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686,偽物聖女は不安を覚える

 この町に人形を作っている店はなく、家の窯の温度を魔法で調節する形になった。ピースと遊ぶ為に頻繁に家に訪れていた子ども達が、その完成を楽しみにしてくれている。リティアはリビングのテーブルに焼く前のパーツを並べながら、人形の完成後の髪をどうしようか、と悩んでいたが、

「俺の長たらしい髪をお使い下さい。」

と、リーキーがナイフで自分の髪を切って渡してきた。有り難い申し出にお礼を言うと、リガに髪を引ったくるように奪われ、

「リティア様の綺麗なお手に、手入れが行き届いてない物を乗せない!」

庭に出て樽に水を張り始める。そーだ!そーだ!と、楽しそうに笑うピースは、リガが洗い終わった髪をタオルで受け取っていた。リティアが苦笑しながらも2人に礼を言うと、リーキーはバツが悪そうに家を出てしまった。

「ウィッグの作り方は、何となく知っていますから…私が作りますね。」

服を作る約束をしているリガに、更にウィッグまで頼むのは申し訳ないと思ったが、

「ありがとうございます!頼りにしてます!」

リティアは微笑む。リティアが針を持ち始めたら、後ろでハラハラとしながら見守る兄弟が出来上がってしまうだろう。昼食を作ってから人形を焼くつもりで、いつも通り根菜を切り始めるリティア。簡単にシチューを作りながら、鹿の干し肉をフライパンでじっくり焼いていると、バタバタと煩い足音が近づいてきて、

「お嬢!今日は、弁当頼むって話だったでしょー!」

鬼のような形相のリーキーに迫られた。気迫に負けたリティアは、料理を途中にして部屋の隅で震え上がる。泣きたくないのに涙まで溢れて、何も悪い事をしていないリーキーを慌てふためかせてしまう。

「兄さん!何した!?」

異変に気がついたクラゲが、リガを連れてきたようで、棍棒を構えた彼がリーキーを睨んだ。リティアは、必死に首を横に振る。ここで喧嘩をさせてはいけない。上擦った声を懸命に絞り出し、

「リーキ…さ…わるく…ないっ…」

「リティア、大丈夫!?」

流れる物を止められないリティアに、ピースが心配そうに抱きついてくる。その間に、干し肉から焦げた匂いが鼻につき、フライパンを指を差した。リーキーは困惑しながらも弁当を床に置き、フライパンを火から取り上げ、すぐに火を消す。リガの冷めた視線がリーキーに向けられ、

「まさか、と思うけど、折角作ってくれているリティア様を怒鳴った?」

「ぐっ…」

リンノ程ではないが、凍り付くような瞳のリガに、リーキーがカッチーンと固まる。

「俺達には足りないと思ったから、作ってくれたんだろ?1番、怒鳴ったり、声を荒げてはいけない方に、なんて事やってくれた?」

「女の子を傷つけるなんて、最低の底だけど?」

リガを後方支援するかのように、ピースもリーキーを睨む。違う、違う、とリティアが声を上げても、涙を含んだ口は不明瞭の音しか出さない。リーキーは、火が消えた五徳にフライパンを戻し、リティアに深々と頭を下げてくる。

「ご尤もだな…。すまない。」

「わ、わ、私、が、悪い、んで!」

悲鳴に近い声で、リティアが誤解を解こうとしても、リガはリーキーへの眼差しを変えない。

「リティア様が、悪いわけありませんから。兄さん。」

「本当に申し訳ございませんでした!」

リーキーに土下座され、慌てるのはリティアの番となってしまった。


 焼き上げた人形を組み立てるにあたって、必要なゴム紐を調達が出来ていない中、リガが夕方の布屋に連れて行ってくれる。この短い間で、頻繁に通うリガの顔を店主が覚えたようで、閉店間際でも商品を触らせてくれた。リガが紐ではなく、布をまじまじと眺め、

「ゴムより伸縮性に欠けますが、布をバイアスに切れば、紐やリボンよりも伸びます。そこに魔法を添えて、ゴム紐の代用品として使用するのは如何でしょう?」

白い無地の布を広げてみせる。リガが布を斜めに指差す中、

「布の繊維に、精霊さん達に入ってもらうって事ですか?」

「御守りではないので、そのまま精霊を入れても、役に立たないかと…」

ジーッと網目の繊維を観察するリティア。この1つ1つの四角いマスを斜めに引っ張るから、伸縮性が出る。そこを更に伸ばすには?

