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571,少女は押し開ける

 地震に関する事や暗殺について聞いたところで、リティアは首を横に振るだけで何も答えてくれない。セイリンがハルド達に不信感を募らせた日は、授業前にリンノが彼女に指輪と弁当を渡せば、セイリンに最近全く向けない、人懐っこい笑顔を浮かべた彼女。彼の目が細められている間、リティアは慌てるようにサンドイッチを頬張っていた。空腹でありながら、朝食を食べに食堂に来ないリティアの意志をセイリンには変える事ができない。次の日も選択授業の前にハルドやリンノが、彼女に食べ物を渡すのだ。体育の授業が終わると、ミィリからマフィンを貰っている彼女も目撃している。頑なに、食堂で食事を摂らない。貰った物を寮室に持ち帰って、夕飯代わりにまでしている彼女。そんな日が5日も経過し、始業前に大きなルーシェ家の旗が学校前に押し寄せている光景を目にする事になる。ファスルド家、ラグリード家の旗もある。父親達に挨拶しに行かねばいけないセイリンは、1人にできないリティアを手を引っ張った時、初めて彼女に手を払われた。いつもならば、一緒に手を繋ぐ筈の彼女からの拒絶。珍しく遅れてきたディオンの手からも逃れて、彼女は接続通路を駆け抜けてしまった。目の下の隈が深いディオンと顔を見合わせ、

「リティアさんの事ですから、ハルド先生達の元に行かれたでしょう。」

「…そうだな。」

そうとしか考えられない当たり前の事をディオンに言われながら、肩を落としたセイリンは正門まで走る。門の前に馬車はなく、馬の手綱を両手に持つ三家の従者達と、主の姿が目に飛び込んでくる。自分達だけ先に、馬に跨ってきたのだろう。先にラドが門の前に立っていて、セイリンは頭を下げた。ラドと話していたらしいセドロンとジェスダ。ラグリード家は、ディオンの兄であるデークが、セイリンに頭を垂れる。

「お父様!来てくださったのですね!」

門の持ち手を掴みながらセドロンを見上げると、彼は何度も大きく頷き、

「勿論だとも!民を守る騎士が、こうして駆けつけたのだ!騎士を騙る賊を討伐しようではないか!」

「我々、ファスルド家はルーシェ家と共に街の外での活動をする。」

意気込み、ジェスダが無駄に良い笑顔を浮かべた。彼らの後に、デークが深々と頭を下げる。

「街の治安維持は、ラグリード家が中心に巡回します。」

騎士としての役割ばかりを口にする彼らに、

「…街の復興支援はなさらないのですか?」

セイリンの手は持ち手から離れ、呆然と立ち尽くす。どんな事よりも、食料支援が先決だ。だというのに、治安維持ばかりに固執する男達。セドロンは短く整えた髭を触り、

「するつもりで来たのだが…。そちらは、サファミア様主導で行う事に決定されていて、我々は手を出せぬ。」

顰めっ面になった。王女が、騎士や貴族に命令を下すのではなく、わざわざ動くとは何事なのか。考えるだけで、セイリンの血の気が引いた。騎士団以外に、王女を守る騎士も必要となる。そうなれば、食料支援が必要なこの街に食料が行き渡らなくなるのだ。騎士達の食料と、王女の豪勢な食事に消費される。自分よりも身分が高いジェスダの前ですら、ポーカーフェイスをする余裕がなくなったセイリンは、ディオンに縋るように視線を送ったが、彼は彼で顎に指を当てて考え事をしている。

「セイリン。お前の心配事は、手に取るように分かる。私よりも先に、お前が手配を急いだ食料が到着するまで、暫しの我慢だ。こちらは、自分達の面倒は自分達で見れるだけの量は持参している。検問所が混雑していて、なかなか街に入れないが、外で野宿でも悪くはない。」

