577,姫騎士は見逃さない
街が落ち着かない中で、学校見学とは如何なものか。急な訪問に校長も教頭も慌てている。今の状況が見えていない王女は、好き勝手やってくれる。今朝の寮室の机には、リティアからの置き手紙があった。自分の出身一族の関係で、王女とは会えないとの事で身を隠すと。貴族ではない。魔術士一族。王族と顔を合わせられないとは何なのか。聞こうにも、聞ける相手が居ない。リティアを守る筈の王国魔術士達は、信用ならない。彼らならば知っているだろうが、教えてくれるとは限らないのだ。リティアの件は置いておいて、一刻も早く王女が満足して帰る事を期待しながら1限の授業を受けていると、彼女は従者と校長達を従えて教室まで趣き、セイリン含む貴族達がこぞって立ち上がって彼女に一礼すると、
「セイリン姫。折角だから、私を案内して下さい。」
いたずらっぽく笑うサファミアに指名された。拒否するわけにもいかず、渋々と従うが、
「1生徒の私よりも先生方の方がお詳しいので、拙いエスコートで失礼致します。」
教室を出る前に、スカートの裾を広げて令嬢らしく優雅に一礼する。豆鉄砲を食らった鳩ことサファミアの左手を掬い上げ、彼女のエスコートを開始する。胸を張って騎士らしさを自分に持たせて、心に仮面を被っておこう。リティアよりも大きな手。リティアよりも長い爪。違和感を覚えながら、1年生の教室を1つ1つ、セイリンが扉を開いて彼女を教室内までエスコートする。5組の双子の片割れがニコニコと笑顔を向ければ、教室を出た後に、
「あのオレンジ色の男の子、可愛いですね。もう1人の同じ顔の男子はクールな感じで従者にいたら、侍女達が喜びそうです。」
「あの双子は町医者の息子達でして、魔石中毒者の治療法を魔術という分野で探しております。」
双子を気に入ったらしい彼女をスパッと切り捨てる。従者になって欲しいと彼女に言われたら、2人は学校も夢も諦めなければいけなくなる。それだけは避けたい。
「まあ、素敵ですね。夢は大きい子は、嫌いではありません。」
「あの2人ならば、辿り着きます。絶対に。」
上から目線の王女の手を握り、ニコッと笑みを見せる。渡さないぞ、と意を込めて。彼女の瞳がセイリンを注視し、
「セイリン姫が、男性ではなくて良かったのかもしれませんね。」
フフフと口元を隠して微笑んだ。セイリンの眉間に力が入ると、
「あら、怖いお顔になってますよ。」
こちらを面白がってくるのだ。不愉快極まりない。セイリンは、顔面に力を入れて無理やり笑顔を作り、
「私が歩む道に、性別の障壁なんて御座いませんから。」
それだけ断言して、彼女のエスコートを再開する。4組、3組と次々と教室に入って授業の邪魔になりつつ、移動教室で生徒が居ない2組の教室は開けずに通り過ぎる中、
「先程のは、どういう意味ですか?」
頻りに聞いてくる王女には、作った笑顔を見せるだけで答えないセイリン。接続通路から実習棟へ王女を連れて行く。3階に昇ったらカルファスをとっ捕まえて、王女の世話を押し付けようと密かに考えていたのだった。
グラウンドでラドによる体育の授業を受けているカルファスを階段を降りずに眺めるサファミアは、
「カルファス殿って、王国魔術士団顔負けの身体能力だと思いませんか?」
「御自身で努力なさっておられるのでしょう。学校の体育授業の厳しさについていけない魔術士の卵は、学校を辞めていくようですよ。」
キラキラとさせた瞳で、セイリンに話しかけてくる。この長い階段を長ったらしいドレスの裾を踏まずに歩かせるなんて難しい。だからセイリンは、何も考えずに階段を降りようとしたサファミアをここで見学させる。騎士のようなトレーニングをスマートに熟していく彼に、ついていける生徒はいない。従者のマドンが必死に食らいつき、セセリは他の生徒の集団に紛れていた。筋肉のつき方からすると、純粋な力勝負ならばマドンが圧倒するだろうが、瞬発力を試されるとカルファスの方が格上だ。セイリンが彼らを評価していると、サファミアに肩を叩かれる。
