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589,教師は自由を奪う

 学校生活を送るリティアは、異常な程に友人達を避ける。セイリンに礼を伝えるように言っておいたが、それすらしない。頑なに、話す事を避けているようだ。彼女が自分の殻に閉じ籠もれば籠もる程、セイリンは彼女を求める。いつものハルドならば、

「恋人同士の喧嘩かい?」

なんていじってやりたいが、それどころではない。下手すれば、リティアから冷たい眼差しを受けるのがハルドに変わる。彼女の心を締め付けて止まない人間をなるべく早くこちらに連れ戻すか、始末しなくては、今の状況は変わらない。昼休みになり、調合室にあの子を匿いながら薬の補充をしていると、今週末の演奏会に誘いに来る生徒達。男女問わず、ハルドに群がる。テルまで人混みの中で飛び跳ねて、アピールするのだ。隣に同じ髪色が見えない。恐らく、ソラはそこに居ない。折角、リティアを守る為に囲んだ生徒達は、そのリティアによって散り散りにされた。彼女は、大人しく守らせてはくれないらしい。

「その日は入試の最終確認やら、復興支援している生徒達の相談会やらに参加しないといけないから、学校にはいるけど出られないんだ。」

ごめんねー、と手を振ると、残念がる生徒達。その不満そうな声に混じるように、聞き覚えがある男の声と、リンノのため息が階段を昇ってきた。

《今、生徒達が集まっているから、2人共出てこないで。》

階段を昇り終わる前に脳内へと話しかけると、

《では、私が散らしましょう。》

リンノだけが生徒達の前に姿を現し、大きなため息を吐いて生徒の背筋を伸ばさせれば、

「貴方達、食事は摂りましたか?授業中に口に放り込んでいたら、弁当ごと没収しますからね。」

えええー、とどよめく生徒達はリンノから逃げていく。テルだけ、残して。テルは、ニコニコとリンノに挨拶をする。

「リンノ先生、何でそんなに怖がられているんですかー?」

「いつの間にこうなってましたが、理由なんて知りませんよ。仕事が押してなければ、私も演奏会に顔を出したかったものです。」

無邪気に聞くテルに、肩を竦めるリンノ。リンノの表情1つで生徒は怖がるのは、最初の挨拶からだ。リティアと仲良く話している姿を羨ましがる女子生徒はいたが、いざ本人を前にすると冷たい眼差しに負けて退散するのだ。リティアにだけ見せるリンノの微笑みを拝むだけの女性教師までいる。そして、ミィリ含む皆が口を揃えて言うのだ。「あの関係性が尊い」と。たった1人の女性に心を許した男という雰囲気が、恋愛小説でも想起させるのだろう。実際言うと、リンノのそういう表情をハルドも見る事があるのだが。

「じゃあ、リティちゃんは来ないんですね?」

「どうでしょう?ハルド先生の仕事の進み具合による気がしますが…」

しょぼくれるテルに困り果てたリンノが、ハルドに助けを求めて視線を向けると、

「私は参加しませんので、テルさんは皆さんと楽しまれてきて下さい。」

調合室で匿っている本人が顔を出し、ハルドは頬についているパンくずを指で落としてあげた。テルも、待ってましたと言わんばかりの笑顔。ただ、彼女に会いたかっただけと見た。リンノのため息がもう一度繰り出され、

「パンをまだ一口しか食べていないのですね。それでは、おかずにたどり着けませんよ。」

リティアにお小言を言うと、彼女も頬を膨らましながら海老のように調合室へ下がっていく。テルの視線が彼女を追ったが、リンノが肩を叩いて帰るように促せば、可哀想なくらいに背中を丸めてトボトボと帰っていくテル。彼が帰る後ろ姿にハルドが手を振れば、一瞬で笑顔を咲かせて教室に戻っていった。他の生徒の気配が消えてから、階段の途中で待っている男を調合室に迎え入れ、リティアとの対面をさせる。案の定、風のナックルを纏うハーネットに、リティアは首を傾げた。

「リティ。紹介するね。彼は、ハーネット・ウインディア。俺と同じ血をほんの少しだけ分けた弟分なんだ。」

「そうなんですね!はじめまして。リティア・サンディって言います。ハルさんには、子どもの頃からお世話になってます。」

ハーネットを座らせる前にハルドが説明すると、リティアは今まで通りの可愛らしい笑顔で挨拶をする。最近の緊張が、まるで嘘のように。警戒を緩めないハーネットが、リンノとリティアから距離を取り、

