611,双子の片割れは落胆する
センと一緒に頭を悩ませる。ベッドに伏せたソラが、ずっと泣き止まないのだ。痛い、怖い、助けて。目の前にいるのは、ソラではなくて自分なのではないかと錯覚するくらいに、長年過ごしてきた双子が変わり果てていた。
「俺がここにいるから、大丈夫だよ!」
どれだけ声を張り上げても、彼の耳に届かない。センが声をかけても、彼の事も見えていない。ポロポロと涙が出てくるテルは、彼の首後ろに雫を落としてしまう。こちらが見えていない彼からしたら、ホラーでしかない。ビクッと動いたソラの声が止まった。テルは、慌てて彼から離れる。不安に押し潰されそうな彼に、更に追い打ちをかけたんじゃないか、と心配になってきた。
「俺の弟がいるのか?それとも、別人か?」
「ソラ!分かるの!?」
顔を上げた彼にもう一度駆け寄ったが、彼とは目が合わない。希望が見え隠れしたと勘違いすれば、落胆するテル。
「大丈夫。俺は、諦めないって決めた。あれだけ、リティちゃんが働きかけてくれたんだ。俺だって、何かできる…筈なんだから。」
パチンと自分の両頬を叩いてから、ソラの視界に入るように新しい包帯と蒼茸の軟膏をベッドの上に置く。テルの手から離れれば、彼の目に飛び込んでくるのだから。ソラの瞳が不安そうに部屋の中を見渡し、
「…ありがとう。」
彼は激痛に耐えながら、巻かれた包帯を外していく。テルがやった方が、足への負荷はかかりづらい。彼の手に触れれば、その手がビクッと揺れる。テルは、彼から包帯の先端を掠め取ってやり慣れた作業を繰り返す。足を綺麗に拭いてから包帯の交換を終わらせれば、ソラの視線が自分に向いているように思えた。緩む涙腺を止める事はできずに、流れていく。塩っぱい味を口の中で感じながら、自分の肩からかけたバッグに手を入れる。ライスボールと水筒を彼の前に出す為、もう一度ベッドに置いていくと、折れ曲がった紙がハラリと彼の腹に落ちた。色鮮やかな紙。テルは手を伸ばしたが、ソラは先に紙を開く。
「そう…か。リティアさんが声を失くした時の紙を使えば。」
ソラの呟きに、テルが首を傾げると、彼は色見本の文字の上、対応させた色にライスボールから外した米を一粒置いた。
「誰?」
テルは、置かれた米に対応する言葉を読む。リティアとのコミュニケーションに使った紙で、今度は自分達が心を通わせる為に。テルは大きく頷き、自分達の名前が書いてある左上に米を動かす。そして手を離せば、
「ここは名前があったところか。しかし、肝心の名前が読めない…」
ソラが顔を顰めた。テルも、肩を落とす。自分を表す名前すら、彼には読めないように魔法がかけられているらしい。ずっと静かにしていたセンが米を掴むと、3つの色の上を順番に動かし始める。ソラが読み上げられるように、1回ずつ手を離して。
「ソラ、味方、大丈夫。」
ソラの表情が和らぎ、テルにそっくりな笑顔を浮かべるのであった。
王女達を守る騎士団の中に組み込まれて轟牙の森に到着したセイリンは、どれだけ生徒達を見渡しても見つからないリティアの姿を気にかけていた。陣が動いて、ディオンに近づく事ができれば、彼の長身で見つけられる筈である。だが、ディオンどころかラドにも声をかけられる距離に居ないセイリン。セイリンは護衛の馬を騎士団団員から貸されて、隣の馬車に乗るサファミアの玩具にされているのだ。
「セイリン姫。今回の決定は残念だけど、これだけ街が復興した功績は、父に伝えておきますね。」
「全ては、セドロンが率いる騎士達の功績であります。」
