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662,偽物聖女は蹴る

 森の中心には、木々がない。どんよりとした曇り空からでもよく見える。その場所に鎮座するのは、氷を纏った巨大な鳥。虹のアーチも、そこへと繋がっていた。

「リガ!リガ!」

ピースはわんわんと泣いて飛び降りようとしたが、リーキーの腕が逞しい。危ない事はさせないように、腕を掴んで止めていた。

「ユニコーンさんが言っていた人は、リガさんですか?」

《違うけど、まずは彼ね。》

ユニコーンが、アーチから外れるように降下する。リティアの手の中に傘が突然現れ、リティアの身体をふわりと持ち上げてしまった。ピースを掴んでいたリーキーは、リティアが居なくなったユニコーンの背中に跨り、ゆらゆらと降りていくリティアの足を引っ張る。抵抗する傘が大きく広がるが、一面だけ空っぽな傘では勝てなかったらしい。萎むように傘は閉じられ、リティアはリーキーの片膝に座る形になった。雪が来る。それは、直感的なものだった。大鳥から放たれた吹雪はユニコーンに直撃して、真っ逆さまに落下する。傘を広げて彼女の鬣を掴むと、傘は懸命に落下速度を遅らせてくれる。ピースは空へと放り出され、涙を吹雪と交えながら大鳥の頭にしがみついた。先に地面に着地したリーキーが、ゆっくりと落ちてきたユニコーンを抱えて、リティアが手を離す。リティアは綿胞子のようにまだふわふわと宙に浮かび、ユニコーンが地面を踏み締めた時にも、まだ足がつかない。これは、傘の意思だ。また、攻撃がくるという事だろうか。リーキーの手が差し出され、リティアも応えようとした瞬間に獣の咆哮が劈く。白い獅子の大きな口がリティアの靴を掠め、咄嗟にその鼻を蹴った。傘のフリルが忙しなく動き、リティアは大鳥よりも遥か上へと飛び上がってしまう。

「眠れる獅子は、寝ておけ!」

リーキーの怒号と共に大金槌が出現し、ユニコーンが頭を下げて彼の股の間に入ると、リーキーは少しぎこちない動きで彼女に乗った。疾走するユニコーンは大鳥に急接近し、大鳥の睨みを受けて横へと逸れて行く。

「何をする気だ!?」

《これは、人間には戦えない。あの子を守る彼に任せなさい。》

ユニコーンが見上げる先には、ピース。泣きじゃくる彼は、鉄の棒を掴んだまま羽根を握りしめていた。獅子が突進する。大鳥が羽根を飛ばす。風圧で、リティアは彼らの戦闘から遠ざかる。懸命に大鳥に手を伸ばしても、風を切る事しか出来ず、リーキー達は彼らの魔法の殴り合いから逃げる事に必死だ。まだ見ぬ森の深部へと風によって運ばれるリティアは、傘が軋む音と共にふかふかの雪の絨毯に落とされるのであった。


 カツン、カツン、と硬質な床を一定のリズムで歩く白い装束を身に纏う男性の姿に、聖職者達は頭を垂れる。本来ならば、赤い絨毯が敷かれた建物だが、彼に赤は似合わない。彼の向かう道は絨毯が取り除かれ、重厚な扉が開かれる。腐臭が漂う扉の向こうへと歩みを進めれば、白銀の髪を乱れさせた女が2人の白目を剥いていた。どちらの顔も知っている。自分達の母が早死で良かったと、胸を撫で下ろす惨劇。枯れ果てた2人の腹からは、魔獣とも人間とも言えぬ、黒い泥の何かが溢れ、その泥は床を通じて階層を降りる。死の沼、と恐怖の代名詞を満たしているのは、この2人だ。

「伯父様、ここにリリィ婦人はいらっしゃらないのですね。」

「あれは、もう何も産み出せぬ身体だった。まあ、我が妻達はよくやっている。」

リダクトと共に見下ろす彼女達は、彼の前妻と後妻。リーキーとリガの母親は、前妻だ。彼女の失踪後に後妻が迎え入れられたが、このように扱われていたとは。ここにリティアが転がされるような事があれば、全てを壊しても良い。自身の命を代償に、彼女だけは守る。

