573,姫騎士は貶される
授業にも関わらず、王女から呼び出された事で、生徒達の注目がセイリンに集まるだけでなく、わざわざカルファス達が教室まで迎えに来たものだから、黄色い悲鳴まで上がってしまった。
「セイリン姫は、着替えないのかい?」
「制服も正装として扱われますよ。着替えの時間が勿体ないと思いません?」
セイリンは、寮室へ服を取りにセセリ達を行かせようとしたカルファスを止めると、困ったように微笑んでくる。
「お相手は、サファミア様だ。無礼の無いようにする事が、貴族として」
「では、カルファス殿だけどうぞ。私は、先に向かいます。」
うだうだと御託を並べられる事は、好きではない。相手の言葉を遮り、玄関を出ていく。仕方ないね、と声が聞こえたが、セイリンは気にせずに門の前で馬車と共に待つ従者に駆け寄るのだった。
サファミアが居る部屋へと案内されてから、終始壁に寄り掛かる事なく立っている仏頂面のラドが、気になる。何故、セイリン達は座るように促されたというのに、彼は立っているのか。サファミアに、地震当日の事から今に至るまで事細かに聞かれた後、
「本当に会っていないのですね?」
念を押すように確認される。
「はい。噂程度に耳にするくらいでした。」
「私達も、お会いしておりません。」
セイリンとカルファスは即座に答えて、彼女の肩を落とさせる事になる。
「誰か、会ったという人は居ないのですか?」
「私の従者が、すれ違ったと言っていたくらいです。」
まだしつこく聞いてくる彼女に、セイリンが記憶の糸を辿りながら彼女に伝えはする。しかし、記憶の捏造はしようがない。ため息を漏らす彼女は、
「偽物が出たと報告書が上がった割に、偽物の存在感が薄すぎますね。自分を本物と思い込ませる為に、派手なパフォーマンスでもするかと思いました。」
ラドを見上げては、セイリンへと視線を移し、
「ああ。本物が、すべき責務を果たしただけ、という可能性がありますね。」
最後はカルファスに微笑んだ。彼も釣られるように笑みを浮かべ、
「それが自然です。聞いたところによれば、怪我人でも遺体でも区別せずに、祈りを捧げたそうですから。」
サファミアの考えを肯定するような発言をする。それに満足した彼女は、
「私以上のやんごとなき御方ですもの。是非、お目にかかりたいものですね。」
「目撃情報は、発生時からの数日間のみ。それ以降は皆無です。」
恍惚の表情を浮かべたが、すぐにラドによって残酷にも希望を斬り捨てられてしまう。キッとラドを睨むサファミア。
「貴方は、知っている癖に教えないだけではありませんか。」
「有り得ません。私は、信徒ではありませんから。」
火花が飛び散る睨み合い。カルファスが額を押さえ、セイリンも小さく息を吐く。無言の時間を長らく過ごした後、彼女が音を上げた。
「もう、分かりましたよ。では、セイリン姫は聞きたい事があるので、少し残って下さい。」
彼女がパチンと手を叩き、カルファスとラドは一礼して部屋を後にする。セイリンも腰を浮かせたが、座るように命じられてしまった。
「ラド殿から聞きました。住民の食料が、不安材料だという事ですね。私が連れてきた者達は、領地で薬を生産している貴族だけです。セイリン姫ならば、食料はどうやって確保しますか?」
サファミアが、こちらの意見を求めるとは思いもしなかった。しかし、案の定食料の件は考えていなかったようだ。では彼女達の食事は、この街の食料で賄われるという事か。頭にすらなかった彼女に分かりやすく伝えねばいけない。
「可能ならば、この街の農地から直接買い取りたいのですが、それには彼らと長らく取引がある商人を介さない事への難しさがありました。私としては、商人が傷物として安く買い叩き、市場で高く売りつける現状を打破したいのです。もう暫くすると、私の領地から作物が届く手はずになっておりますが、検問所で時間を要する場合、作物が傷んで使い物になりません。」
