726,偽物聖女は別れを惜しむ
巣穴に戻ったリーキーは、無言でリガの看病をする。ピースは、その隣で何も言わずに座っている。リファラルに心配されたリティアは、自分のポーチに入れてある白濁した2つの魔石を取り出した。それをピースに差し出す。
「ピースさんが、もしお腹が空いているなら…」
丸い目のピースは、震えた手で受け取って口に放り込んだ。魔石の中の精霊が、彼の口の中で溶けていく。
「やっぱり、ずっと空腹でしたね。ケルベロスさんやスズランさんも、そうやって精霊を食すんです。気が付かなくてごめんなさい。」
リティアが彼の頰に触れて、精霊達に集まるように頼めば、ピースの口ではなく皮膚から精霊達が流れ込んでいく。ピースの唇が、震えた。
「何で、そんなに優しくできるの?おいらは、化け物だよ?」
「ピースさんが化け物なら、心の中で色々な昔の人に暮らしてもらっている私も、化け物ですよ。」
ねっ、ナックさん?と、話を振れば、彼の目が泳ぐ。リーキーは、何も言わずにこちらを見ているだけだ。
「…おいらは、皆に嘘をついてた。」
「私は、そう思ってませんよ。」
俯くピースの頭を撫でる。ナックが、ユニコーンに催促されて、彼女の顔を掻いていた。大兎だけでなく、聖職者2人と、リカーナはぐっすりと夢の中。リファラルに見守られながら、リティアはピースに顔を上げさせる。肩で休んでいるクラゲが落ちないように気を遣いながら、ピースの顔を手で挟んだ。
「ピースさんが、私達を傷つけようとした事はありましたか?怖くて怖くて仕方なかった時は、別ですよ。」
リティアが微笑む。ピースの眉が下がって、透明な雫が溢れる。リティアは、このまま言葉を続ける。
「誰も傷つけない優しい貴方が怖がっているのに、平然と傷つけるリダクトさんを理解できません。」
彼としっかりと目を合わせて、少しでも受け入れてもらえると信じる。ピースの瞳は、目を覚まさないリガへと注がれ、
「リガ、リガが起きたら、話す。皆の為にも話さないと駄目だから。ここだけは信じて…おいらのお母さんは、グリフォンだよ。」
「勿論、分かっています。初めてお会いした時のピースさんは、お母さんそっくりでしたから。」
勇気を振り絞るピースに、額を優しく合わせるリティア。突然、彼が胸に飛び込んできて、驚いたクラゲが発光するわ、リーキーの大きな腕がピースを引っ剥がすわ、リファラルがピースを代わりに慰めるわの騒がしさで、
「ぶうぅぅぅ!」
大兎から怒られるのであった。
陽の光で白銀に輝く雪原で屈むリティアは、素手で雪を掘る。昨日使った蟻酸の補充をしなくてはいけないのだ。不自然そうに見下ろす聖職者達と、一緒に掘るピース。ピースのポンチョが、雪で濡れてしまっているのだが、彼は気にせずに蟻を捕まえる。
「お嬢…しかも、ピースまで…。手が、霜焼けになるではないですか。」
「うん、冷たい。」
額を押さえるリーキーに頷くピースから蟻をもらい、リティアは小瓶の上で蟻のお尻を押す。暴れる蟻だが、蟻酸を無理やり押し出されても尚、攻撃しようと頑張っている。リティアが雪の中に戻してから次の蟻を探すと、まだ捕獲出来ていない手をリーキーに引っ張り出されてしまった。
「止めて下さい。」
「採取中です。リーキーさんが、離して下さい。」