「次の場所に案内をお願い致します。」
「では、体育館と魔術実技室へ向かいましょう。先生方、この時間は授業に使われていますか?」
飽きたらしい彼女に急かされ、外から行ける場所を提案しつつ、校長と教頭に確認を取る。
「ええ、1年2組が実技室を使用している事になっております。」
ニコニコと目尻にシワを寄せた校長が答えたので、サファミアに現在の1年生の魔術授業について説明をしながら校舎を横断するだけの距離を歩かせたのだが…彼女はヒールで、セイリンは革靴。途中で彼女の足が足が悲鳴を上げた。痛みに耐えた誤魔化しの笑みをセイリンが見逃すわけもなく、普段スズランを持ち上げているこの腕で、必死に遠慮する王女をお姫様らしく、両腕で抱き上げる。
「こ、この年になって、子どものように抱っこされるなんて…屈辱です。」
「学校見学で歩き回ると分かっていた筈ですよ。」
顔を真っ赤に染めるサファミアに呆れるセイリン。従者の男は、頻りに交代すると名乗り出るが、
「男が王女を抱き上げると言う事は、それこそ在らぬ噂を広めますよ。このセイリン、日々鍛えておりますのでご安心下さい。」
セイリンは、大股で彼女を連れて行く。実技室を見せたら、そのまま応接室に運んでやるつもりだ。リティアが魔術の授業を受けていたら華があっただろうが、セイリンには計り知れぬ理由で欠席しているのだ。サファミアが、彼女の勇姿を見る事はない。扉の前で王女を降ろして、素知らぬ顔で扉を開けば、
「ディオンさん、頑張ってええ!」
黄色い声援の中心にセイリンの従者がいた。実践的な魔術攻撃練習をしているようで、教師対生徒1人の形を取っている。他の生徒達は隅で見学していた。教師から繰り出される攻撃を、と言っても初級魔術である属性小槍程度だが、土の防御魔術でバックラーを出現させて防ぐディオン。彼は防御魔術の持続時間が短い為、己の鍛えた肉体を使いながら攻撃を躱していく。その一般人には難しい身の熟しが、他の生徒を熱狂させるのだ。それは、隣のサファミアも同じ。子どものように目を輝かせて、小声で応援している。下手にこちらが来た事を声を掛けると、今戦っているどちらかが大怪我をしかねない。終わるまでは、静かに見物だ。小槍がディオンの足元を狙ってくると、彼は軽々とステップで躱し、胴体目掛けて飛んでくればバックラーを出現させ、上から降ってくれば、リティアに教えられた傘の魔術で対応していき、徐々に教師との距離を詰め、己のスティックを相手の首を突き付けた。
「勝負ありです。」
「次は、もう少し魔術の種類を増やした方が良いかもしれないな。」
ディオンの決め言葉で実技室は盛り上がり、教師も拍手を贈る。ディオンは教師に一礼、生徒達に振り返って一礼してから、
「精進致します。」
と、こちらに微笑んできた。戦闘中、ずっと気がついていたのだろう。セイリンは、サファミアをエスコートして実技室に足を踏み入れ、ディオンに向いている注目を全て拐った。
応接室に戻ったサファミアは、ご機嫌だ。わざわざ授業中のカルファスとディオンを呼びつけて、男を侍らせているように見える。ディオンから紅茶のカップを受け取ると、
「セイリン姫の従者の貴方って、ラグリード家でしたよね?」
「仰る通りで御座います。ディオン・ラグリードと申します。」
ニコニコ、ニコニコと彼を笑顔で眺める。品定めしているようにしか見えない。
「ねえ、聖女様ってどんな御方でした?」
予想もしていなかった彼女からの問いかけに、一瞬で部屋の空気が固まってしまうのだった。