セイリンは、できるだけ簡潔に説明を試みた。ただ、災害時には商人が儲かる原理を彼女が理解できるのかが、心配だった。彼女は、暫く瞼を閉じて思案したのであろう。瞼が開かれた時には、
「分かりました。ルーシェ家の支援物資に関しては、検問所での特例措置を取らせます。それでよろしいですか?」
根掘り葉掘りと聞くわけではなく、淡々と話を進めてくれる。セイリンとしても、その方が有り難い。感謝の意を込めて一礼してから、
「是非、サファミア様の指示の下での配給窓口の設置をお願い致します。国からの配給の形を取る事で、商人は値段を下げざるを得なくなります。」
本来ならば、ルーシェ家が中心になってやるべき業務を彼女に頼む。ここでは、国から委託された貴族が行った方が、商人達からの嫌がらせは回避しやすくなるのだ。彼女は、目を細めた。
「それは、騎士団所属の救護班に請け負ってもらいましょう。この街の作物については、国庫で買い上げる事ができるかを議会に提出しますので時間を要します。それまでの間、ルーシェ領で賄えますか?」
彼女からの提案に、無意識に拳を握るセイリン。そうなると、ラグリード家が請け負う事になり、ルーシェ家に仕える彼らは十二分に信頼できる。
「それは、可能かと思います。どうぞよろしくお願い致します。」
深々と頭を下げたセイリンの耳に、クスッと笑い声が届く。不思議に思って顔を上げると、サファミアの口角が上がっていて、
「ラド殿は、素敵な方ね。なかなか、王族にあそこまで意見できる人は多くはないですよ。セイリン姫が夢中になるのも、頷けます。」
口元を手で隠す事なく、セイリンを嘲笑うサファミア。セイリンの顔が熱い。頭まで血が上っていく。
「私は、対等に意見を出し合える相手を重宝します。セイリン姫、貴女も悪くありません。ルーシェ領は魔獣の被害が多い地域ですから、商人達は美味しいと思うでしょうね。」
「絶対に!悪事を働く者に、民を食い物にはさせません!」
褒められているのか、貶されているのか。セイリンには判断がつかない中、声を張り上げて宣言する。守らなくていけない。民の笑顔を。そんなセイリンの脳裏に浮かぶのは、リティアの自暴自棄に染まった表情。何も映し出さない瞳が、セイリンの心を抉る。彼女が手を振り払っても、しっかりと捕まえておかねば奪われる。それは、強迫観念に近いものがあった。
「ルーシェ領の姫騎士は、御立派ですね。」
「民の為に命を張らんとする私を貶しておられるのですか?」
また嘲笑うサファミアに、セイリンは睨みつけたい心を抑えながらも、懸命に対抗していく。王族だからといって、下の者に何を言っても良いわけではあるまい。
「お顔が怖いですよ。」
クスクスと笑う事を止めない彼女が満足するまで、セイリンは耐え続けるしかなかった。
夕陽のオレンジ色を見上げたセイリン。王女の馬車に乗る気が起きずにいると、ラドがヒメに跨ってセイリンを掻っ攫ってくれる。彼の腕力1つでヒメの背に乗せられたセイリンは、舌を噛まないように口を閉めて猛速度で学校に戻される。放課後の鐘の音と共に校舎へと入ると、癒やしがセイリンの帰りを待っていた。キラキラと輝く鱗はとても美しい。
「スズラン!今日もかわいいなー!」
「体育の授業で、ブラッシングしたんです。」
スズランを抱きしめると、中庭から粘土の塊を持ってきたリティアが教えてくれた。心做しか、彼女の表情も穏やかだ。しかし、セイリンからしたら解せぬ。スズランに触って良いなんて、セイリンは許可していない。
「それはどういう事だ?」
「グラウンドでスズランさんに大きくなってもらって、皆で魔術で水を発生させながら、ブラッシングです。終わったら、小さくなって皆にハグしていて可愛かったんですよ。」
セイリンが聞きたい事からズレた彼女の笑顔は、久々に向けられた見慣れていたものだった。




