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6,少年は張り切る

 今朝の弁当作りはとても楽しかった。出来上がった弁当を早く渡したいとソワソワする。かわいいカトラリーケースも添えてある。勿論、自分達の籠もある。お嬢様のお腹を満たせるように、籠の中に容器を2段重ねに入れてある。いつものサンドイッチとライスボール、サラダの容器、グリルチキンのバジルソースがけやナゲット、アスパラのベーコン巻きの容器、せっかくなのでグリーンキウイも添えてある。あとは、女子寮が開くのを待つ。2人が同時に出てこなくても、リティアには教室で渡せる。それでもなるべく早く渡して、喜んでもらいたい。

「お、おはようございます…。」

「ああ、リティアさん、おはようございます!」

セイリンよりも早く寮を出てきたリティアに、グイグイっと迫る。扉の向こうで、猛禽類のような鋭い瞳が光ったので、セイリンがリティアに気が付かれないくらいの距離から、ガン飛ばしているようだ。

「リティアさん、こちらが本日の昼食となります。是非、食されたら感想を教えて下さいね!」

楽しみにしておりますからと、顔を綻ばせれば、リティアの耳が赤く染まる。ペコペコっと頭を下げれば、急ぎ足で階段を駆け上がっていく。その駆け上がる音にかき消されるような開閉音がディオンの耳には届く。扉が閉まりきるまで決して手を離さないセイリン。どこまでも慎重に陰ながら護衛をしているようだ。

「おはようございます、お嬢様。本日の」

「早朝からリティアに迫った輩は、ディオンを含め、15人。2年生も居た。」

言いたいことを遮られたが、リティアへの悪い虫がそれなりにいることと、蹴散らしたことはかなり大切な情報だった。足は止めず、お礼を言う。

「情報ありがとうございます。それで、本日の」

「リティアは、寮のロビーに貼り出されている今週末に行われる轟牙の森の採取アルバイトに行くつもりらしい。」

2回目。聞くつもりはないと言うことだ。遠くからでも、リティアが気になるものが見えるだけ目が良いということも凄い。

「本日中に、ハルド先生に参加表明してまいります。それで本日の昼食は」

「私の参加も伝えておいてくれ。」

聞くつもりがなくても言わせてほしい。本日は貴女の大好きなものを詰めたのだから。2限が終わったら、採取に関わるハルド先生に剣を携えて良いかも確認しておかねば。お嬢様は必ず持っていく。

「承知いたしました。それで昼食の」

階段を昇りきり、すぐそこには6組の教室。自分に開けさせてはもらえないだろうが、扉の前までは隣を歩く。

「ん、グリルチキン楽しみにしておこう。」

「ありがとうございます!!!」

セイリンは持ち手をつかみ、軽く首を傾けディオンを一瞥し、教室へ入る。最後まで言わせて頂けなかったが、得意料理の1つであるグリルチキンを入れていることに気がついてくださっていた。これは嬉しすぎる。感極まり、涙がほろりと溢れながら、2組に向かう。

「…あそこまで香りが漏れているものを教室に置くのか。クラスメイトは腹が減って大変だろうな。」

6組の窓際で、セイリンが呟いていたことをディオンは知らなかった。


 2限が終わり、速やかにハルド先生が居るであろう調合室へ向かった。リティアが参加するつもりなのは、2限始まる前にしっかりと確認も取り、代わりに参加したい意志を先生に伝えることも許可を取ってある。昨日の夕方も通ったこの通路。リティアは、何もない空間に手を伸ばしては笑ってみたり、にらめっこしていたら、突然、虫でも追うように下を向いたりした。しかし、ディオンの目には虫は愚か埃さえ写らなかった。

「何が見えたのだろうか…」

幼い頃にたった1度だけ見たあの光景がリティアにも見えているのだとしたら。自分と何が違うのだろうか。

「イケメン君が見えたぞ!」

後方から騒がしいテルが走ってきた。ディオンは追いつきやすいように少し歩みを緩めてみる。

「待て待て!テル!」

更に後方からはソラが大きく肩を上下させながら、走ってくる。

「5組は2限目何をやったのですか?教室から走って来たようには見えないのですが。」

「体育館は遠くてねー!楽しかったよ!」

「ご、5組は、1組と合同で、魔術陣発動練習をしました。」

教科書に記載されている魔術陣に触れて発動させます。とご丁寧に説明してくれたのは、通路終わりに追いついたソラだった。

「そうだったのですね、2組も4組と合同が5限と6限とあるので、きっとその授業ですね。で、お2人はなぜこちらに?」

テルが、後ろからディオンの肩に手を回そうとした為、上体を右斜め前に傾け、腕が空振りしたその後ろ側に腰を軸にして上体を戻す。空振りすると思っていなかったわけで、宙に浮いた自分の右腕の状況を読めず、数回瞬きしてから、ディオンの顔を見てニカッと笑った。

