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652,偽物聖女は映らない

 ピースが市場で子ども達と遊んでいる間に、森に入る為の装備を揃えていたリティアは、微細な揺れに足元を取られた。品を選んでいるリーキーの腕にしがみつき、地面から溢れ出した苦しんでいる精霊達に手を伸ばす。リティアの手に触れると、いくつかは落ち着きを取り戻したが、その他大勢は助けられない。

「お嬢。今からでも遅くありません。家に」

「早く!リガさんを助けないといけません!この精霊さん達が、彼を不必要に掻き立てるかもしれませんよ!」

どうにかしてリティアを家に置いておきたいリーキーに、懸命に訴える。この精霊達が我を失って何をするかなんて、分かるわけがない。けれど、精霊の影響を受けやすい魔獣は居ても立っても居られなくなるのではないか。リティアは、リーキーが何を言う前に市場へと走り出す。ピースが苦しんでいるかもしれない、と不安になる。買い物を途中で切り上げたリーキーに後ろから持ち上げられ、ピースを高い地点から探す。

「パナさんの林檎屋の傍に、子ども達が集まってます!」

「買い物ではないでしょうか?」

あそこに行きたい!とお願いするが、彼は離してくれない。抵抗の足をバタつかせる前に、

「リーキーさんには今の精霊達が見えなかったんですか!?ピースさんに直撃したら、また魔獣化してしまうくらいに恐怖を覚えると思います!」

強い口調で主張すると、リーキーが小さく頷き、

「下から上に上がる精霊は変だとは思ったのですが、お嬢の目には危険な存在に映ったのですね。」

こちらが反論する前に、雪上で鍛えられた足で市場を駆ける。子ども達の困惑の声が耳に入る距離で既に、ピースが蹲っている姿を捉える事ができた。リーキーの腕から降りて彼に駆け寄るも、

「突然なんだよ!独り言をずっと言ってるの!」

パナが教えてくれたように、ピースは焦点が合わない瞳で何かを言っている。

「言葉のようで、言葉ではないようですね。無作為な文字の羅列に聞こえます。」

「ピースさん、もう大丈夫ですよ。」

リーキーの指摘通り、言葉にならない声が聞こえてきて、リティアはピースを抱きしめて背中を擦る。ゆっくりと精霊を落ち着かせるように、リティアは慎重に声を掛けていると、ピースも少しずつ落ち着きを取り戻し、

「怖い、怖い、怖いの。おいら達を食い尽くすって、脅してくるんだ。」

「それは、どんな人ですか?」

言葉になったところで、リティアが質問をした。彼の瞳が、こちらを見つめる。こちらと意思の疎通が取れるところまで落ち着いたという事だ。

「龍だよ。杭で四肢を刺されてて、首に鎖。けれど、もう翼は自由だ。」

「それは、何処にいる?俺が、倒してこよう。」

逞しい腕を見せるリーキーに、周りの子ども達が喜んだ。ピースもどこか嬉しそうた。

「えっと…白い服の人が沢山のところ。暗くてジメジメした部屋の中。」

「あー。もう少しヒントが欲しい。その人達は、こんな服だったか?」

リーキーが空間を捻じ曲げて、リティアでも見覚えがある白装束を取り出した。ピースは力強く頷き、

「これぇ!」

元気に指差し、リティアとリーキーが視線を交わらせる。そして、

「リーキーさん、前言撤回はしないですよね?」

「お嬢、勿論ですよ。聖龍の封印が解ける危険性があるのですから。」

リティアが微笑むと、リーキーが白い歯を見せてくれる。リーキーは白装束を捻じ曲げた空間に戻すと、ピースとリティアに大きな両腕を回して包み込み、

「お嬢がお辛い思いをしたあの日から、長らくこの日を待っていたのです。その為に、自ら強い魔獣が闊歩している地に身を置き、戦いに明け暮れていました。今度こそ、聖女が贄にならないで良い時代を掴みましょう。」