何度もしつこいサファミア。食糧支援を議題として持ち帰った彼女は、却下の理由を言いはしない。どうせ、話し合ってすらいないだろうと邪推するセイリンに、カルファスからの依頼を受けて行ったセドロンと私兵団の街道修理について、褒めてくるのだ。同じ馬車に乗っているルビネリアに、セイリンは話を逸らす為に音楽隊の礼を述べれば、純粋に笑顔を向けてくれる。サファミアの面白くなさそうな視線を受けても、セイリンは動じない。
「ルビーは、セイリン姫と文通しているのでしょう?議会で、もう少し発言すれば良かったのではないですか?」
「お、お姉様…。わ、私にはそのような権限はありません…。」
サファミアが言葉で攻撃すると、ルビネリアの瞳が潤む。母親の身分からしても、サファミアが上ではある。だからといって、ルビネリアの母親も貴族だ。議会での発言権がないとは考え難い。発言をしなかったというのは、彼女の性格的な部分かもしれない。ルビネリアが俯くと、馬車の窓を挟んで護衛をしているダイロと目が合う。こちらの民を奪った輩には制裁を加えたいのだが、王女の手前、冷ややかな眼差しを向ける事しかできない。先導していた騎士達が広がっていくと、ディオンが元騎士団団員と戦った遺跡が見えた。ルビネリアは声を弾ませながら窓から顔を出し、サファミアはセイリンを見つめてくる。
「如何しましたか?」
「少し期待していたんですよ。聖女に関わる遺跡かと思って…」
こちらに聞けと言わんばかりの彼女に、セイリンが折れる。そして、わざとらしく残念がるサファミアの相手をしろというのか。
「入ってみなければ、分かりませんよ。」
ぶっきらぼうに返して馬から降りると、扇子を投げつけられる。といえど、自分に当たる前に手で受け止めたが。窓に手を置いて扇子を彼女に返すと、
「いえ。入っても無駄よ。既に荒らされた跡がある。ラド殿は、報告を上げたのかしら。それとも、内密に調査が行われたのかしらね。」
この手ごと握られたのだ。内心辟易しながら、遺跡を見渡す。人喰い植物は、ディオン達の戦闘時に燃えたと聞いている。それに、ここからでは遺跡が解錠しているようには見えないのだ。魔術士団に報告書が提出されているのであれば仕方がない事だし、もしそうならば彼女達にも連絡は通っていると考える。しかし、サファミアの反応からするとそうではなかったらしい。騎士達が辺りを見回り、警戒態勢を取ってからサファミアに降りてもらう。生徒達はラドの指示を受けながら、集団になって動いていた。やはり、リティアが見当たらない。だが、居る筈のない女が生徒達に混ざっていて、セイリンはサファミアから目を離して、彼女を呼びつける。明らかに面倒だと言わんばかりの表情で駆け寄ってきた彼女は、珍しく黒髪を下ろしていて桜の髪飾りを外していた。サファミアに紹介しろ、とせがまれたが、他の騎士の前で彼女は放置する。スラッと長身のオウカが、ニコニコっと笑顔を見せただけで、サファミアの頬が染まった。そのオウカを小突いて、
「オウカ。ラド先生にでも、警備を頼まれたのか?」
「いえ。そうではないんです。違うんです。私の護衛対象の気配が、街から消えたので探しに来たんですが、やはりここにもいなくて。」
小声で話すと、オウカから仕返しされた。互いに小突き合いつつも、
「シャーリーに何があった?」
サファミアをそっちのけで、話を進める。オウカの片眉が上がり、
「え、彼女は喫茶店に居ますよ。貴女は、あの人から目を離したのですね?これならば、納得です。一度、リファラルさんの元に帰って相談します。」
セイリンの耳を彼女がグリッと捻ると、セイリンの血の気が引いた。生徒達の中で探した存在で、リファラルへの相談すべき案件。
「…まさか。」
セイリンは、サファミアの目の前で項垂れる。それは、リティアの事以外何物でもなかったのだ。サファミアが怪訝そうにしていたが、セイリンは今の時間が過ぎる事だけに集中し、彼女には一切口を割らずに街へ帰還した。




