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712,偽物聖女は束縛される

 ハルドからの情報を得てからの部屋は、重い空気が流れる。窓ガラスが割れた事からも、早急に対処した方が良い事は分かる。だが、闇雲に動いても、良い結果が得られるかどうかすら分からない。ハルドの提案通りに、聖女ルナが動いてくれるのかも分からない。

「とりあえず、寝ましょう?」

リカーナが気を利かせて、この無音の空気を壊してくれた。リファラルも、目尻にシワを寄せて頷き、釣られてリガもピースを抱き上げる。リティアは、ナックと同じベッドに転がり、クラゲが枕元で小さくなった。リーキーだけは外に出ようとしたが、

「視界が良くなってからにしましょう?」

リティアが声をかけて、踏みとどまってもらう。彼が、1人用のベッドに腰を下ろしたところを見届けてから、ゆっくりと瞼を閉じた。リガに注目した時に、硝子が割れた。彼を利用して作用している事を、知られると都合が悪い輩がやったのであろうか?それとも、こちらの目を何かから逸らす為だったのか。リティアには、判断しきれない。悶々としている中、久々に夢の中の森林へと降り立った。オルトロスの話では、皆が地面に押し付けられているとの事だったが、目に見えるだけでは見当たらない。

「これが、リティアの心の中?」

男性の腕が首に回され、反射的に屈んで束縛から逃れる。振り返ると、ナックと思わしき男性。仮初めの人形とは異なり、アリシアのような白に青や赤等が混ざる髪を団子のように纏めて2つの簪で固定している。その瞳は澄んだ青色で、氷や水に属する精霊達が傍から離れない。

「ナックさん…?」

「そうそう。驚いた?これが、ルナから与えられた形なんだ。それにしても、こんなに何人もの人の気配を感じる心で、よく壊れないよね。」

リティアが怪訝そうに見上げると、彼は無邪気な笑顔で勝手に散策を始める。木の幹を叩いたり、氷の礫を空に投げてみたり、と環境破壊をしようとしているのだ。リティアが、止めて下さい、と怒っても止める気配はない。リーズダン達とよく会う、森の中でも少し開けた小広場で、ナックが突然足を止める。感慨深そうに見渡すと、

「リティアは、この森の近くに住んでいたのかな?」

「…この森ではありませんが、長らく森で暮らしてました。」

リティアに笑みを向けてくる彼と対照に、ムスッとしてみせる。だが、彼には関係がないようで、

「聖都を守る森によく似ているから、その付近にまだサンニィール家が住んでいるんだろうね。想像では、ゼロから作るなんて不可能だから、記憶に残る何かを素材にしている。」

「そ、そうですか。」

リティアが欲していない情報を教えてきて、呆れながらも返事をする形になった。それでも嫌な顔をしない彼にとって、本当にどうでも良いのだろう。

「内側の守る魔力が3つ。後の多数は、傍観かなー。彼らは、どちらにも転びそうだな。守りの誰か、俺と話そうよ。」

空に向かって話しかけるナックの目の前で、黄金の輝きが発生した。祖父かオルトロスか、と思ったが、逞しい肉体の男性が現れた。濃紺の髪と濃紺の瞳は、ディオンを想起させるが、彼ではない。その手には黄金の長弓が携えられ、リティアへと微笑んだ。ナックは、外見年齢に似合わない笑みを浮かべ、

「これは、かなり古そうな人だねー?」

「魔獣侵略戦争よりも遥かに昔の存在だ。我が名は、サクヤ・ブルドール。彼女の心の扉をご開けようとする者から守っている。」

サクヤの右の人差し指が地面に向けられ、光の矢を出現させる。キラキラと輝く矢に興味を惹かれつつも、

「ブルドールって事は、センさんやディオンさんの御先祖様ですか?」

リティアは不思議に思った事を質問をした。リティアの中に、どういう理由で居るのかが分からない人だ。すると彼は眉を下げて、

「リティア、俺がセンだよ。君が気にかけてくれたから、今のアテスラはあるんだ。本当に感謝している。」

記憶を取り戻したんだ、と教えてくれた。センもナックと同じで、人形は仮初めの物でしかない。本来の姿を初めて見て驚く。見るからに、肩幅が広く、逆三角のバランス。服の上からでも分かる厚い胸板。戦士として生きていた事が、よく分かる体型だ。