「採取のバイト!金欲しいからね!」

「本当にすみません。」

お金がほしいという動機は家からの援助が多くない場合なら当然だと思う。そのため、謝るソラに首を傾げる。

「稼いだら、新しい香水買うんだ!」

「…香水?」

「そうそう!今日はオレンジとベリー、それにシトラスのブレンド。女子が好みそうな良い香りだろう?」

ドヤ顔で、ふわっと髪をかき上げるテル。残念ながら、全く香りは漂ってこない。

「そうだったのですね、素敵なお趣味をお持ちで。」

「イケメン君からは、焼鳥の匂いがするな!よく動いたから、腹減った!」

…。気がつきもしなかった。慌てて袖口の匂いを嗅いでみる。確かにバジルソースの香りやベーコン特有の匂いがするかもしれない。今日は、お嬢様だけでなく、リティアさんにも喜んでほしくて色々と凝ったものを作ったのも事実。明日は、少し匂いを気にして料理しようと反省する。ソラが追いつく頃には、調合室の扉をテルが元気よく開けた。

「煩い生徒は誰だい?」

魔石ランプが1m間隔で壁にかけてある為、明るいを通り越して眩しい教室の真ん中にあるテーブルには、前腕くらいの直径がある乳鉢を左手で押さえ、乳棒で数色の粉を混ぜている30代くらいの焦茶色のウルフカットの男性教師が立っていた。白基調としたスタンドカラーシャツの袖を3回ほど折り曲げてあり、手首についている女性物のチェーンブレスレットの親玉石がランプの光で輝いている。

「あ!ハルド先生、こんにちは!元気は良いことですよね!1年5組のテルです!」

ハイハーイと元気よく右手で挙手して、自己紹介をするテルを見て、小さめのため息が漏れる。

「元気は大切だけど、もう少し抑えて。集中出来ないから。調合室に用事があるってことは、アルバイトかい?」

「はい、採取の勉強させて頂こうと思いまして。参加希望は、1年2組のディオン・ラグリード、同じく2組のリティア・サンディ、6組のセイリン・ルーシェです。」

「あ、俺達も!5組テル・ファルダと、ソラ・ファルダです!」

テルのような印象を与えないようにと、ディオンは出来るだけ丁寧に、しかと参加希望の3人の名前を言えば、後から元気な声に押される。

「はいはい、分かった。持ち物リストはそこにあるから各自見て行って。」

ハルドが乳棒をテーブルに置き、扉の向かって左側を指差す先には、採取時の必需品リストが張り出されていた。ディオンが確認したところ、2組が昨日やった授業の内容と同じなので、慌ててメモを取らなくても大丈夫そうだ。テルではなく、ソラは真面目にメモを取っている。ああ、そうだ。とハルドを振り返り、

「護身用の剣を持参してもよろしいですか?」

お嬢様は駄目と言われても腰に携えるだろうけれども。

「どうぞ。俺も飛龍牙を持っていくので。」

珍しい武器の名前を聞いて、ディオンの目がキラキラ輝く。まるでハルドの手首で輝くブレスレットのようだ。

「そちらって、魔獣飛龍の牙を加工してブーメランのように使用する武器ですよね!実践場面を是非見てみたいです。」

「分かった分かった。ルーシェ家の従者君達はもう教室に戻りなさい。授業始まるだろう?」

君達もと、2人も一緒に追い出される。とりあえず、ソラのメモ取りも終わったようで、3人揃って、扉の前で頭を下げる。

「はい、失礼します。」

今度はテルが扉の持ち手を掴む前に、ディオンが手に取り、音が出ないようにゆっくり閉める。活気のある生徒達の声が消えれば、静寂な空間へ早戻り。ハルドは、乳棒を持ち直し、また粉を混ぜ始める。音は消えたが、香ばしい香りは残っていた。

「…。今日は、鶏でもほふるかな。」

仕事が終わって報告書を作成したら、街外れの草原で野生種の鶏を捕まえようと考えていた。


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