723,一番隊隊員は騒がしい
リティアの尋問が始まると、彼女を聖女と崇める2人は素直に答えていく。彼らは、違う。ピースを襲った輩とは、目的が異なる。あいつらはピースを人質にして、リガに言う事を聞かせようとした。この2人の狙いは、ピースだったのだから。それにしても、なかなかリーキーがやって来ない。2人だけを残す事に気が引けたか、はたまたへそを曲げたか。リガは軽く後ろを確認してから、捕まえた男達を見下ろす。リファラルから渡された珈琲を飲む2人と、少しだけ離れたところでリティアもココアを貰っていた。
「では、お二人は信仰者ですよね?何故、身体に埋め込んだのですか?」
「そ、それは…その方が、神の声が聞こえると聞きまして…。確かに、聖龍様らしき声は聞こえたのです。しかし、聖女様のお声を聞くことはできず。」
リティアが首を傾げると、2人の曇った表情は宙を浮くクラゲの光によって際立つ。目の前にいる彼女は、本人達の思い描く聖女なのだろう。彼女の優しい声で思い込みが激しくなれば、真実を知った時には荒れるだろうと、想像に容易い。彼女は彼女で俯き、
「そんな大変な思いをなさったというのに。魔石中毒者のままでは、お二人はこの先長くありません。こうやってお話ができるという素敵な縁を結んだというのに、あまりにも寂しく思います…」
「せ、聖女様…!そのようなお顔をさせたかったわけではございません。我々が愚かだったのです。こんな愚か者の為に、泣かないで下さい!」
目を潤ませてみせるものだから、男達は心を震わせてしまう。助けてしまえば、現実を見る日が来ると言うのに。チクリと、リガではない思考が邪魔をしてくる。胸を押さえ、此処にあるあの男の心臓の一部を憎む。リガは、平和主義者だ。殺したいわけではない。リガが意識を外に戻すと、リティアの瞳が、こちらを見上げていた。彼女の紫色は、ラベンダーのようだ。女性なだけあって、花の例えがよく似合うだろう。血の濃さで、紫色の深さが変わるというのであれば、リティアはあまりに薄過ぎる。だが、リルドは濃い。だから…。リガは、必死に耐える。それは自分の思考ではない、と。
「お二人に、魔石を入れるように言った人は誰ですか?」
リティアが、遂に本題へと踏み込んでいく。この雪中で汗をこめかみに流す2人に、リティアは更に言葉を続ける。
「リダクトさん?それとも、リゾンドさん?」
彼女の口から父の名前を最初に聞いた時、胸に鈍痛が走った。静かに警戒しているリファラルの視線が、痛い。リティアの眼差しから逃げられないと悟った男達は、意を決したように、
「あの方達では御座いません…。た、確か、ガルーダと申すリダクト様の護衛です。」
何度も背後を気にしてから、リティアを見据えた。彼女の瞳が大きく開かれ、
「ガルーダって…いえ。何でもありません。では、魔石も彼から?」
ふるふると首を横に振って、話を戻す。何故、リティアが裏切り者ガルーダの名を知っている?いくら何でもハルドが、わざわざ身内の裏切り者について教えるとは思えない。何処で知った?ハルド達の戦闘時に、彼女が居合わせた可能性があるのか?色々とリガが可能性を考える中、
「ええ。口の中に押し込まれて、必死に飲み込みました。窒息した者も多く、生還した者は自分達と、あと、先発隊の成らず者達かと…。同じように鳥の子を殺すように指示され、長い間追いかけましたが、人から人にと寄生先を変えるもので、なかなか捕まらず…」
男は、ピースの事で肩を落とす。リガの棍棒を握る手に、必要以上に力が入る。では、リガが命を奪った輩は成らず者。では、リガの手でピースを殺めさせるつもりだったのか。腸が煮えくり返りそうだ。顔の前で、氷の薔薇が咲いた。ハッとして、リファラルに目を向ける。彼の優しい瞳が、こちらを牽制している。リガはゆっくりと息を吐いて、自身を落ち着かせる。リティアが、小声で何かを言ったように思えたが聞き取れず、リガが彼女に視線を戻す。彼女は、ナックとアイコンタクトを取ってから、