「もしお願いするなら、風、土、水の精霊ですよね。火や雷だと、繊維を焦がして硬くしてしまいますし。」

「…変質させるので、全ての属性ではないと。」

真剣に考えるリティアに、リガは苦笑いする。

「それだと、何もする事がなくて困惑する精霊さん達が出てきてしまいます。」

「リティア様、精霊を魔力変換しますので、精霊から離れて下さい…」

リガを見上げて首を横に振るリティアの前で、彼は触っていた布を店主から丸々買ってしまう。丸い目の店主にお礼を言いながら、異空間に仕舞ったリガと共に家に帰る中、

「すみません。この前、カノンさんから魔法の変換については聞いたのですが、難しいですね。」

「これは、頭で考えるものではないですからね。カノン嬢に会われたのは、いつです?」

リガに、気にしないで良いですよ、と笑われるが、リティアの背中は丸くなる。そもそも、魔法のセンスがないという事か。分かっているけれど、それでも面と向かって言われると、悲しくなる。怪訝そうなリガの顔が、リティアに向いていたので、

「えっと…。今年入ってから、教えてもらいましたよ。」

「では、彼女は目覚めたのですね。」

リティアが慌てて答えると、彼の表情には花が咲いた。リティア達と同じで、カノンの目覚めを待っていてくれたのだろう。こんなところでも、彼女を気にかけてくれる人がいて、心が温まる。

「はい!そうなんです!本当に良かった…」

リティアが本心から喜びを分かち合おうと、彼に笑みを浮かべるが、リガの口を閉ざしてリティアを見下ろすだけだ。何を考えているのか、分からない瞳。

「…」

足まで止めてしまう彼を振り返る。彼の肩を、雪が撫でるように落ちていく。ふと、不安を覚えたリティアは、彼に声をかけた。

「如何しました?」

小さく肩が動いた。何度も瞬きをしてから、

「貴女様が起こした奇跡で、彼女は目覚めたのです。これを聖女と言わんして、何と言うのか…。今度こそ、愚父を殴らないと気が済みませんね。」

リティアの隣に戻って来るリガに、気を引き締めないといけなさそうだ。


 雷が四方八方に弾ける中、不敵に笑う男。その手には、あの子の形見。心臓が悲鳴をあげる中、その手足を落とす為に、雷を撃ち続けた。しかし、どれ1つとして掠める事はない。

「この前、撃たれたのはわざとなのですね!?さいてーです!」

「今更じゃない?俺は、目的の為に何だってやる人間だよ?君と変わらない。」

男を縛っていた縄が、千切れる。風は鋭い刃となって、アリシアに襲いかかる。空間の層を移動して攻撃を躱しても、こちらが撃つには空間を戻らないといけない。アリシアは優位になるまで、逃げ回る。

「ねえ、飛龍?リティを守る為に、この性悪女を消失させたくない?」

《リティアを狙い続けているからな。旧友ではあるが害になるのであれば、致し方無い。》

コツンと友の形見に頭を傾ける男に、腸が煮えくり返り、アリシアはこの部屋が属する空間ごと、ひっくり返す。人間が生きる事が出来ない精霊だけの空間へと落としてやる。その代償に、

「眠りたくなんてないんですけど…」

形維持の為に貯蔵している力を全て使った。まだ、向こう側で笑っている男を見るのを最後に、意識が飛んだ。

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