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574,姫騎士は肘で突く

 調合室で粘土の成形を始めたリティアを見守るのは、双子だ。中庭でリティアを離れた位置で護衛していたディオンは、セイリンが引っ張って職員室に連れて行く。

「リンノ先生でしたら、明日の授業の準備じゃないかしら?」

教えてくれたミィリに頭を撫でられ、キュウ!と喜ぶスズランはセイリンの腕の中。セイリンはラドに視線を動かすが、彼には無視されてしまう。ディオンの物申す視線が上から突き刺さり、セイリンはミィリに一礼して職員室を出た。

「ディオン、リティは何で粘土を持っていたんだ?」

突き刺さる視線から逃げるように、話を逸らすセイリン。彼は不服そうにしながらも乗ってくれた。

「レイン様からの贈り物との事です。ホームルーム後に走り出したので、追いかけて捕まえると、彼女は目を輝かせて言っておりました。」

「…センの身体を作った時もそう言っていたよな。次は何を作るんだ?」

階段を昇りながらディオンが苦笑いすると、セイリンは頰に手を立ててため息を吐く。

「お聞きしてませんが、既に作り始めてますから教えてくれると思いますよ。」

あんなに楽しそうに粘土を捏ねているのだ。彼の言う通り、リティアはセイリンが見慣れた笑顔で教えてくれる事が、期待できる。何かの拍子であの笑顔が一瞬で崩れて、何も寄せ付けない絶望に満ちた瞳になるのだ。セイリンの頭を彼女の表情が支配する。スズランを抱きしめる腕に力がこもる。

「ディオン。」

「はい、如何なさいました?」

キュウ!キュウ!とスズランに頬を叩かれながら彼の名を呼ぶと、彼は目の下の隈が酷くてもいつも通りの笑みを向けてくる。本当は、その隈について問いたい。けれど、

「今のリティを見て、どう感じる?」

口からはどうしてもリティアの事が出てしまう。どちらも心配だというのに。己の従者を優先できないとは…。

「お嬢様。今は、リティアさんには心を整理する時間が必要です。見守る事も大切ですよ。」

「私は、心配で仕方ないというのにか。お前も含めて。」

彼は目を伏せ、セイリンは怒るスズランに己の額を押し付ける。大切な者の手は、しかと握らねばいけない。それでもすり抜けていく、とリティアの姿を真似た聖女が口にしたのは、リティアと同じ寮室になりながら、彼女が姿を消したあの日。あの聖女の言う通り、大切な2人がこの手からすり抜けていく感覚に襲われた。普段からリンノが授業している教室の扉をディオンが叩くと、

「それでは失礼いたします。」

教頭が一礼して出てきて、ディオンと共に彼を凝視する。教頭の唇が横線1本に結ばれていて、セイリン達に会釈して通り過ぎるだけ。違和感しかない教頭を目で追うと、

「ディオン殿、そこに落ちている杖を取って頂けますか?」

教室の椅子に腰掛けているリンノが、ため息を吐いた。ディオンも、教室の扉の近くに転がる至ってシンプルな茶色の杖をリンノに手渡す。

「投げたのですか?」

「教頭先生が、投げてくれました…。この身体が言う事をきけば、起きなかった事ですね。」

セイリンが首を傾けると、またまた深いため息を溢すリンノ。外見では分からないが、彼は大怪我したのだ。こんな数日で教師の仕事に戻っている事が、奇跡なのだ。今日の体育の授業は、今の彼では満足に指導できなかったであろう事が、手に取るように分かる。スズランを洗ったのは、苦肉の策という事か。それでも、

「本日、スズランを洗ったと聞きました。私は許可した覚えがありませんが、リティにでも頼んだのですか?」

「スズラン君に直接頼みましたよ。快く承諾して頂けました。リティアも生徒達も、久々に良い表情でしたね。」

セイリンは問う。彼は、後ろめたさを持たぬ強い瞳でこちらを見据えるのだ。スズランも、キュウ!と弾んだ声で鳴く。真実なのだろう。無理やりやられたわけでないのであれば、悪くはないのか。