「鳥の子について、お持ちの情報はそれだけでしょうか?」
「そ、そうですね。鳥の子については、聖龍様の命を脅かす者としか…」
男達は何度も頷き、彼女はふわりと微笑んだ。クラゲが、その表情に柔らかい光を当てるものだから、彼女を聖女として見間違う者達には、とても神々しく見えるだろう。今の今まで、こういう照明効果は芝居の中だけで見るものだと思っていた。
「分かりました。お話して下さり、ありがとうございます。」
「いえいえ、聖女様の頼まれ事ですし。」
リティアから感謝の言葉を受け、恥ずかしそうに頭を掻く男達。この後は、魔石を抜く事かと考えたリガが、男を保定しようとリファラルに近づいた時、
「それなんですが、実はまだ戴冠式が行えてません。私の戴冠を邪魔する魔法士によって、この地域に飛ばされまして、今から王都に帰還するところなんです。」
リティアが片手を頬に添えて、小首を傾げた。何故、ここでバラす必要があったのか。そのままの勘違いさせた方が、良かったのではないか。恐らく男達が求めている聖女は、リティアではなくルナだ。所謂『聖龍派』にとって、リティアの存在は忌むべきものである。いつでも動けるように、棍棒の先端に氷の刃を作り上げる。男達の動揺は、肌に感じる程だ。彼らは、折角の珈琲を足に落としてしまう。地面から氷の槍が姿を現し始め、
「な、何ですって?あ、貴女は誰ですか?」
リティアを睨む。リファラルの氷の薔薇園が一面に広がり、男達の攻撃は阻まれたが。リティアは、わざわざ大兎から滑り降りてきて、
「リデッキ・サンニィールの娘、リルド・サンニィールの妹にあたります。リティア・サンニィールです。」
2人に手を差し出すのだ。もしや、彼女は大精霊ルーナ教の分裂を知らないのか。その手を相手が取るわけがない。そう思ったが、
「…ま、まさか、リーフォックが言っていたのは貴女様の事でしたか。」
男達は槍を納め、身震いをする。リガとリファラルが顔を見合わせ、ナックが首を傾げる。そして、リティアも首を傾げる。すると2人は、雪の上で平伏し、
「何者かによって斬られた我々を救って下さり、本当に感謝しております。」
貴女は命の恩人です、と泣き始めたのだ。彼女が、魔法を使って助けたという事だろう。そう、彼女は魔法を使える。使えない、なんてレッテルを貼った己の父親が許せない。すると、リティアは2人に駆け寄り、
「あ、あの時の…でしたら、やはり魔石を取り出しましょう。中毒から抜け出しましょう。」
彼女から手を握る。これは、彼女側につく。再び助けられたら、普通の人間ならば二度と裏切り行為はできない。今度こそ、リガが保定の為に1人目の男の背中を押し、リファラルが手を翳そうとした時、
「リティア、君がやりなよ。頼んでごらん。」
ナックの声が邪魔をした。リガの心臓が、どんどん煩く鳴る。そうだ、無能さを露呈しろ、と騒ぐのだ。リティアの助けを求める瞳がクラゲを見上げ、クラゲはそれに応えて彼女の手に触れる。ぐっと、男の身体に力が入った。魔獣であるクラゲが触ってきたのだから、当然だ。リティアの瞼が閉じられ、
「お二人から、飲まされた魔石を取り出して下さい…」
弱々しい声、されど声の先に迷いは見えない。クラゲの細い触手が、男達の胸に突き刺さる。血は出ない。その触手は白濁した魔石を絡め取り、リティアの顔の前まで持ってきたのだ。リティアの表情が、笑顔に変わる。クラゲが、色々な色に点滅する。ナックから、ため息が漏れた。
「水龍の眷属!お前が、助けてどうするの!やれる事は、やらせるんだ!」
「クラゲさん、ありがとうございます!」
ナックの怒りに、感謝を被せるリティア。結果オーライだろう、とは思うが、リガの心臓はまだ騒がしかった。




