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63,少女は治療を受ける

 ここは実習棟の4階にある最奥の教室。他の教室とは異なり、白い壁に覆われて窓はステンドガラスになっている。聖堂のように神秘的な空間で白い装束を身に纏った人間が、瞼を閉じるリティアの額に手をかざすと、痣が身体から抜けていく感じがある。精霊が身体の一部になり、不要な精霊を押し出すようだとリティアは考えていた。人間も魔獣も精霊をどう動かせるかで戦い方が異なる。精霊は魔力になるから、精霊を多く集めて魔力に変換できる方が、強い魔力を放つことができるということ。魂喰いセイレーンの魔力よりも強い魔力を当てれば、このように取り除けるということで、それは多分、魔石依存症、その中毒者に強い魔石を当てることも同じなんだと思う。リティアは手が離れていくのを感じて目を開けて、お礼を言って立ち上がる。リティアの後ろにピンク色の髪がふわふわしている男子生徒が待機している。リティアが振り返って軽くお辞儀して微笑めば、彼からもニコニコと可愛らしい笑顔が返ってきた。

「アギーさんですよね、お待たせしました。」

「あ、リティさんですよね!テル君からよくお話を聞いてます。」

「あら、奇遇ですね!私もテルさんから聞きました!」

2人で楽しくクスクスと笑えば、リティアは小さく手を振って教室を出ていく。リティアが扉を閉めると、ソラとテルが待っていて、テルが笑顔を向けてくる。

「お二人共、待っててくださってありがとうございます。そ、その、水泳の課題が来週になってしまってすみません。」

「それは大丈夫だよ!それよりも怪我はしてない!?」

「テルはリティアさんのことが心配すぎて先程まで、胃が痛いと呻いていたんで。」

ペコっと謝ると、テルは両手を慌ただしく振り、それを見たソラはこめかみを軽く掻いてから、テルの頬を人差し指でぷにぷにとつつく。

「そうなのですか!?私は大丈夫なので、テルさんを医務室へ」

「俺も大丈夫!!」

「無理はしないで下さいね?」

全身に力を入れてポーズをいくつか取って元気をアピールするテルに、リティアはとりあえず声を潜めて釘を刺しておく。

「う、うん。リティちゃん、話は変わるんだけどさ…」

ポーズを取ることをやめて歩き始めたテルは、どこか歯切れ悪そうに思い詰めたような顔をリティアに向ける。

「はい、何でしょう?」

「リティちゃんって、カルファスさんの従者さんに様付けで呼ばれていたよね?ということは、ご貴族様?」

テルは自分で切り出しておきながら顔を青くしていき、リティアは小首を傾げて悩んでから、

「…んー、貴族かと言われればちょっと違うような気がします。政治には関わりませんし。一族的には、古くから続くんですが…」

「…?」

「とりあえず、どうして聞かれたのですか?」

今の説明で理解が出来なかったらしいテルに、変に詮索されると困るリティアは、質問を質問で返してみる。

「えっと、今まで敬語使ってないから失礼だったかなと…」

「テル、セイリンさんにすら使ってないだろ。」

「ふふ…お二人共、今まで通りでお願いします。」

どんどん声が小さくなるテルと、それにツッコミを入れるソラ。リティアの危惧していることは起きないと分かって、朗らかに笑顔を浮かべた。今まで通りと言われたことが嬉しかったのか満面の笑みを浮かべるテルの背中を叩いたソラは、

「失礼な発言してたら、叱ってやってほしい。テルもリティアさんの話なら聞くので。」

そう言いながら、何度もテルの背中を叩くと、いでっ!とテルからも声が漏れた。リティアはその2人の様子に目を細めながら、

「テルさんは、よく人を見ておられますから、本当に言っても許される相手にしか言わないと思いますから、気になさらなくて良いかと思いますよ。」

「〜ッ。」

リティアの言葉で、ブワァと顔を赤くするテルを横目にソラは小さくため息をついた。


 蔓に絡まれて擦れた箇所は、皮膚が切れて血が伝っている。戦闘中には痛みすら感じなかったが、医務室でディオンに濡れタオルでヨゴレを軽く取ってもらっているだけでも、身体が悲鳴を上げる。こんなにもお前は弱いのか!と心の中で叱咤しても、痛みに涙が滲む。痛みに耐えている時に扉が開き、ハルドが平たい棒を1つと、大瓶を抱えてきた。

