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69,教師は相談に乗る

 ハルドの話にある程度納得をしたセイリンは、勧められるだけオレンジを美味しそうに食べていた。ある程度心が落ち着いたディオンが気を利かせてオレンジの皮を捨てようと立ち上がって手を伸ばすと、リティアから待ったがかかる。

「あ、このオレンジの皮で虫よけを作るのでそのままにしておいてください。」

「そうなのですね、失礼しました。オレンジで虫よけですか…、そう言えばテルもオレンジの香りの香水をつけられていたことがありましたよね?それも虫よけですか?」

パッと手を引いたディオンにチラッと視線を向けられたテルは、顔が外れそうなくらい強く顔を横に振る。

「え!?あれは普通にオシャレ!」

「テルさんがつけられている香水って手作りですよね?少しだけ配合が異なるのかなって思うことがありましたし。」

「…テルって本当に香水つけてたのか、気が付かなかった。」

リティアの言葉でソラが驚くと、テルは小さくため息をついてから口を開いた。

「それは、勿体なくてかなり微量しか使ってないからさ。香水自体は手作りだよ、作り方はリティちゃんなら知ってそうだけど。」

「はい、虫よけの香油は作ったことありますので。」

話しながらも手を止めないリティアの前には、皮と果肉に分けられたオレンジが積まれていくので、ハルドもいくつかつまんで口に運ぶ。

「虫よけって、身体につける以外に何か作れたりするかい?」

「オレンジの皮を乾燥させただけでも虫よけに使えますし、乾燥させた皮を炙ってもいけます。」

リティアが手を止める様子はない。剝くこと自体を楽しんでいるようにも見える。

「ふーん、もしかして虫よけ効果付きのサシェも作れるのか?」

「できると思います!」

そろそろ胃袋が満たされたセイリンは、頬杖を付きながらリティアの手元を覗くと、リティアから自信満々の言葉が返ってくる。ソラがテルを肘で軽くつついて小声で聞くと、テルは珈琲を吹き出しそうになる。

「テル、サシェって何だ?」

「ビナおばさんからよく貰ったじゃん、匂い袋だよ。」

「それにしても、この人数で食べても余るオレンジはどうする?」

オレンジの皮は欲しいけど果肉が食べきれないことを分かっているハルドは、生徒達の意見を聞く。

「私がジャムにしましょうか、瓶に詰めて配りましょう。リティアさん、それでも良いでしょうか?」

「よろしくお願いします。私は、皮が乾燥しやすいように並べたいので。」

ハイッと挙手をしたディオンからの提案にリティアも作業の手を止めずに同意した為、座ったまま背伸びをしたセイリンが指示を飛ばす。

「そうと決まれば皆で皮を剥くか。先生、フルーツナイフください。」

「はいはい。」

ハルドはスクッと立ち上がって、棚の引き出しに仕舞ってあるナイフをリティア以外の生徒に配った。


 月が夜空を照らす時間になった。生徒が出歩いていないか4階と3階の教室1つ1つを目視確認してはシャッターを下ろし、ラドは調合室に向かう為に、実習棟の2階へと階段を下っていくと、2階の踊り場で、オレンジの香りを漂わせるリティアにばったり会った。ラドは一礼すると、リティアを調合室へ誘い、2人で教室に入った。先に調合室にいたハルドは、オレンジの皮の乾燥を促進させる為に、手をかざして弱い水属性の魔法を当てて、蒸発を促している。リティアは目をぱちくりさせて、

「ハルさん、オレンジの皮が先程より膨張しておりませんか?」

「あ、そうだよ。効力を最大限に引き上げるために魔法で増幅させたからね。」

「そ、そうなんですね。魔獣に効くかは分かりませんよ?」

乾燥を待つオレンジの皮を様々な方向から観察するリティアに対して、ラドは声を潜めて声をかける。

「リティア様、何かご用件があったのではないでしょうか?」

「あ、すみません。…ラド先生はこの前も私に様をつけてましたが、様をつけられるような」

「リティア様は隊長の大切な妹君ですから、この呼び方で呼ばせてください。」

ラドはリティアを見据えながら、用件とは異なるリティアの発言を遮った。

「は、はい、分かりました。」

渋々と了承したリティアは、気を取り直して、ピンと背筋を伸ばして、改めてハルドに向き直る。

「お仕事でお忙しいのは百も承知でお願いしたいことがあるのです。」

「リティからのお願いだもの、聞くよ。」

ハルドがオレンジの皮に細工を加えながら、真剣な目つきのリティアと目を合わせると、リティアは胸の前で両手で握り拳を作る。

「私、魔獣と戦えるようになりたいんです。逃げているだけではいずれ喰われます。家族に認めてもらえるまでまだ死にたくないんです。それに…セイリンちゃんにあんな顔をさせたくない…。」

「…リティ?君は既に勇敢に戦っていたよね?何がしたいの?」

言いながら目を伏せるリティアに、困惑したハルドとラドは目を見合わせる。リティアは首を横に振り、

「戦えたとは言えません。武器を持って戦えるようになりたいのです。」

「リティア様、まず私からお伝えしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

リティアの主張を聞き終えたラドが、作業をやめてリティアへ近づこうとしたハルドを手で制止させて一歩歩み出る。

「は、はい…どうぞ。」

ぎこちない返事を返しながら、身体全身に緊張で力が入るリティアに、ハルドはハラハラとしながら2人を見守る。

「リティア様は自らを逃げていると称しました。逃げるとは戦うことを諦めて敗走することですか?貴女様は相手の特性や行動パターンを基に自らの動き方を考えております。大量の郡民コオロギにもたった一人で立ち向かったと報告が上がっております。」

「それは囮になっただけで…」

「囮になりコオロギを翻弄出来るだけの算段が、貴女様の頭の中にあったのでしょう。それは貴女の戦い方で戦ったのです。誰でも出来ることではありませんよ。」

ラドに向けられた鋭い眼差しに、リティアは腰が引き気味になり、先程までの力強い主張は一変して、もごもごと話すようになる。

「そ、そういう大層なものでは」

「此度の肉食カズラに対しても、セイリン姫に協力を仰ぐことで倒せる算段があったはずです。ただ、そこらに棲息している野生種とは異なる行動をしただけです。貴女様は、あの花が口を開けて襲ってきたとき、その目を反らしませんでした。」

淡々と話し続けるラドからの圧力に押されるように、リティアの身体が縮こまっていくのがありありと分かり、心配していたはずのハルドは笑いを堪える。

「怖くて震えてました。」

「立ち向かう意志がなければ、その目は閉じられます。貴女は最後まで立ち向かおうとしたのです。もっとご自分のことを理解して欲しいのです。」

「…今のままでは魔獣を倒せません。倒せるようになりたいのです。」

説教を受けている構図となったリティアは、それでも目を逸らすことはなく、自らの主張を通す。自らの戦い方を認められない彼女に、どうすれば理解してもらえるかを今後考えていかなくてはと、ハルドは密かに考えていた。

「本来、貴女様がなすべきことではございませんが、それでもと仰るのでしたら、私が体術をお教えいたします。」

「魔獣に体術が届くのですか?」

クエスチョンマークが頭の上に浮かぶリティアに、ラドは満面の笑みを向ける。

「いえいえ、暴漢対策でございます。まずは的の小さい人間からいきましょう。」

ラドからの突飛な提案に、リティアは何度も瞬きをして、それを聞いたハルドは腹を抱えて大笑いした。

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