彼の決意を聞かせてくれた。リティアは、人伝にしか聞いていない彼の事。再会する事はないと思っていた人。心が奮える。大粒の涙を流して、彼の胸に飛び込み、

「リーキーさん!ありがとうございます!私も戦いますから、皆で頑張りましょう!」

「リティアが戦うのー!?おいらも!おいらも!」

ピースも真似して飛び込み、彼に包まれた2人して笑顔になる。リティア達の頭を優しく撫でて、

「君達は、本当に仲が良いですね。あまり悠長にはしていられません。明日の早朝には、リガを捜しに行きますよ。」

両腕で抱き上げる。子ども達が羨ましがる声を聞きながら、ピースと向き合う。もう彼が向ける瞳は、リーキーを信頼していた。

「うん!」

頬が上がる程の笑顔のピース。リティアは、自分で歩く、とリーキーに降ろしてもらい、

「今回の事で苦しんでいませんように、と祈るしかありません…」

ピースに聞こえないくらいの小声で呟くと、パナの親の店で林檎を購入してから帰宅した。


 早朝から幻想氷結森林を探索するリティアは、名前の通りに幻想的な景色を眺める。木々が、大地に芽吹く草花が、己の身体に沿うように氷で覆う。互いに儚い陽の光を分け合うかのように反射させて、一面がキラキラと輝く。鉄の棒を大切そうに握るピースの瞳も、負けないくらいに輝いていて可愛らしい。

「おかしい。森が、静かすぎる。」

リーキーの呟きが、リティアを現実に引き戻した。確かに雪の絨毯を踏む音は、自分の物しか聞こえてこない。空を見上げるように木々を見渡しても、鳥や小動物の類は見えない。

「皆、もっと奥に集まっているのかな?」

ピースも不思議そうに見渡す。リティアは、近くの木に触れてみる。何があるわけではないが、この体温や振動で動きがありそうな気がしたっていうだけだ。実際は何もなく、リティアが手を離す。そして、ポーチに仕舞ってあった寄せ笛を口に咥えた。ぎょっとするリーキーの手が飛んでくる。それよりも先に吹いてしまえば、こちらのものだ。リティアにピースが抱きつき、

「何か音が聞こえるー!けど、よくわからないや。」

「これは、魔獣寄せに使う呼び笛なんです。ということで…」

丸い目を向けてくる彼を見ながら、ポーチに笛を戻すと、

「お嬢ー!」

怒鳴るリーキーによって小脇に抱えられ、ピースは肩に乗せられ、頼りになる彼は全力疾走した。先程自分達が居た位置に集まる魔獣達は、小型から中型まで。それも予想より遥かに少ない。振動で頭が揺れつつも振り返って、彼らを観察するリティアは、彼らに纏わりつく精霊が震えている事に気が付き、その中の『誰か』と目が合った。そうすると、一斉にこちらを見る。

「こちらに気がついたみたいです。」

「何を!しているんですか!」

リーキーが怒りながらも走ってくれる中、彼らが追いかけてきた。それは、まるで統制が取れた軍隊のよう。言い方を変えれば、個は存在しない。

「あの子達を止めます。降ろして下さい。」

「変な事を言わないで下さい!見るからに牙を剥いているではないですか!」

リーキーの手を叩くが、彼は離してくれなかった。だから、後ろへ抜ける。コートを彼の腕に残して、するんと。リーキーの絶叫と共に手が伸びてきたが、凍える中でもリティアは身体を翻して躱す。そして、1番にこちらに辿り着いた先行隊の鹿の首を飛びつき、

「大丈夫ですよ。怖くないですよ。」

精霊達に話しかける。大口開いて襲ってくるサイには、ピースが鉄の棒で制してくれた。徐々に精霊の震えが止まり、鹿の円らな瞳がリティアを見つめる。それに合わせるように、草食から肉食まで集まった魔獣達の精霊が大人しくなった。魔獣を大量の精霊が操ってしまっている。こんな状況は初めてだ。鹿の鼻を掻いてあげてから、

「リガさんっていう、大きな鳥さんを探しています。どちらにいらっしゃいますか?」

リーキーからコートを羽織らせてもらう。鹿は首を傾げた後、彼から見て10時の方向を見つめて鳴いた。他の魔獣達も鳴き始め、その方向から真っ白な馬が姿を現す。

「また、幼い頃のお嬢の幻影だ。」

同じ方向を見ているリーキーが呟くが、リティアの瞳に自分の姿は映らなかった。


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