「あれだけ大きくなる事に、腰を抜かした生徒もおりましたし、絶叫に悲鳴に、とスズラン君には不快な思いをさせましたが、私は彼らに理由を問い続けました。リティアも逃げようとした女子生徒に迫り、ディオン殿や、後から来たテル殿も説得して下さいましたよ。他の授業を受けていた1年生も、全員での大作業になりました。」

リンノがこちらに手を伸ばすと、スズランはこの腕の中から飛び出して彼から撫でてもらい、

「セイリン様。魔獣を全て悪と決めつけていた先入観へ切り込む道徳的な授業だったのです。ここの生徒で、セイリン様を知らない者はいません。セイリン様が可愛がっているスズランの存在も、かなり多くの生徒に認知されていますから。」

ディオンが補足するように説明をしてくる。その場に居なかったセイリンにとっても、惨状であった事が理解できる。以前のセイリンもそうだったように、魔獣は人間を捕食する存在として昔から認識されているのだ。実際に被害も出ている。人によっては、トラウマを思い出させる事になるだろうに。

「本当はケルベロス様であれば、生徒達も受け入れやすかったでしょうが、彼は『他の仕事』に行ってますから。」

そんな事を言いながらもリンノの視線は、スズランしか見ていない。彼もスズランに愛情を持っているのだと思うと、セイリンが彼女の誕生を望んだ選択は、誤っていなかったのだと確信させてくれた。

「あら?先生らしくない嘘ですね。」

「その通りですよ。事前に考えて下さるハルド先生には、感謝致します。」

セイリンが口元を手で隠して微笑みかけると、彼は肩を竦めた。

「それで御用は?」

「スズランが、嫌々でなければ良いんです。」

リンノに改めて聞かれて、彼の元にいるスズランを抱き上げる。この重量感が、愛くるしい。硬い頰鱗に頬擦りすると、彼女も擽ったそうに目を閉じる。

「そうですか。それでは、ディオン殿だけ残って頂けますか?お話したい事があります。最近の授業態度についてではありますが、あまり宜しくないかと思いまして。」

リンノの冷たい眼差しとは思ったが、恐らくいつも通りだ。この目であれば、リティアも震え上がらないのだが、ディオンの背筋が不自然に力が入る。見慣れていないようで、緊張している己の従者を肘で突くと、

「では、調合室に戻ります。」

それだけ伝えて今日を後にした。


 聞きたいことを聞き終えたセイリンが、満足そうに教室を出ていく。彼女の足音が遠ざかってから、リンノが杖を床に置いた。

「例えば、この杖を持ち上げて欲しいと、風の精霊に頼みます。」

「承知いたしました。」

リンノに言われた通りに、心の中で頼んでみる。ディオンには見えない存在が、どう動くのか。杖が一向に持ち上がらない中、

「これは…全くと言って良いくらいに、精霊に届いてませんね。」

「申し訳御座いません…」

眉間にシワを寄せたリンノに頭を下げる。

「剣をここに呼ぶ時は、どうしてます?」

「心の中で、来て下さいと頼んでます。」

腕を組んで渋い顔をする彼の前で、金剛剣を呼んでみせた。彼の視線が上から下へと降り、

「リティアが、傘を呼ぶ時と同じですね。相手がこちらの思いを読み取っているようです。…となれば、杖を持ち上げるように精霊に伝えるよう、その剣に頼んで下さい。」

その助言通りに金剛剣に頼んでみたが、

《何故、やらねばいけないのか。自分で取れ。》

金剛剣に拒否されて、ディオンは肩を落とす。

「では、金剛龍様のお考えを教えて下さい。何故、彼の声に応えない精霊が多いのですか?」

ディオンにだけ聞こえていたと思っていたが、金剛剣の声はリンノにも聞こえていたらしく、彼が剣に問いかけた。

《心の最深部が、閉じているんだろ。心臓が魔石化すらしないのだから、そういう事だ。》

ディオンには解決の糸口が分からない中、

「そういう事ですか。」

リンノは小さく頷き、魔法で杖を手元に戻したのであった。

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