表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
596/857

596,姫騎士は目を向ける

 朝目を覚ますと、リティアが向こうのベッドで眠っている。それだけで、これだけ嬉しい日はあるだろうか。1ヶ月も経っていないのに、長く感じたのだ。結局、昨日は父親の元へ行けなかったが、それ以上の戦果を得た。この微睡みの時間を過ごしたいセイリンの上に、無慈悲にもスズランがダイブしてくる。その音でリティアは上体を起こして、昨晩の内に机の上に置いたハルドからのプレゼントボックスをぼんやりと眺めてから、セイリンとスズランを見つめて、

「おはようございます。」

「おはよう。」

ふわっと微笑んだ彼女に、セイリンも微笑む。昨夜の彼女曰く、命を狙っていた集団は戦闘に負けて、ここの周辺地域から去ったらしい。その相手が誰であるか、までは教えてくれなかったが、

「セイリンちゃんが知っている方ですよ。」

なんて謎掛けみたいな事をしてくれる。しかし、全く見当が付かん。制服に着替えてから、久しぶりに2人で食堂に向かうと、先に来ていた女子生徒達が騒々しい。セイリンが、リティアを下げて用心深く食堂を覗くと、体育教師のミィリが雄鹿を肩に担いで調理師達と話していた。調理師や配膳係の婦人達は、少しずつ彼女から距離を取っていく。あの雄鹿を捌きたいと言う事だろうか?セイリンはリティアと顔を見合わせてから、2人でミィリへと駆け寄った。

「おはようございます。ミィリ先生、その鹿をどうするんですか?」

「ああ!セイリンさん!そ、その、ね…甥っ子が大怪我したっていうから、燻製にして送ってあげたいのですが、倒し方を知っていても、解体できなくて…」

恐る恐る彼女の顔を覗き込みながら聞けば、普段のお淑やかなミィリからは想像できない程の自信に満ちた瞳が貫いてくる。鹿の身体にもミィリにも、出血の後が見つからない。どうやったら、そんなふうに倒せるのか。彼女が、野獣を仕留められる程に強い事を今初めて知った。困っているミィリに手を差し伸べようとした時、

「それなら、ハルド先生やラド先生の方ができると思いますよ。私がお願いしてきましょうか?」

リティアの提案が割り込んでくる。確かにその2人ならばできる。実際、ハルドから大型魔獣の解体方法を伝授された事がある。けれど、

「リティ、私もできるぞ?」

今ここにいるのはあの2人ではなく、セイリンだ。自分ができる事を他人に押し付けるなんて、許されない。ラドの嫌そうな表情が、目に浮かぶのだ。ミィリから鹿を受け取ろうと、両手を伸ばすと、

「やれるやれないでしたら、私もできますよ。けれど贈り物にするのでしたら、綺麗に肉を削ぎ落としたいんじゃないでしょうか?」

リティアが首を横に振って、セイリンを止めた。リティアの言葉でミィリの瞳が輝き、

「そうなんですね!じゃあ、ラド先生に頼んでみます!教えてくれて、ありがとうございます!」

善は急げと言わんばかりに鹿を担いだまま寮を飛び出してしまい、セイリンは食堂に置いてけぼりになる。リティアと顔を見合わせると、

「今から返り血で制服を汚したら、私はハルさんとリンノさんに激怒されます。」

「私もディオンに叱られるな…」

彼女は制服のローブの裾をクイクイっと引っ張ってみせる。セイリンは、やっと彼女の制止の意味を理解するのであった。


 ディオンに見せつけるようにリティアと教室まで共に歩くセイリンは、2階の接続通路の騒がしさに目を向ける。ラドが返り血をつけたままで歩いているのかと思ったが、ラドではなくリンノが騒ぎの中心らしい。彼と向き合うのは、コバルトブルーの髪の男子生徒と彼の従者2人。揉め事を起こしているのは、カルファスとリンノと言う事か。その知った顔に引き寄せられるように、リティアはセイリンから離れていった。ディオンと2人で彼女を追いかけても、生徒の間を縫うように中心へと歩みを進めてしまうのだ。セイリン達も、他の生徒達に声掛けながらリティアを追いかけると、他の生徒の声で聞こえなかった騒ぎの中心人物の会話が耳に入ってきた。

