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7,少女は陽気に笑う

 昼休み。お決まりのベンチで弁当を広げて、小さめの取り皿にいくつかおかずを盛り付け、セイリンに手渡す。

「お嬢様は、気がついていたのですね…。教えてくだされば良いのに。」

「いや、だってさ。あんなに張り切っているのに水を差すのは悪いかなと思って。」

セイリンにして珍しく口を開けて笑う。ディオンは顔から耳まで赤く染めながら、2限と3限の休み時間に、テルから指摘を受けるまで気が付かなかったこと、ハルド先生にアルバイトの件を伝えたこと、武器持参許可を取ってあることを順々に報告した。

「今朝は、お嬢様と以心伝心できたと舞い上がったのですよ。私の純情を返してください。」

「そんなの知るか。これを期に匂いの強い料理は止めるといい。」

好物のグリルチキンを頬張りながら、その顔には笑窪ができている。ディオンは口を尖らせながらもササッと自分の分も取り分け、口に放り込んでいく。同じ速度くらいで食べなくては、確実に腹が満たされない。

「そういえば、3限と4限で行われた3組との合同授業は、有意義だった。後は練習して更に安定して発動できる魔術陣を増やさなくては。」

「私達も5限と6限でやります。早く実践で使えるように努めます。」

「うむ。頑張ってくれ。」

次はこれと、セイリンはライスボールに手を伸ばし、大きく口を開いて1口で。セイリンがもぐもぐと咀嚼している口元についた米粒を手ですくってペーパーで挟む。

「子ども扱いするな。」

頬を膨らまし、不服そうなセイリンだが、食べる手を止めることはない。それに合わせて、多めに入れておいたナゲットを食していく。

「そうは思ってないですよ。美味しそうに頬張るお嬢様が愛らしくて…」

目を細めて、セイリンを見つめる。そうやって、ぷくぅと頬を膨らませるのも可愛らしいと思っている。屋敷に仕えていた同僚には分かってもらえなかったが、乳母や年齢のいった先輩達は理解してくれていたなと懐かしむ。

「心にもないことを口にするな、気持ち悪い。」

「照れ隠しにもほどがあります…。流石に傷つきます。」

ヤレヤレとわざとらしく、指を眉間に寄せてみては首を横に振ってみた。セイリンは、鼻にしわを寄せて不快そうに仰け反る。

「よく言う。」

「まぁ、お嬢様に何と罵られようと折れませんが。」

かきこむように食事をした後は、デザートに持参したキウイのスライスを口に運び、セイリンに向けて鋼鉄の笑みを浮かべる。私も食べたいと、取り皿を押し付けて来たので、キウイと籠に残っていたアスパラガスのベーコン巻きも添えてお返しする。

「甘い言葉はリティアにでも囁いて、そのまま指輪交換でもするといい。」

「心外です。私の心はお嬢様にのみ捧げております故。」

「不要だな。」

「お、お嬢様…」

ディオンが硬直したことに気がつくことなく、じゃあ、また明日ーと、優雅に校舎へ戻っていく。

「私は…。俺は…貴女様しか捧げたくはないのです。」

かき消えそうなほど小さな呟きは、他の生徒達の談笑の音に飲まれていった。


 同時刻。教室にて。リティアは、お礼と称されたお弁当箱を机の上で開くと、正方形にカットされたサンドイッチと、ナゲット、ウインナー、一口サイズのキッシュ、そして星型のスライスチーズがライスボールにくっついている。デザートにはチェリーが3つほど可愛らしく詰めてある。

「わぁ…」

感嘆を溢す。食べるのが勿体ないと思いつつも、感想をと言われているので食べなくては。カトラリーケースから小さめのフォークを取り出す。手に取ったフォークに可愛らしく星柄が彫ってある。

「どれから食べよう…」

んー。と頭捻りながら、フォークを弁当箱の上で浮かせる。

「とても美味しそうだね。」

爽やかな男性の声が後ろから覆いかぶさってくる。軽く頭を後ろに下げて見上げれば、リティアの見知った顔が真上にあった。コバルトブルーの髪色、襟足は短いが、耳近くまで長さのある前髪を七三分けて白いヘアピンで止めている。キリッとした眉毛が印象的だ。目が合えば、声に合う爽やかな笑顔を向けてくる。

「カルファスさん…?」

「久しぶり、リティ。リルドさんとお揃いの髪型にしているんだね。似合ってる。」

「あ、ありがとうございます。お兄ちゃんに結び方教えてもらったんです。」

「それは良かったね。あ、フォーク貸して。」

カルファスは、ヒョイッとリティアの手からフォークを掬い上げ、ウインナーに刺す。驚いたリティアの視線が、フォークとカルファスを何度も行き来する。カルファスはクスッと笑って

