
「ケーフィス、少し出てくる。」
ふらふらとしながら店から出て行き、その後ろを櫛で髪を梳かしながらついていくオウカ。2人が居なくなっても、空気の感じは変わらない。コホン、と咳払いする残った黒髪の男は、
「そんな目で見てやるな。オウカは、あの人に恩を感じているんだ。言及しないでやってくれ…」
頭を押さえて、カウンターに額をぶつける。
「オウカの本命は、誰なんだろうなー?」
厨房から出てきた黒髪の少女は、首を傾げる。テルの目は、まだ単弓を見ていて、
「それって、触らせてもらえます?」
ミカさんも、そう思うよね?、と何故かこちらにも話を振られるのであった。