「リゾンドは、どうだ?」

「とりあえずは、他のクラーケンを貪るだけの余力はありそうでした。」

父を海に投げた事は伝えてある。これ以上何もないというのに、しつこい男だ。女の1人が、血を吐く。ヒューヒューと聞こえる呼吸音。人としての尊厳を奪われ、道具として扱われる彼女達。リーフィが自ら賊に捕まり、そこで助けた女性達も、こうなるところだったのだろうか。そうだとしたら、リーフィを褒めてやらねば。リンノが密かに唇を噛んでいると、

「そうではない。お前に何か言ってこないのか?」

「いえ、脳内に話しかけられた事はございませんので、そのような話はありません。」

まだ話を続けるリダクト。こちらから強引に切り、彼女達の傍に屈んで手を翳し、

「代替え品が来るまでは、命を繋いでおけ。」

「承知致しました。」

リティアをこうしない為にも、貴女達が生きもがいてくれ、という意味を込めて精霊を送り込む。精霊によって前妻の瞳が色を戻し、

「リガ…大丈夫、貴方は彼に負けない…から…」

ポロッと流す涙。子どもへの愛情に溢れた女性になんて事を…口に出しては言えないが、せめて彼女の涙をハンカチで拭っておく。大聖堂の裏の顔を知る者は多くない。リンノは正気を取り戻せない彼の後妻を捨て置き、同じ部屋から聖龍の元へ降りる。以前確認した時は、翼は壁に貼り付けられていた。しかし、それは自由になり、リンノを睨む。リダクトと共に頭を垂れる。手首に巻いている青いリボンが、微かに動いたように感じた。

《まだか?まだかかるのか!?貴様らは、いつまで我を待たせる!》

「我らの守り神、聖龍様。もう暫くお待ち下さいませ。遂に、聖女ルナの身体を取り返しました。」

聖龍が怒鳴り、リダクトが頭を下げたままで答える。まさか、旧校舎の何処かにあるルナの身体を奪い取ったのか?リンノの心がざらつく。姿を消したリティアの代わりに学校を謳歌している彼女の存在が、こいつの耳に入ってはまずい。だが、既にリティアが学校に居ない事を知っている筈だ。どうする?どう、『殺す』?リンノの頭の中は、その事で埋め尽くされていく。

《あるのか!?何故、連れてこない!》

「心臓が、未だ奪われた状態でございます。」

四肢を動かし、鎖を千切ろうと暴れる聖龍に動揺を見せないリダクト。リンノは、静かに彼の邪魔をしないよう、呼吸音を潜める。

《レインだな!全く小賢しい男だ!》

聖龍から吐き出された液体が、2人の頭にかかる。あの女性達が産まされている泥だ。泥に含まれた憎悪がリンノの心に侵入してこようとするが、青いリボンから黄緑色の精霊が弾けた。

「リンノ、あれは何だ?」

聖龍との謁見を終えて階段を昇っている時、リダクトから言及されたが、

「魔法雑貨ですよ。たまたま、生徒から貰いましてね。」

言葉を濁し、リティアだとは言わなかった。1人の命で救えるのであれば…、この話をした時のリティアの微笑みが蘇る。その命は、あの子である必要はない。そこの男でも良いわけだ。リダクトとはあまり話す事をせずに、魔法士団の団服に着替えて大聖堂の裏口から出る。2つの肩書きを持つなど、許される行為ではない。だが、これでリティアを守れるのであれば…

「リーキー様。なるべく早くお戻り下さい。このリンノの命が果てるまでに。」

青いリボンを指で撫でる。光の蝶を発生させ、己の姿を他人の目から眩ませて本部へと駆け出した。


 瞼を持ち上げれば、父の顔。差し込む昼の光が、机の上の大瓶をキラキラと輝かせる。

「マーク。無事で良かった…」

「父様、結構元気ですよ。ほら。」

彼の前で綺麗になった顔で笑顔を作れば、ボトボトと大粒の涙を溢させてしまう。

「お前が眠っていたから、先に町長から話を聞いた。ここの町の人の為に戦った事も、猛獣被害で壊れた柵の為に木材を用意した事も。」

「まあ、成り行きですよ。スティックが戦闘時に燃やされて、今や父様から頂いた物のみです。柵の木材だって、本当は山に坑道を作る為の物でしたし。」

炎の魔法士との戦闘と、木材提供が同列に扱われてて、少し面白い。町としては、木材がとても重宝する物だったという事だろうか。

「何の為に?」

「ここと向こうを繋いで、人々が往来しやすくして町を豊かにする為です。」

眉を下げる父に、良い案でしょ?と笑ってみせるのであった。

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