「サンニィールですよね?」

ハルドを見た。ハルドが肯定するように2回程頷くと、リンノがお得意のため息を吐く。

「…勿論ですよ。我らが聖女ですから。それで、何人くらい殺しましたか?」

「君主。戦闘指示を。」

ハーネットを見下すリンノに、ハーネットの小ぶりな犬歯が牙を剥く。リティアは、こういう喧嘩勃発場面に慣れすぎていて、当たり前のようにリンノのお手製弁当を食べ進めていた。

「普通に考えて、駄目だろ。リンノは良いけど、俺の可愛いリティを傷つけようものなら、ハーネットの首を飛ばすから。」

「私も、簡単に傷をつけさせませんけど?」

ハルドが仲の良さを見せる為にリンノの肩に手を回したが、残酷にもリンノに払われる。リティアが再び首を傾げ、

「お茶でも用意しますか?」

「そうだね。ほら、ハーネットは座る。珈琲で良いよね。」

暗にいつまで茶番をやるつもりだ、と怒られたようだ。ハルドも椅子を引いて、ハーネットを座らせてから、リンノにも椅子を指差せば、

「私は、ここから出ていきますので不要です。戦況については、愚弟からの報告を待つ事にします。」

彼は結構不快そうに眉を顰めたが、

「リンノさん、お仕事頑張って下さい。」

「私の事は良いから、早く食べ終わって下さい…」

リティアが微笑むと、毒が抜かれたように苦笑いを浮かべて退室した。ハルドは自分の分よりも先に、ハーネットの前で珈琲豆を砕いて珈琲を淹れ、

「まずは報告して。」

リティアを同席させた状態で、ハーネットに促す。承知致しました、と重々しく頭を垂れた彼の口から語られるのは、戦場になったアランティアの町の現状と、守り神の山々の峡谷におけるサンニィール家と賊との戦闘における戦果だった。魔法士の首を取る事は叶わず、追い出せただけに留まったらしい。リティアの瞳が大きく揺れ動き、涙が流れる。ハーネットが彼女を睨もうものなら、その頭を引っ叩く。信じられない、と見上げてくるが、リティアはこちらの護衛対象だ。

「ど、どれだけの方が、亡くなられたのですか?」

「こちらにはいません。向こうは、知りませんよ。」

リティアの質問にぶっきらぼうに答えるハーネットの耳を引っ張ろうとした時、彼女の目は細められて口元が微かに上がって、今度はハーネットが瞳を揺らす。

「この街みたいにならなくて良かったです。」

「…サンニィール家が関わっているというのに、こちらを心配するのですか?」

町の住民の身を案じる彼女に、ハーネットの口元が震え、ハルドの顔と彼女を何度も見比べる。ハルドは、自慢げに笑顔を見せてやる。

「今、誰かに危害を加えるサンニィール家は、私を狙っている人達だと思います。そこにフィーさんもいらっしゃいますが、魔法士が誰も死んでいないのでしたらフィーさんも無事ですから。」

少しだけ上擦った声のリティアの頭を優しく撫でる。これで、リーフィ始末の選択肢は消されてしまった。リティアの心にこれだけの負担をかけているあいつが、許せない。

「く、君主。相談がありまして…」

歯切れの悪いハーネットの口から飛び出した事実に、リティアの手から弁当箱が落ちていった。ハルドの風が地面につく前に掬い上げたが、一度は共闘した男子生徒の大怪我に、混乱した彼女は傘を呼んでしまう。ハーネットが戦闘態勢に入り、

「穢れし貴様らの温情など不要だ!」

リティアの首に鋭い刃が向かう。しかし、ハルドが居るのだ。させるわけがない。リティアを風で守り、ハーネットの頭を掴んで床に叩きつけ、

「お前は、首を飛ばされたいんだな?」

ハーネットでは逃げる事が出来ない風圧で、身体の自由を奪った。顔を上げる事も出来ないハーネットの頭の上に、蒼茸の軟膏と丸剤の瓶をゴツン、ゴツン、と落下させてから、

「これをくれてやるから、すぐ帰れ。聖女が起こす奇跡の治療を受けたければ、町から出てくるようにミカに伝えろ。」

最後に一発、拳を落としてやるのであった。

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