「セイリン君、ごめんね。今日は女性教師の出勤がないみたいなんだ。」

「大丈夫ですっ、自分でできますので。」

ディオンが瓶を受け取って蓋を開けると、セイリンがそれに手を伸ばしてきた為、ハルドから平たい棒でその手を軽く叩かれる。

「それで悩んだんだけど、背中に塗るならこれかなと。」

「…木の棒?」

その棒は薄橙色をしていて先が少し曲がっていた。ハルドから手渡させて、セイリンは訝しそうに受け取る。

「いや、竹かな。これ結構古いんだけど、人からの譲り物で、この地域では手に入りづらい高価なものだよ。」

「そんな高価なものに軟膏つけろと言うのですか?」

説明を聞いて血の気が引いたセイリンは、棒を慌ててハルドに押し戻す。

「リティのお祖父さんが愛用してたものだし、古いし。」

「いやいやいやいや!そのような物を軟膏や血で汚したくはないので!」

いくら古くても、高価で、しかもリティアの祖父が使っていたものを汚して、彼女が落ち込む姿なんて御免だ。セイリンは、痛みに耐えながらも首を横に振る。

「やっぱり、だめかー。リティ。」

「はい。では、男性の皆様は一度退出をお願いします。」

言葉とは裏腹にニコニコとしているハルドは、医務室の扉を開けて、通路で待機しているソラ、テル、リティアの中で、リティアのみを招き入れて、ディオンにこちらに来るよう手招きする。

「してやられたか。」

リティアと入れ替えに、サササッと退出するハルドとディオンを見たセイリンは、こうなるように仕向けられたことを理解した。

「セイリンちゃん、私がおじいちゃんの孫の手使っていいですよって言ったのです。」

「マゴノテとはその高価な竹の棒のことか?」

リティアはセイリンのブラウスを脱がし、ディオンですら濡れタオルで拭くことを躊躇した箇所も手際よく拭っていく。患部が擦れる痛みは何度でもセイリンを襲ってきた。

「これ自体は、おじいちゃんの手作りですので、帰ればまだ数がありますよ。」

「しかし、そういうわけにもな。リティは、本当に怪我していないのか?」

リティアの手当てに何の戸惑いも見当たらない。こういうことに慣れている貴族令嬢は本当に珍しいと思うが、セイリンが知っているだけでもリティアは他の令嬢とは異なる環境に置かれていた。リティアは白い軟膏を薄く塗ってから、痛みを和らげる青茸の軟膏を患部に乗せるように塗っていく。

「少し打ち身があるくらいで、それほどのことはありませんでした。倒せなかったことが残念ですが。」

「残念か…」

セイリンとリティアは時折目を合わせるが、その目は痛みに耐えているようには見えない。それほどの怪我がないようで良かったとセイリンも安堵しつつ、倒せなくて悔しいという感情をリティアは持たないのかと驚いた。

「はい、必ずまた戦うことになります。倒した花には魔石がなかったんですから。戦うことは得意ではありませんが、ハルさんかラド先生に鍛えて頂こうかと思っております。」

淡々と話すリティアは、セイリンの胴体に白い包帯を緩みなく巻き付けていく。怯えることもなく、魔獣に立ち向かうつもりのリティアは、先の戦闘で劣勢だったセイリンには眩しく感じた。呻くようにセイリンは呟く。

「…私も鍛えたい。」

「はい、一緒に頑張りましょうね。」

リティアから優しく言われた言葉が、弱っているセイリンの心の傷口に蓋をするように染み込んでいく感覚に囚われた。

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