「リンノ先生こそ、怪しいと思いますよ。途中から現れた婚約者なんて、どんな三流恋愛演劇ですか?」

「フェルナード殿。それを言ったら、貴方は昔に会場で偶然出会っただけの少年でしょう。それこそ、物語の背景にすらなりません。」

これは、カルファスがリンノに噛みついた構図であると、判断が容易い。そして揉め事の話題は、リティアに関するものだ。リンノの婚約者となれば彼女であるし、カルファスはリティアのお披露目会の話に思える。何故、朝から彼女を差し置いて喧嘩をしているのだろう。その話題の中心人物が、人混みからひょこっと顔を出したものだから、ギャラリーがざわめく。勿論、口喧嘩している2人の視線も落ち、

「リティア、丁度良いところに来ましたね。」

「リティ、悪い人に捕まっては駄目だよ。」

この謎の発言のおかげで、ギャラリーの注目は一瞬でリティアに集まる。セイリンとディオンがリティアの隣に立った時には、接続通路の終わりである実習棟とのT字路に、片手を腰に当てたハルドと腕を組んだラドが見えた。2人は、防寒しているだけなのか。カルファスとリンノの視線をかち合わせて火花を散らせる中、状況が読めていないだろうリティアが、

「お二人共、そろそろ朝のホームルームが始まりますよ。お話でしたら、昼休憩中の調合室でお聞きしますね。」

ペコリと可愛らしくお辞儀をして、踵を返す。彼女を引き留めようと伸ばされたカルファスの手は、虚しくも空気をかくだけ。リンノはリティアが人混みから抜けるまで目視で追い、彼女が振り返ったところでハルド達の方へと帰っていく。唐突に終わってしまった見世物に、残念がる生徒達も各々の教室へと戻り始め、セイリンとディオンはカルファス達と共に取り残された。

「カルファス殿は、何をなさっているんですか?」

「…まさかだと思うよ?リンノ先生とプレゼントが被るなんて、思いもしなかったからさ。どちらが渡すかの取り合いだったんだ。」

仕方なく聞いてあげれば、子どもの喧嘩のような内容だった。2つあって困る物なのだろうか?リティアならば、どちらも受け取ってくれる気がするのだが。相談に乗る気も、味方をする気もない。ディオンを肘で突き、

「ディオン。私達は、どうする?」

「手っ取り早いのは料理ですけど、既にオウカさんがやってしまいましたので、スズランさんとの空中散歩は如何でしょう?」

大っぴらに相談をすると、しっかり話に乗るディオンのおかげで、若干悔しそうなカルファスの表情が見られた。セイリンは軽く笑って、

「それは、スズランが喜びそうだな。ではカルファス殿、こちらはこれにて失礼いたします。」

まるで彼らに勝ち誇ったかのように、清々しく教室へと戻るのだった。


 昼休憩の調合室は見物客でごった返していたが、実際リティアが居る教室は4階の聖堂だ。ハルドが気を利かせて場所をかけさせたのか、どうなのかは知らないが、セイリンもリティアと一緒に聖堂に入ると、先にカルファスとリンノが薔薇の花束を抱えて待っていた。カルファスは赤い薔薇、リンノは青薔薇の違いがあったにせよ、同じ贈り物だ。これだから、途中から現れた婚約者だの、偶然出会っただけの少年だの、言い合っていたわけか。壁に寄り掛かっているハルドが肩が細かく動き、笑い声を抑えているようだ。片方が前に出ようとすれば、もう片方も追うように出てきて、リティアの視線があちらこちらに動く。リンノが大きく一歩踏み込んで、彼女の手に花束を掴ませた。

「リティア。消え物ではありますが、一族にとって特別な意味を持つ16歳の誕生日を細やかながら祝わせて下さい。」

「リティ。どんな逆風の中でも気高く美しい君に、情熱的な赤き薔薇を贈りたいんだ。」

リンノに負けじと差し出すカルファス。リティアの頬が赤く染まっていく様子にディオンが喉を鳴らしたが、これではどちらが理由で染まったかが分からない。彼女はカルファスからも花束を受け取ると、

「リンノさん、カルファスさん、ありがとうございます!こんな素敵な誕生日を迎えられた事に感激する限りです。折角なので、放課後にでも香油を作りますね!楽しみにしてて下さい!」

満開の笑顔を2人に向け、贈り手の表情を固まらせてしまう。クックック…抑えていても不穏な笑い声がハルドから漏れていたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