「…承知いたしました。どうぞ、よろしくお願いします。」

セドロンに励ませながらも、俯くセイリン。そのセイリンの視界に入るように、デークが片膝をつく。

「では、セイリン様。私めは、五番隊の任務に戻ります。何がありましたら、中央広場にいらして下さい。」

「分かった。」

セイリンはデークを見送ってから、挨拶以外に言葉を発しないディオンの背中を強めに叩く。しかし、あまり反応が宜しくない。セドロンの眉間にもシワが寄っていく。しかし、

「貴方達、そろそろ授業に戻りなさい。仕事の邪魔をしたいわけではないでしょう。」

「そ、そうですね。」

セドロンが口を開く前に、ラドに玄関へと促されたセイリンは、慌てて頷く。リティアの安否だって気になる。彼女を1番傍で守れるのは、自分なのだから。相槌すら打たないディオンへと、ラドの睨みが向き、

「ディオン君。リンノ先生でしたら、職員室です。」

「…ラド先生、別にリンノ先生の事は考えていませんよ。」

珍しく、空気が読めないディオンが眉を顰める。どうも彼に、余裕がないようだ。後ほど、理由を聞かねばいけない。セイリンが無理やりディオンの手を握った時、ラドのため息が漏れる。

「そうですか。本日の体育の授業は、彼が見る事になっております。」

「え、先生はどうなさるんですか?」

ヤレヤレと肩を竦めるラドが気になって、セイリンはディオンの手を離す。体育の授業を任せられるくらいなのだから、リンノはかなり鍛えているのだと推測できるが、ラドと一緒にいられる時間を奪われた側としては、寂しさが先に立つ。

「とてつもなく、面倒事に巻き込まれましてね。そちらの対応です。」

「いくら何でも、王女様に失礼ではないだろうか。不敬罪で罰せられそうだ。」

肩を竦めた後は、額を押さえるラドに、ジェスダが周囲をチラチラと見渡す。なるほど。ラドの面倒事は、サファミアの件らしい。闘技大会の試合後に、馬車に避難させてもらっただけの間柄の王女。何故、彼に白羽の矢が立ったのかが全く理解出来なかったが、

「以前にも、お忍びで衣服屋に来ていた彼女の取り巻きに、喚かれましたとも。聞く事聞いたら帰ってきます。」

彼のため息が止まらなくなっている。確かに、王女の馬車に避難した際にも、衣服屋で出会った話は聞いている。それがこう繋がってくるとは、驚くばかりだ。

「何故、セイリン君の闘技大会用のドレスを受け取りに行っただけで、面倒事に巻き込まれるんでしょうか。」

「…とても丈夫なドレスで、重宝しております。」

門を少しだけ開けて学校から出ていくラド。居た堪れなくなったセイリンの声が小さくなっていく。まさか、自分が原因だったなんて考えもしなかった。彼が指笛を鳴らすと、校舎を大回りしてヒメが突撃してくる。全身に緊張が走ったセイリンと、目を見開いたディオンで、彼女の為に門を押し開ければ、ヒメの猛速度に腰を抜かすジェスダの上を飛び越え、先を歩いているパートナーに追い付き、その速度のままでラドもヒメの背中に跨り、大通りを疾走していった。誰もが、彼らの背中を振り返り、

「な、なんなんだ?」

「あの馬が、ラド先生のお転婆姫ですよ。マテンポニーの牝馬です。」

口をあんぐりと開けたジェスダに、親切に教えたセイリンは、今度こそディオンの手首を握って校舎へと戻る事にした。


 日を隠した吹雪が体力を根こそぎ奪う中、家族が待つ町を目指して足が取られる雪の中を歩く男達。深く被ったフードは、視界を狭める。前を歩く男の下半身の動きを何とか目で追いながら、歩みを進めていると、巨大なロープが目の前に落下し、雪を埃と見間違う。

「うわああ!『眠れる獅子』だ!殺されちまう!」

背後の男の悲鳴じみた声が耳に届く頃には、ブチブチと何かを千切る音が聞こえた。慌てた男は、雪の上で死んだフリをしようと倒れ込みながら後ろを確認する。確かに白く巨大なライオンが、こちらに向かっているが、その背後からライオンの蛇の尾を嘴で啄み、引き千切る白銀の氷を纏う大鳥が追いかけて来ていた。最後の1本を千切られたライオンは、絶叫しながら人間に興味を持つ事なく走り去ったのであった。

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