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678,偽物聖女は窯から取り出す

 早朝からリガにお願いした事と言えば、

「リティア様、同じ顔が2つは気持ちが悪いでしょう?」

「私のお姉ちゃんみたいで、素敵です!」

キリンから聞いたリガの得意魔法を見せてもらっていたのだ。ピースが、リガの周りをぐるぐると回って喜び、部屋に入ってきたリーキーが腰から崩れ落ちた。リティアよりも、胸が発達したリティアの姿になったリガ。自分と同じ声で話す彼の魔法に目を輝かせる。

「精霊さん達も楽しそうに踊ってますね!」

「纏う精霊の色も同じになりますからね。愛らしいリティア様が2人になれば、喜びますよ。」

パチンと両手を合わせて笑うリガの背中にピースが抱きつき、

「良い匂いがするー!」

「変身するにあたって、女性物の香水をつけただけだ。」

ぴょんぴょんと跳ねる彼に、リガは目を細めた。リーキーは壁伝いに立ち上がると、

「リガ!絶対にその格好で外出るなよ!?」

「大丈夫、出ない。用事があったら別だが、今はない。」

リガの肩を何度も叩き、リガは必死に首を横に振った。リティアだけが部屋の外に出され、他2人の感嘆が聞こえる。どうなっていくのか、見たい。見たいが、相手は男性。見せてもらえるわけがなく、部屋の扉が開いた時にはリガの姿は戻っていた。

「それで、『特別な土』の話に戻りましょう。自分も、ルナの精霊人形における記載を読んでおります。しかし、土については黒塗りされてましたから、詳細を存じ上げません。」

リーキーが買ってきた酒場飯で朝食を済ませたリガの言葉に、ピース用のマフィンを焼いているリティアは言葉に詰まった。隠されている『特別な土』の実態を教えるべきかどうか。しかし、協力してもらわねば、リティアだけでは集められない。彼が悪用しないと信じるしかない。

「言い辛い事でしたら、私ではなく兄さんに。未だ、父親の支配から抜け出せておりません。」

「自分の心臓の欠片を息子に侵食させるなんぞ、真っ当な人間がやる事ではない!肋骨を折って、抜き取るか!」

気を遣ってくれるリガと、リダクトの行為に怒りを表すリーキー。マフィンが焼き上がるのを、クラゲと一緒に楽しく待っていたピースの両肩が上がってしまう。リティアはピースの頭を撫でてから、2人を見据える。

「いえ。リガさんも聞いて下さい。こんな私ですが、いずれリダクトさんと対峙する日が来ます。壺大亀の鏡に映ったんです。私は、あの人と黒を纏った龍と向かい合いました。だから、こんなところで彼の影に怯えるわけにはいきません。」

「その時は、私が御守り致します。」

深々と頭を下げるリーキーと、唇に力が入って口角が下がるリガ。リガの下瞼に雫が溜まる。

「なんて迷惑な父親なんだ…。親戚の中で1番下の少女に止められないといけない愚行をやっているだけの自覚を持って欲しい。」

リガが額を押さえて、ため息を吐いた。1人でリダクトと戦うつもりはないが、リガはどう考えているのだろう。バターの良い香りが漂い、マフィンを窯から取り出すリティアに、ピースが大喜びで抱きついた。

「粗熱が取れてからですよ。」

わくわくが止まらないピースを皆で微笑ましく見つめてから、リティアはリガと視線を交える。

「戦場の土です。人と魔獣の血肉が混ざり合った物です。何処か、良い場所はありますか?」

「結構、生臭い土なのですね。」

では、カノンやギィダンも…?と声を顰めるリガに、リティアは小さく頷いていると、リーキーの両手がリティアの肩を押さえ込む。

「それをリティア様が触るのですか!?本当にやる必要ありますか!?」

「ナックさんに、一緒に王都へ来てほしいんです。お兄ちゃんが精霊人形を探していますから…お手伝いができれば。」

リーキーの怖いくらいの圧力に負けじとリティアは見上げたが、どうしても声は小さくなっていった。か、勝てない。眉間のシワが深くなるリーキーに、

「…。」

「だ、駄目ですか?」

リティアの声は震え始める。リガが彼の肩からぬうっと顔を出し、目を隠す長さの前髪を耳にかけ、

「兄さん。あのゴーレムは、リティア様に友好的な存在だって言うし、関わりを持つ事は悪い事じゃないと思う。ついてくる来ないに関わらず、この町に馴染む存在になるかもしれない。馴染んでくれれば、町を守ってくれると思う。」