「はい、あーん。」

ウインナーをリティアの口の前に差し出した。途端に、リティアの目が大きく見開かれる。

「ほら、食べなよ。」

いたずらっぽく微笑み、ちょいちょいとフォークを揺らして、下唇に触れた。意を決心して、まぶたをギュッと閉じて、全身に力を入れて少しずつ口を開く。開ききる前に、ウインナーを押し込まれ、

「もぐもぐごっくんするんだよー。」

楽しそうなカルファスの声が聞こえる。恥ずかしくて顔が直視出来ない、要は目が開けられない。クスクスと教室のどこからか女子達の笑い声が聞こえてくる。

「おい。リティアを困らせてるのは、誰だ。」

一瞬で、教室の空気が固まった。リティアが恐る恐るまぶたを開けると、ズカズカと2組に入ってくるのは、セイリン。その姿を確認すると更に身体に力が入る。カルファスは、くるんとフォークを1回転してリティアの手に戻し、セイリンに微笑を浮かべる。

「これはこれは、セイリン姫、暫くお会いしないうちに更にお美しくなられましたね。」

「リティアから離れていただこうか、社交界の青薔薇、カルファス殿?」

「セイリン姫も、リティと知り合いなのですね。リティは、幼い頃から人見知りするので心配しておりましたが、鋼のアイビーと称されるセイリン姫なら安心できます。」

「あら、ありがとうございます。2年生であるカルファス殿は、わざわざリティアをからかうためにこちらに?」

セイリンは教室を見渡すことなく、迷いなくカルファスとの距離を縮め、獣のように鋭く睨む。睨まれたカルファスは、余裕の笑みを浮かべていた。

「そんなまさか。可愛い妹分が入学してきたのが、喜ばしくて様子を見に来ただけですよ。ね、リティ。」

「え…」

リティアには、喜ばしい理由が分からない。ただただ困惑している。

「リティア、無理に話を合わせなくていいからね。カルファス殿は、この後の授業に遅れてしまったら大変ですので、どうぞお帰りください。」

カルファスとリティアの間には1人分の隙間もないが、リティアに背を向けながら、無理やり割り込み、右手で帰るよう促す。カルファスは、身体が触れぬよう半歩後ろに下がりながらも、滑らかな仕草でその右手に指を絡ませ、顔のそばまで持ち上げて手の甲にキスを落とす。目を細めながら、セイリンの顔を覗き込むと、セイリンによって繋いだ手のまま力強く振り下ろされた。

「出ていけ。」

「これはこれは、不快な思いをさせてしまったようで、失礼致しました。貴女様の鋼は、いずれ民を守る鎧となりましょう。またお会いできることを楽しみにしておりますね。」

では、とセイリンに会釈をし、後ろに座っているリティアには、またねーとニコッと笑いながら手を振って教室を後にした。

「リティア、怖かっただろうに。」

足音が聞こえなくなった途端に、体を反転させてリティアを見上げるように座り込む。昨日あんなに怒ったセイリンがどうして心配するのかが理解出来なかったが、カルファスが居なくなった事実だけで肩の力が抜けていた。

「まだ15分は余裕があるから、落ち着いたら食べなさい。」

「ありがとうございます…」

セイリンは、優しく背中をさすってくれる。助けすら求めることが出来なかったリティアにとって、彼女の登場は救いであったことを理解する。

「このセイリンに、敬語は不要よ。貴女とは友人として対等でいたいの。これからはセイリンと呼んで。私はリティと呼ばせてもらう。」

「へ?そんな、セイリンさん、何で?」

「昨日は、私が怖い思いをさせた。本当はそれを謝りにきたんだ。改めて、私と友達になって欲しい。そして一緒に目指してほしいんだ、同じ魔術士になることを。」

セイリンが真剣な眼差しで、右手を差し出してくる。リティアは戸惑いながらもそれに応えるように、フォークを弁当箱の蓋に置いてから、手を握り返す。女性にしてはゴツゴツしてて、マメも出来ているようだ。

「で、では改めまして、よろしくお願いします。セイリンちゃん。」

「セイリンちゃん…!?初めて呼ばれた、ある意味新鮮ね。」

先程までの鋭い眼差しが嘘のよう。カーキ色の瞳が大きく映る。

「え、あの、だめだっ」

「駄目じゃない。よろしくね、リティ。」

セイリンは手を握ったまま、陽気に笑った。それに釣られるようにリティアもまた微笑んだ。

「さぁ、ディオンお手製のご飯食べな。残っているとあいつ泣いちゃうからさ。」

「は、はい。頂きます。」

セイリンに見守られながら食べるこのお弁当の味は、暫く味わったことがなかったと実感する。口の中で暖色を思わせる幸せが広がっていった。

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