負けじと彼を見上げると、ユニコーンと一緒に出てきたナックが大笑いしている。その間に、ピースが更に一匹掴まれたので、採取は続行できた。リーキーには追加で怒られる事にはなったが。朝になっても、リガが目を覚ます事はなく、眠っている彼をリーキーに氷の馬車に乗せてもらう。リティアは大兎の背中に乗って、3日かけて幻覚の雪原の終わりまで運んでもらった。大兎は、雪が減って土が見える地域までついてきてくれたが、棲息地地域を考えると、これより南下しては生きていけない。リファラルの馬車に待ってもらって、何度も説明をするリティア。出発した日の夕方に目を覚ました病み上がりのリガと、ユニコーンに跨ったリーキーに見守られながら、大兎を抱きしめて、別れを惜しむ。大兎が納得してくれて雪原へと駆け出し、リティアはその姿が見えなくなるまで手を振った。雪大兎は、雪原でしか生きられない。人間が肌寒いくらいの気温でも、身体が保たないのだ。旅で出来た友人の幸せを祈りながら、リガに手を取られて馬車へ乗り込む。聖職者の2人が瞼にハンカチを当てていて、リティアは首を傾げた。
「ルナは、魔獣と仲が良かったんだ。そして、リティアもね。この共通点は、血が成すものではないよ。君の人間性だ。」
ナックが笑うと、
「本当に聖女ルナ様が再臨なさったかのように、神々しく…」
聖職者達から拍手を受ける。そんな事を言われても困るリティアは、ナックを膝に乗せて、ピースとリガの手を取って、
「互いに通じ合えれば、誰だって仲良くなれますから。」
ピースとリガの手をナックの顔の前で合わせた。丸い目のナックが、リティアを見上げる。
「心の中であれだけ暴れられても、俺と関係を切らない事が恐ろしいよ。」
「ナックさんのおかげで、私の本当の思いを知る事が出来ましたし、リサラさんとセンさんは再会させてあげたいですし、やる事が沢山あります。」
ヘラっと笑う彼に応えるように笑顔を見せると、
「一般人の感覚から逸脱してるなー。」
「ナックさんに言われると、不思議な感じがしますね。」
ナックが腹を抱えて大笑いするものだから、頬をツンツンと突く。隣からピースのハグが飛んできて、御者席の窓から微笑ましそうに見つめるリカーナとリファラル。リガも、ピースとリティアを包むように柔らかく抱きしめて、リティアの頭に口づけを落とす。
「全ては、我等が聖女が起こした奇跡の賜物です。諦めずに手を差し伸べて下さる貴女様に、心からの感謝を。」
「おいらも、リティアが大好き!」
頬擦りしてくるピースの頭を撫でるリティアは、
「ええ、私も皆が大好きです。だから帰ったら、頑張りますよ。その時は、ナックさんも手伝って下さいね。」
「勿論。俺達の友達を奪わせるわけないでしょー?」
ナックを突いている指を彼の肩に乗せると、ナックは自信有りげな笑顔を見せるのであった。
夕暮れ時、廃墟のような村に立ち寄る。リカーナが不思議そうに見回り、リファラルが瞼を閉じた。リガも何か思案顔で村を見渡してから、
「リカーナさんの家で、暖を取りましょう。」
「そ、そうですね。それにしても、皆さんはどちら行ったのかしら?」
リカーナに案内をしてもらって、小さな家に入った。寝室もあるようで、リティアはリカーナと一緒にそちらで眠る事になる。少し埃っぽい為、暗くなる前に掃除をしてから、リファラルの手料理を振る舞ってもらった。大好きなオムライスが出てきて喜べば、
「鶏が生きてましたので、卵を産んでおりました。ピースさんもどうぞ。」
始めにピースとリティアが食べさせてもらう。リガが目を細めながらワインを傾け、
「後ほど、リティア様にお話があります。」
それだけ言われ、リティアはピースと目を合わせる。彼は、キュッと口を閉じた。恐らく、今夜にピースの事を聞く事になる。リティアは笑顔を振り撒き、
「急がなくて大丈夫ですし、無理はなさらないで大丈夫です。何を言われても、私の中で揺らぎませんから。」
聖職者2人には分からないように、されど他の皆には分かるように宣言をすると、誰が何かを言うより先に、
《寒いから、家に入れなさい。》
外からユニコーンに怒られるのであった。