リティアの肩から、リーキーの片手を掬い上げた。リーキーの眉間のシワは消えてはいないが、

「リガが王都に帰り次第、父の心臓を取り出す処置を受けるならば持って来よう。」

彼なりの譲歩に、リガが快諾してくれた。


 時を同じくして、未だ探し人に巡り会えないリファラルは、宿にて床に伏していた。リカーナの手厚い看病を受けながら、粥を口に運んでもらう。

「このような見苦しい姿を晒してしまい、申し訳が立ちません…」

リファラルの声は、弱々しい。リカーナの記憶が、全て戻ってきたわけではない。それでも、理想の伴侶として傍に居てくれる彼女の優しさ。彼女のひんやりと冷たい手が、リファラルの額に乗せられる。

「誰だって、体調を崩しますよ。それに、リファラルさんは運がお強いですから、ご安心下さい。」

「…はて?」

自愛に満ちた眼差しを向ける彼女をぼんやりと見上げると、

「町がない道中で体調を崩していたら、凍死してしまいます。宿についてからで、本当に良かったです。」

ツゥーっと流れる彼女の涙。リファラルが手を震わせながらも涙を指で掬えば、彼女の温かな頬に笑みが溢れる。

「ありがとう。貴女が居てくれて、幸せ者ですよ。」

「私もです。私だけのファラル?」

感謝を伝えたリファラルに、彼女の首が傾げられた。何度も瞬きをする彼女の口から聞こえた名前に、心が奮える。その丸い目から察するに、彼女は無意識で発した愛称だ。リファラルからしたら、懐かしい呼び方である。

「ええ、貴女のファラルです。愛しのカーナ。」

彼女に微笑めば、その頰は薔薇色に染まる。2人だけの大切な時間を過ごしていたが、無情にも扉を叩かれてしまった。彼女が、慌てて扉を開けに行く。風を切るだけのリファラルの手。何度も経験したいものではない。腰が曲がった女主人が、林檎が入った籠を持ってきたようで、リカーナは喜んでいる。そして女主人の口から、リファラルが望んでいるものを聞く事になった。

「この部屋はね、貴方達みたいな銀髪の子や、魔法を使う銀髪の騎士様が使っていたの。不思議ねー。」

「そ、その方達のお名前をご存じですか?」

ニコニコと話す女主人に、リファラルが懸命に声を掛けると、

「リガさんとピース君が、結構長く使ってたわー。後は…いつの間にか手伝いをしてくれていたリティアちゃんよ。まだ小さな子どもなのに、しっかりしててね。どうして、ここに来たのかを覚えていないのだけど…凄く良い子だったの。私は、あの子にセーターを編んであげたの。」

彼女は目尻にシワを寄せて、思い出を語ってくれる。いつから居たのかが分からないところから、リティアのイヤーカフの効力が途中で切れたと見るべきか。リティアがそれに気が付かずに、町を出立したおかげで得られた情報だ。彼女に怪しまれる事なく、もう少し情報を引き出したい。

「その子達は、私達の孫達です。今、どちらに?」

オロオロ、とリファラルが涙を流して見せれば、

「あら!そうなのね!多分、ここから吊り橋を渡った先にある守り人の町じゃないかしら?リガさんを追いかけるように、リティアちゃんも出発したから。」

女主人が本当に親切なだけでなく、空気を読んだリカーナも協力的で、女主人に何の違和感を与える事なく、この先の行き方を教えてもらうのであった。

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