「…君が、ロゼットや俺の邪魔をする人かー。」

ナックが呟いた瞬間、サクヤの弓が構えられた。咄嗟に2人の間に割って入るリティアだが、氷の刃はリティアの後ろから飛び出し、光の矢の雨がリティアを避けるように降り注ぐ。

「リティア、こっちにおいで!そいつ、君を閉じ込めようとしてる!」

「リティア!そいつらは、精霊やリーズダン側だ!君が、空っぽの器になっても気にならない輩だ!」

ナックとサクヤの声が、交差する。サクヤとナックならば、リティアは共に過ごした時間が長いサクヤへと心が動く。リティアの心の扉をセンが閉じた時、見られる精霊の数が激減したのは記憶に新しい。けれど、だからといってナックに傾くには信頼も情報も足りなかった。とりあえず、2人の攻撃合戦を避けるように一定の距離を取る。他の皆は、何処にいるのか?リサラが、止めに入っても良いと思うのだが…。

「リティア!ここは、君の世界だ!望むんだ!侵食をするこの輩を追い出せと!」

サクヤの声が張り上げられ、空に飛び上がった。それと同時に、ナックも、何故かリティアの身体も浮かぶ。大空の遠くから紺色の龍が優雅に飛んできて、サクヤを背中に乗せた。リティアへと、龍の腕が伸びてくる。

「えー。君もそちら側?」

《如何にも。リーズダンが蛇毒で弱体化した今、ここは人としての娘を守る勢力が優勢だ。》

頬を膨らますナックから距離を取るリサラは、捕まえたリティアを軽く上へと投げ、絶妙な力加減で背中に乗せる。ゴツゴツとした鱗に座り込んだリティアの前で、サクヤは光の手綱を作り上げる。それをリサラに回し、リティアを手綱まで引き寄せた。

「リサラ殿!助太刀、感謝する!」

《そなたとはゆっくりと酒を呑み交わしたいと思う仲だ。共に戦おう。》

知らない間に2人は意気投合していたらしく、サクヤは器用に右手で手綱を操る。ふわふわと浮遊するナックに光の矢を射るサクヤの姿は、リティアが見入る程に美しかった。人としてのリティアを守る。それがどういう意味なのかは、分からない。ただ、ずっとリティアを気にかけてくれるリサラは、サクヤと手を組んでいる。そうであるならば、リティアはこちらに居るべきだとは思う中、ナックの氷のゴーレムが出現して、木々を踏み潰す。リティアが堪らず悲鳴を上げれば、潰された木々が新しい芽を育たせた。必死に抵抗する木々を見て、リティアはナックを見据える。

「私の大切なモノを傷つけるなら、出て行って下さい!」

旋回するリサラにしがみつきながら、ナックへと声を張り上げると、ゴーレムは一瞬にして砕けた。その砕けて飛び散った氷の礫が、リサラの肩に命中し、リティアの身体が投げ出される。サクヤがリサラの背を蹴って、リティアへと飛び込んでくるも、彼の伸ばされた手を掴む事ができない。

「俺達の『新しい友達』なんだからさ。邪魔しないでよ。」

反響するように聞こえたナックの声が、森林を大きく震わせる。森林が砂嵐に塗れて姿を消した後、リティアは閉塞感のある家具がない部屋に腰から落下した。部屋の中心には、古びた大きめの椅子が置いてある。縄が巻きつけられた椅子の背もたれ。リティアは、煩く鳴る心臓を押さえながら、前へと回る。ボサボサの白銀の髪、見椎らしいワンピースを来た幼い子。その子の瞳には光は差さず、静かに椅子に縛り付けられていた。背中にひんやりとした冷たい風を感じる。

「救ってあげたいって、思わない?」

「ナックさん。これが私というのでしたら、受け入れるまでです。壊してまで何かをする必要なんてありません。」

彼の笑い声には、振り向かない。これが本当のリティアの心の中というのであれば、抱えて生きるだけ。お披露目会の頃か、それとも祖父を亡くした頃か。そこらで、リティアの心は疲れてしまったんだと思う。その自分を置いて、今の自分が存在する。

「…君が精霊に好かれる理由は、その子のおかげだよ。そのままにするなんて、可哀想だと思わない?」

「リティア!その戯れ言に耳を貸すな!」

至近距離で光の球が弾けた。姿が見えないサクヤを探して、がむしゃらに手を伸ばす。だが、サクヤに触れるよりも先に、この手は視覚的に捕らえられない程に透明度が高い氷で束縛されるのであった。

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